岩崎夏海
@huckleberry2008

岩崎夏海のメールマガジン「ハックルベリーに会いに行く」より

なぜ電車内にベビーカーを持ち込む人は嫌われるのか?

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「電車内ベビーカー問題」とは、混んでいる電車にベビーカーを押した母親が乗ってこられると迷惑に思う人が多い、という問題だ。「赤ん坊を育てるのは大変だからベビーカーには理解を示してほしい」という人がいる一方で、「赤ん坊はだっこしろ」という人も根強くいて、特に女性からの反発が多いそうだ。

さらにいえば、そもそも混んでいる電車に赤ん坊を連れて乗る必要はあるのだろうか?——という疑問を呈する人もいた。その疑問を呈した人は、けっこうな勢いで炎上していた。「幼い子供を抱えた母親への無理解がひどい」というわけである。

「電車内ベビーカー」問題は、子育てへの理解不足が原因ではないと思う件
http://bylines.news.yahoo.co.jp/fujiiryo/20150225-00043319/

この炎上案件が興味深かったので、今日はそのことについて書いてみたい。

さて、炎上というのはどういうときに起きるかといえば、それは二つの勢力がぶつかり合うときである。波でいえば満ち潮と引き潮がぶつかるときに、大きな渦巻きが生まれる。今回の炎上は、まさに満ち潮と引き潮とがぶつかった結果だった。

では、満ち潮と引き潮とは何か?

「満ち潮」は、格差社会の下位者が「既得権益者」を疎ましく思う現象である。日本ではこれが最近とみに広がっている。そして、ここでいう「既得権益者」が誰かといえば、それは身体障害者、在日外国人、女性、妊婦、老人など、これまで「弱者」とされてきた人々である。

戦後、上記のような弱者はそれまで受けてきた差別をてこに、その地位を大きく挽回した。そうして、いろいろな権利を獲得した。その際「弱者の戦法」が非常に有効だった。自らの分かりやすい弱点をアピールすることによって、交渉を有利に進めたのだ。

その結果、弱者の権利は大きく広がった。例えば、老人向けの医療費などがその象徴である。それは、どんどんと高騰していった。

しかし、十年ほど前から潮の流れが変わった。上がりすぎた老人向け医療費が国の大きな負担となり、それを減らす方向に舵が切られたのだ。

それに呼応するように、老人以外の弱者への風向きも悪くなった。そういう「目に見える弱者」以外の弱者たちが、彼らの足を引っ張り始めたからである。

目に見える弱点を持たない弱者にとって、目に見える弱点を持つ弱者は既得権益者で、妬ましい存在なのだ。これはぼくの知人の女性から聞いた話だが、彼女が妊娠したとき、世間の冷たさにびっくりしたという。その女性はバランス感覚を持っている人なので、妊婦だからと過剰な権利を主張したりはしない。ただお腹が大きくなっただけなのに、白い目で見られるというのだ。具体的には、会社の同僚の態度が冷ややかになったり、電車内でちょくちょく白眼視をされたりしたそうである。いわゆるマタハラ(マタニティ・ハラスメント)というやつだ。

これもやっぱり、目に見える弱者への妬みの拡大が大きな要因としてある。さらにいえば、今の日本は人口減少局面——多くの日本人が無意識的なコンセンサスで人口を減らそうとしているとき——なので、妊婦に対しては「空気を読めていないやつ」という認識になっていることもある。そのことの白眼視も含まれるのだ。

そんなふうに、今の妊婦、もしくは赤ん坊を抱える女性というのは、重ね重ね立場が悪い。そのような状態でベビーカーを押しながら満員電車に乗ったりしたら、これは恨まれて当たり前だ。それを恨む人々が、ネットのみならず大きな声を上げたり、具体的な行動をとったりするようになったのである。

つまり、今は「目に見える弱点を持つ弱者の利権を削り取る」という引き潮なのである。そういうトレンドと、なおも目に見える弱点を持つ弱者の権利を拡大しようとする人とがぶつかったから、上に引用した記事の炎上事件が起きたのだ。

ところで、この件とは直接関係ないが、ぼくにとって忘れられない妊婦の話を一つ。

大学生の時、パチンコ屋の新装開店に並んでいたら、その列の前の方に妊婦とその旦那が並んでいた。やがて開店時間になると、その二人を含めた行列客たちがワッと入り口に詰めかけた。おかげで、前の方に並んでいた妊婦とその旦那は後ろから押される格好になり、慌てて「痛い痛い」「おい、妊婦がいるのに押すんじゃねえよ!」と行列の後ろに向かって怒鳴りかけた。

そのとき、それを聞いた後ろの行列客たちはどうしたか?

なんと、聞こえなかったふりをして、なおも行列を押したのである。

おかげでその夫婦は、ほうほうの体で行列を逃れ、結局新台にはありつけなかった。

このとき、パチンコの新装開店に詰めかけた客たちには、瞬時に「妊婦はパチンコ屋に来るんじゃねえ」というコンセンサスが形成され、なおかつそれを当人に知らしめるために、文字通りの「圧力」でもってメッセージしたのである。どうせ口で言っても分からないから、体で分からせてやれというわけだ。これは非常に印象的なできごとだった。
※この記事はメルマガ「ハックルベリーに会いに行く」に掲載されたものです。

 

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岩崎夏海
1968年生。東京都日野市出身。 東京芸術大学建築科卒業後、作詞家の秋元康氏に師事。放送作家として『とんねるずのみなさんのおかげです』『ダウンタウンのごっつええ感じ』など、主にバラエティ番組の制作に参加。その後AKB48のプロデュースなどにも携わる。 2009年12月、初めての出版作品となる『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』(累計273万部)を著す。近著に自身が代表を務める「部屋を考える会」著「部屋を活かせば人生が変わる」(累計3万部)などがある。

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