川端裕人メールマガジン「秘密基地からハッシン!」より

「シマウマ、捕獲後に死ぬ」のニュースの裏側

川端裕人メールマガジン「秘密基地からハッシン!」Vol.014より
 
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〈2015年に筆者が撮影したコペンハーゲン動物園のキリン・シマウマ展示>※本文記事より

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まず、3月22日〜23日にかけてのニュース。

「シマウマ、捕獲後に死ぬ 岐阜・土岐市」
http://www.news24.jp/articles/2016/03/23/07325471.html
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22日夕方、愛知・瀬戸市の乗馬クラブからシマウマ1頭が逃げだした。その後、岐阜県内のゴルフ場で捕獲されたが死んだという。

逃げ出していたシマウマは体高1.2メートル、体重200キロの2歳のオス。警察によると22日午後5時半ごろ、瀬戸市にある「三国ウエスト農場」内の乗馬クラブのパドックから、飼育されていたシマウマが木製の柵を押し上げて逃げ出したと警察に連絡があった。

その後、シマウマは農場から約3.5キロ離れた岐阜・土岐市内のゴルフ場へ逃走。警察や農場の関係者約20人で追跡し、23日午後0時40分ごろ捕獲されたが、その後、死んだという。
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たったこれだけのニュースだけれど、どうしての乗馬クラブにシマウマがいるの? とか疑問を持った人は多いのではないでしょうか。

このところ、主に水族館のイルカやシャチの飼育の話題をしてきたけれど、動物園の世界にも、やはり、嘆かわしいところがあって、今回のニュースがそのあたりをクリーンヒットしたみたいな雰囲気です。

そこで、今回は、動物園での繁殖計画について、まだあまり知らない人に向けて、こういう問題があるのだと指摘することにします。キーワードは「余剰動物」です。

日本の動物愛護団体PEACEが、そのあたりの謎解きをしています。
http://animals-peace.net/law/tennojizoo.html
 
 
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インターネット上には、大阪の動物園から来たという書き込みがあり、グラントシマウマを飼育している大阪の2カ所の動物園のシマウマの情報を見ていたところ、なんと天王寺動物園が2014年9月1日にアフリカサバンナゾーン草食動物エリアで展示を始めたと報道されているグラントシマウマの赤ちゃん(雄、当時名前未定)の縞模様の特徴が、岐阜のゴルフ場で亡くなったシマウマの縞と合致することに気がつきました。年齢も合います。

翌日の朝、天王寺動物園に確認したところ、亡くなったシマウマは同園から搬出したもので間違いないとの答えが返ってきました。名前は「バロン」。
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つまり、乗馬クラブのシマウマは、動物園由来のものだったのですね。それだけでも、結構な驚きじゃないでしょうか。
 
 
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同園はバロンの譲渡先を見つけることができず、他の動物とまとめて動物商と動物交換を行ったとのことでした。バロンの譲渡先を決めたのは動物商であり、天王寺動物園は報告を受けただけですが、行き先の施設がどのようなものかの確認もせずバロンを搬出してしまったのは、やはり天王寺動物園の過失ではないでしょうか。

シマウマを逃がした乗馬クラブには、死亡の当日、愛知県の動物愛護行政が立入を行っており、報告の提出を命じるなど指導中の状況ですが、やはりシマウマのために用意した施設が不十分なものだったことが原因というのが今のところの見解です。
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天王寺動物園は、飼育環境が充分ではないところに、シマウマを放出してしまった、ということのようです。
 
 
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そもそもバロンの繁殖自体が不幸であったと思います。オスであるために、もらい先もなく同園からも出さなければならない。要らなくなる動物が出るとわかっていても繁殖を行い、将来手放す動物であっても集客のため何かと広報する動物園。結局譲渡先は確保できず、動物商だのみ……。

動物園は、本当にこれでいいのでしょうか。今、動物園業界が騒いでいる「動物がいなくなる!」は、「ほしい動物がいなくなる」の意味であって、いらない動物はいらないままなのです。こういう動物たちは、余剰動物と呼ばれています。
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ここで余剰動物という言葉が出てきました。

この言葉は、そのまま動物園業界で使われているリアルな業界用語・専門用語です。

動物園の繁殖計画では、野生から来た個体(創設個体)をひとつの群れとみなして、その群れが持っていた遺伝的な多様性をできるだけ多様なまま守ることを目標にします。

ということは、繁殖に成功しやすいカップルなり、母親なりがいたとして、たくさん子どもを作っても、繁殖計画の中では困った存在になってしまうことがあるのです。新しい子が生まれたはいいけれど、もうその遺伝子はいらないよ、みたいなかんじで。そういう個体は、繁殖させずに飼い続けることができればまだしも、それだけのスペースがない場合もあります。
 
 
天王寺の場合、繁殖上必要なかった子どものシマウマを動物商の斡旋で、飼育水準の低い譲渡先に搬出した形なった、ということのようです。

こういうことが、どんな動物で、どれだけの頻度で起きているのか、というような定量的なデータはないので、詳しくはわからないのですが、しばしば行われてきたことは間違いない事実です(昨今の動物園はできるだけやらずにおこうとしているもの事実ですが)。

イルカの飼育の問題でも話題にした世界動物園水族館協会(WAZA)の倫理規定では、こういったことを禁じている(飼育基準を満たさないところに譲渡してはいけない)、という条項があります。

水族館だけじゃなくて、動物園も、日本の場合、この部分で、いまひとつ、うまくできていないところがあるようです。

ではどうすればいいか。

そこに切り込むには独自取材をしないといけないので、今回は、ちょっと極端な事例を紹介して、議論の呼び水にしておくにとどめます。
 
 
殺処分のキリン解体を一般公開、死骸はライオンの餌に デンマーク
http://www.cnn.co.jp/fringe/35043657.html
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デンマーク・コペンハーゲンの動物園が9日、同系交配を防ぐ目的でキリン1頭を殺処分して、解体する様子を観客に公開した。死骸はライオンなどの餌になった。インターネットでキリンの助命嘆願活動を展開していた愛護活動家などはショックを受けている。殺処分されたのは、2歳のオスのキリン「マリウス」。コペンハーゲン動物園によると、事前に計画を公表した上でボルト銃を使って安楽死させた。死骸を調べて大きさを測り、解体する様子は一般に公開し、大勢の観客が集まったという。
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CNNの訳では殺処分という強い言葉が使われていますね。

いずれにしても、このキリンのマリウスは、余剰個体で、飼育環境のよくないところに譲り渡すよりは、安楽死させた、ということなんです。

本当にショッキングですが、場合によっては、安楽死をさせることもありうる、というのは、WAZAの倫理規定にもあって、実は、「動物商に売る(あるいは動物商の斡旋で売る・譲渡する)」よりも、こっちのほうが倫理規定にそっているともいえるのです。

また、安楽死させたものを解剖して、生物学的な関心を高めてもらうという教育普及的な活動をしているとも言えるわけですね。

とりわけ今回のシマウマのように、出先で悲劇的な死を遂げるよりも、終始、コントロール下にある安楽殺の方が「人道的」という捉え方もできそうです。

それでも、なにか違う! と心が叫びませんか?
 
 
これは日本の動物園の関係者だけでなく、アメリカやヨーロッパの人たちも、ぼくがこれまで話題にしたことがある十数人範囲内では、たいてい「やりすぎだ」という意見の人が多いです。

安楽殺するのでも、こっそりやればいい?(大型生物ではたぶんこっそりできません) それとも、繁殖についてもっと厳しく制限していく?(そのためには避妊手術など、侵襲的な手段も必要かもしれません) 

などと考えているうちに、じゃあ、飼育すること自体、やっぱり悪いことなんですか? という問いにもつながっていくわけです。少なくとも、そう考えるようになる人たちはいるわけです。

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〈2015年、たまたまたずねたコペンハーゲン動物園。平日です。すごい人気。ゲートの上にはなんとキリンののぼりが〉

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〈コペンハーゲン動物園のキリン・シマウマ展示。ここだけ見ていると平和で快適な時間が流れていて、安楽死問題なんて、知らなければそれまで、な雰囲気でした〉

これは、シャチの繁殖停止の話とは違う方面からですけど、今の動物飼育が持っている問題点が浮き上がって見える事件だったと思います。

シャチの場合は、「国外から矢が飛んでくる」みたいなイメージですが、今回のシマウマのような件が続けば、日本国内でも関心を集めていくような気がしています。

なにはともあれ、余剰個体、という言葉、本当に嫌な響きですけど、動物園を考えるには避けて通れない言葉なので、覚えておいてください。

 
 
 

川端裕人メールマガジン『秘密基地からハッシン!

2016年4月15日発行vol.014
<「シマウマ、捕獲後に死ぬ」のニュースの裏側/シンガポール探訪:進化論の植物園からエコシステムの植物園へ/NASAのお宝放出品はどうやったら買える?/ドードー連載:いよいよ「蜂須賀論文」に挑む>ほか

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Vol.014(2016年4月14日発行)

目次

01:本日のサプリ:森の妖精・フィヨルドランドペンギン
02:keep me posted~ニュースの時間/次の取材はこれだ!(未定)
03:秘密基地で考える:「シマウマ、捕獲後に死ぬ」のニュースの裏側
04:移動式!:シンガポール探訪、進化論の植物園からエコシステムの植物園へ
05:宇宙通信:NASAのお宝放出品はどうやったら買える?
06:連載・ドードーをめぐる堂々めぐり(14)いよいよ「蜂須賀論文」に挑む
07:せかいに広がれ~記憶の中の1枚:カンボジアのトンレサップ湖の子どもたち
08:著書のご案内・予定など

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川端裕人
1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。普段は小説書き。生き物好きで、宇宙好きで、サイエンス好き。東京大学・教養学科卒業後、日本テレビに勤務して8年で退社。コロンビア大学ジャーナリズムスクールに籍を置いたりしつつ、文筆活動を本格化する。デビュー小説『夏のロケット』(文春文庫)は元祖民間ロケット開発物語として、ノンフィクション『動物園にできること』(文春文庫)は動物園入門書として、今も読まれている。目下、1年の3分の1は、旅の空。主な作品に、少年たちの川をめぐる物語『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、アニメ化された『銀河のワールドカップ』(集英社文庫)、動物小説集『星と半月の海』(講談社)など。最新刊は、天気を先行きを見る"空の一族"を描いた伝奇的科学ファンタジー『雲の王』(集英社文庫)『天空の約束』(集英社)のシリーズ。

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