
国立競技場の建設を巡って反対の声が喧しい。平野啓一郎さんや為末大さんが反対の声を上げてからその流れが加速し、ついには先日、首相が白紙撤回を明言した。
しかしながら、これはけっして逆張りでいうのではないのだが、ぼくは新しい国立競技場の建設には大賛成だった。
新しい国立競技場の喧噪を見てぼくが思い出すのは、都庁建設時の喧噪だ。今の都庁はぼくが大学生だった25年前に完成したが、完成する前というのは、それはもう世間のバッシングがもの凄かった。バベルの塔になぞらえて「バブルの塔」と呼ばれ、あらゆるメディアがさんざん扱き下ろした。
ところが、それが完成したときの反転ぶりもまた凄まじかった。今度は一転、お祭り騒ぎになったのである。テレビで特集が組まれ、雑誌の表紙を飾り、CMにも登場した。さながら大スターがデビューしたといったような扱いだった。建てられる前のバッシングムードは一掃され、今度は東京の新しいシンボルとしてあがめ奉られるようになったのである。
そうして今は、東京の景色にすっかり馴染んで、あの建物がムダだという人は誰もいない。それどころか、観光の名所として有形無形のさまざまな恩恵を日本や東京にもたらしている。
ぼくは大学時代に建築を学んでいたのだが、あるとき建築を学んでいる海外の学生からこんな話しを聞いたことがある。
「ぼくは日本人が羨ましい。なぜかといえば、東京という街には新しい建築が次々と建つ。東京に住んでいれば、それを気軽に見ることができる。ヨーロッパではこうはいかない。例えばローマやアテネは、遺跡がそこかしこにあって気軽に建築物を建てられない。ロンドンやパリは、新しい建築が全くないわけではないが、基本的には古い町並みを壊せない。さらにベルリンやウィーンとなると、数百年前の石造りの建物群が凝固した、文字通り化石の街となっている」
それらに対して、東京という街は「生き物」だという。古い建築はすぐに壊されて、新しい建物がにょきにょき生えてくる。それが、東京という街の個性なのだ。
だから、「新しい建物を建てない」というのは東京という街の魅力を大きく損なうことになるだろう。それゆえ、無理をしてでも新しい建物を建て続けた方がいいのだ。
ところで、新しい建物——それも巨大建築を作るというのは、実際はなかなか難しい。なぜなら、そこには大きな責任が伴うからだ。それゆえ、誰も建てたがらない。特に日本ではそうだ。これだけの大きなプロジェクトを責任を持って引き受けられる人は、そうそういないのである。
だから、新しい建物はどさくさのうちに建てるしかない。何かの誤作動のような形で作るしかないのだ。そういう力が働かないと、東京の新陳代謝はすぐに止まってしまう。
今、新しい国立競技場のデザイン決定の過程が杜撰だったり、建設責任の所在があやふやだったりするといわれているが、しかしこれは実はその方がいいのである。杜撰だったりあやふやだったりしていないと、とてもではないがこのような巨大な計画は実行に移されないのである。その意味で、新しい国立競技場は逆に「正しい過程を踏んでいた」ということができるのだ。
ぼくは、ザハ案の国立競技場はけっして悪いデザインではなかったと思っている。ばかばかしく巨大に見えるが、建築がばかばかしく巨大な方が面白いのは明らかだ。世界の名建築は、たいていばかばかしくて巨大なのである。
例えば、ピラミッドやベルサイユ宮殿やサグラダ・ファミリア教会やシドニーのオペラハウスのことを想像してみてほしい。これらを建てるのには、当時も多額のお金が必要だった。そして当時も、それに反対する人は少なからずいただろう。これらにお金を費やさなければ、人々の暮らし向きはもっと豊かになるはずだと。
しかし、これらがもし建っていなければ、その後の観光客は生まれなかった。そうして、天文学的な数字の経済損失となっていたはずだ。
巨大建築というのは、百年以上の長いスパンで考えなければ本当の経済価値は見えてこないものなのだ。ピラミッドがどれだけの経済効果をエジプトにもたらしたかということを考えれば、2520億円という額がけっして高いものではないと分かるのである。
もしそういう歴史的、あるいは建築学的な知見を有していれば、ザハ案の国立競技場の建設に反対することは「筋が悪い」と分かるだろう。断言してもいいが、もしこれが設計図通りに建てられていたなら、国を挙げての大ブームが起きたはずだ。そうなると、平野さんや為末さんをはじめ、建設に反対していた人たちは肩身の狭い思いをすることとなったはずなのである。
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