きっかけは中国国内産粉ミルクへの不信
今年3月1日より香港特別行政区政府が施行した「乳児用粉ミルクの香港から持ち出し制限」。持ち出しを「16歳以上一人あたり24時間以内2缶(正確には1.8キロ)まで」と定め、これに違反したものには罰金50万香港ドルと禁固2年の実刑を課す可能性がある。すでに1月に決定されていた条例だが、施行が始まった3月1日に20人余りの逮捕者が出たことが報道され、中国で激しい論争を引き起こした。
ここで「なぜに乳児用粉ミルクに持ち出し制限?」と思う人は多いはずだ。きっかけは2008年秋、メディアが暴露した山東省の「三鹿乳業メラミン混入粉ミルク事件」だ。三鹿ブランドが売っていた乳児用粉ミルクに工業溶剤メラミンが混入しており、長期に渡りそれを飲んだ子どもたちが重い腎臓結石を患い、中にはすでにその直接の因果関係が分からないまま亡くなった子どもたちがいたという記事だった。
報道は中国で大反響を起こした。その後、当局の調査によって、あまり一般には知られていなかった「三鹿」ブランドの乳児用粉ミルクだけではなく、「蒙牛」「伊犁」「光明」など全国的によく知られるブランドのその他の乳製品にも混入されていたことが明らかになり、今度は恐慌に変わった。残念ながら当時わたしが買って飲んでいた「高カルシウム」を謳った製品でも混入が確認された。
だが、大人が1日1杯程度飲む牛乳に対し、それしか栄養補給方法のない乳児が飲んでいた粉ミルクの影響は絶大だったのである。特にこれらのブランドは国が特別なブランドに品質検査免除製品証明を出す「国家免検産品」だったことから、当然消費者の中から国の監督責任を問う声が上がった。
しかし、その後「三鹿」はお取り潰しになったが、「蒙牛」「伊犁」「光明」などのブランドは品質改善宣言を出した後、何もなかったかのように営業を続けている。そして、重い腎結石を患った我が子のためにと被害者グループを取りまとめた趙連海さんは、度重なる抗議活動を経て投獄され、その後病気治療という名目で海外へと脱出した。
今、表向きは何もなかったかのようにこれらの企業をはじめとする粉ミルクが売られ、当然のようにコマーシャルもされている。だが、きちんとした対処をしなかった結果、中国国内では国内乳業会社の品質に対する不信感が根付いてしまった。
その他の記事
人間にとって自然な感情としての「差別」(甲野善紀) | |
能力がない人ほど「忙しく」なる時代(岩崎夏海) | |
「朝三暮四」の猿はおろかなのか? 「自分の物語」を知ることの大切さ(福岡要) | |
横断幕事件の告発者が語る「本当に訴えたかったこと」(宇都宮徹壱) | |
『もののあはれ』の実装は可能か(宇野常寛) | |
上野千鶴子問題と、いまを生きる我らの時代に(やまもといちろう) | |
中国人にとって、「村上春樹」は日本人ではない!?(中島恵) | |
川の向こう側とこちら側(名越康文) | |
睡眠時間を削ってまで散歩がしたくなる、位置情報ゲームIngress(イングレス)って何?(宇野常寛) | |
検査装置を身にまとう(本田雅一) | |
蕎麦を噛みしめながら太古から連なる文化に想いを馳せる(高城剛) | |
国民の多極分断化が急速に進むドイツ(高城剛) | |
岸田文雄さんが増税判断に踏み切る、閣議決定「防衛三文書」の核心(やまもといちろう) | |
「愛する人にだけは見せたくない」顔を表現するということ(切通理作) | |
脳の開発は十分な栄養がなければ進まない(高城剛) |