小寺・西田の「金曜ランチビュッフェ」より

隣は「どうやって文字入力する」人ぞ

※メールマガジン「小寺・西田の金曜ランチビュッフェ」2016年3月11日 Vol.082 <考えて考えて考えてる号>より



生活する上で、コンピュータを使って文字を書く、という作業からは逃れられない。日本語入力の変換効率や操作性にこだわる人が多いのも当然である。筆者も、文章を書くのが生業なので、どうしても日々、そこを気にせざるを得ないところがある。

ある日、Twitterのタイムラインを見ていると、驚くべきことに気がついた。どうやら日本語変換について、わたしとは違う操作をしている人が多いようなのだ。具体的には、「数字やアルファベットの単語、カタカナ語を入力する時の操作方法」だ。

筆者は、IMEはオンのまま、入力した後に、キーボードショートカットを使って変換する。具体的にいえば、CtrlキーとU・I・O・Pキーの組み合わせで文字種を切り替える。カタカナ語ならCrtl+Iだし、半角英数ならCrtl+Oだ。もう20年近く使っているので、頭で考えることすら少ない。こうやって文字に書き出すために、挙動を確認するのに苦労するくらいである。どうやって「歩く」のか、正確に説明しようと思うと戸惑う、ということに似ている。あまりにも当たり前で、これが多数派であることに疑問も持たなかった。

だがどうやら「Crtl」を使うのは少数派であるようだ。ライター仲間やメーカー関係者に聞いてみると、「え、普通ファンクションキーで変換じゃないの?」という声が続々出てきた。そこで、Twitterのアンケート機能を使って聞いてみると、たしかに意外な結果がわかってきた。ファンクションキー派が55%と過半数を占め、Ctrlキー派は、「そもそもその種の変換を知らない」もしくは「モードを切り替えるので使わない」人に近い数だったのである。

・アンケートの結果。筆者としては意外な結果になった。

実際には「英数を入力する時にはモードを切り替える」という人が多数いたようで、このアンケートは設問設定にも問題があった、と思う。また、筆者のTwitterのフォロワーへのアンケートなので、当然偏りもある。だから、この数字だけをもってどうこう言うのは正しくない。

しかし、ここで重要なのは、「筆者を含め多くの人は、他人の日本語入力を知らない」ということだ。文字入力は個人的なものである。他人がどういう使い方をしているのか、じっくり観察することも少ない。ファンクションキー派にしろCtrlキー派にしろ、入力切り替え派にしろ、「え、みんなそうやってたの?」というのが、もっとも多い感想であったようだ。

これは、「文字入力のしやすさ」を評価する上では大変やっかいなことだ。

ファンクションキー派は、ファンクションキーのない(もしくはきわめて使いづらい)キーボードなど論外だろうし、Ctrlキー派にしてみれば、Ctrlキーが使いづらい場所にあるのは論外だ。変換切り替え派は、「半角/全角」や「無変換」、「英数」「かな」などのキーが使いづらいのは厳しい。逆に、自分が使っている方法論に適切な配置であれば、他の流派で入力しづらくても気にならない。筆者は製品評価の際、無意識にCtrlキー派の目線で評価していたのではないか。もちろん、それぞれの入力方法のことは知っているので配慮はしていたが、そこまで重きを置いてはいなかったのではないか、という反省がある。

実はちょうど、ある海外のハードウエアベンチャー企業から、「日本語入力の際のキーレイアウト」についての相談を受けていたところだ。いくつかの例を示して答えを返しておいたが、彼らの発想の中には、「変換にファンクションキーを使う」というものはなかった。まだ回答はないが、ファンクションキーの活用は、さすがに無理だろう。

そもそもだ。

こうした話も、入力のパラダイムシフトとともに大きく変化していく。携帯電話から広がった、推測変換とテンキー・フリック入力の流れだ。

最近は原稿をiPadで書くことが増えている。iOSのIMEには、かなや英数への変換機能はない。搭載についてアップルにフィードバックを送ったりもしているが、「なくてもなんとかなる」とは思っているのも事実だ。なぜなら推測変換ベースなので、かな・英数・漢字の種別を気にする機会が減っているからだ。それでも、英単語を入力する時には効率が下がるので、その際にはモードを切り替えるようにしている。推測変換で物理的に入力する文字数が減ることによる効率アップと、従来の入力とは違うことの効率ダウンは拮抗しているように思う。

PCの上においても、推測変換や変換辞書の変化、特別な機能の実装により、従来に比べると文字種のことは気にしなくなっている。たとえば、シフトキーを押して大文字から入力されると、それはアルファベットとみなして半角英数入力になる、という機能があるため、自然と文字種変換をしなくなっているのである。

だいたい、スマートフォンを中心に使う人にとっては、変換の議論はナンセンスだ。そもそも、モード切り替えしか選択肢はない。それすらめんどくさいので、アルファベットを使う頻度が減ったり、「かな」で入力後、変換候補としてアルファベットを選ぶ(たとえば、「まいくろそふと」と入力して「Microsoft」を選ぶような)ことも多い。

さらにこの先には、音声入力が待っている。音声入力では、かなやローマ字の代わりに「音素」を使う。音として似た言葉と文脈から、入力したい文章を導き出す。もはや文字種変換などどうでもいい。

これから技術がどうなっていくのかはわからない。30年に渡って使われてきた「かな漢字変換」という仕組みも、30年前と今のものでは同じではない。その時に、「慣れた方法」との関係がどうなるのか? スマートフォンのフリック入力や音声入力は、物理的なキーボードほど効率が良くないし、操作方法もめんどくさい、と思っている人が大半だが、文字入力がパーソナルなものである以上、そこにパラダイムシフトが起きていても、人は気付かない、という可能性がある。

「慣れた道具」と「変化」との関係を、しばし黙考するきっかけになった出来事だった。

 

小寺・西田の「金曜ランチビュッフェ

2016年3月11日 Vol.082 <考えて考えて考えてる号> 目次

01 論壇【小寺】
 正義という麻薬
02 余談【西田】
 隣は「どうやって文字入力する」人ぞ
03 対談【小寺】
 子供と「ネット生放送」の関係を整理する(2)
04 過去記事【小寺】
 Windowsよ、どこへ行く
05 ニュースクリップ
06 今週のおたより
07 今週のおしごと

 
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筆者:西田宗千佳
フリージャーナリスト。1971年福井県出身。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。取材・解説記事を中心に、主要新聞・ウェブ媒体などに寄稿する他、年数冊のペースで書籍も執筆。テレビ番組の監修なども手がける。

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