※メールマガジン「小寺・西田の金曜ランチビュッフェ」2017年11月10日 Vol.149 <引き継がれる魂号>より

例によって今月も数回、あちこちの小中高校に出かけては、ネットリテラシーの講演している。多くの学校では、ほぼほぼこちらが用意した内容そのままをお願いされるのだが、事前にアンケート調査や質問したいことなどを募集して、資料として送っていただける学校も多くなってきた。それだけ、より現状に即した内容にして欲しいということなのだろうが、学校側やPTAがよりネット教育に対して重要課題として認識するようになったという表われでもあるだろう。
そんな中、ある中学校の生徒から寄せられた質問で興味深いものがあった。曰く、
「嫌がらせをする人の止め方について」
「あおりメッセージがあった際、どのように対処したらよいですか」
ということである。インターネットユーザー協会で用意している教材は、ネットコミュニケーションの問題を網羅的に捉えた内容となっており、個別具体的な相談内容みたいなものには対応していないのだが、なるほど今は中学生でもそんな悩みがあるのかーと思った次第である。
こうした内容も教材に盛り込んでいかないといけないのかなと思う次第だが、パワポ1枚に落とし込んでしまう前に、もう少し考えを深めてみたい。
スルー力の限界
「スルー力」なる言葉が生まれたのは、おそらく2006年頃のようだ。一節にはNamazuの開発者である高林哲氏が、ブログの中で「人生の大半の問題はスルー力で解決する」というエントリーを書いたことから広まったとされている。残念ながら現在このブログは存在しないようで、大元のエントリーを見つけることができなかった。
だが一般にこの言葉が広く認知されたのは、2011年以降ではないだろうか。震災によってTwitterの意味付けが大きく変わり、多くの人が政治的スタンスを表明する場となっていった。こうした流れの中で、言ってもしょうがないことをいつまでも相手に言う者、何を言われても頑として受け入れない者が目立つようになっていった。当然、まともに相手をすれば、論争は終わらない。こうしたタイミングで、「スルー力」は再発見された。
それ以降、このスルー力という言葉は一種のネットスキルとして、診断サイトが登場したり、解説書籍が出たりしているようである。だがここではそうしたものは一切参考にせず、独自の見解を述べることにする。
上記のような質問に対する対処方法として、「スルー」は効果的のように思える。だがその一方で、「こちらが黙るとさらにエスカレートするのではないか」「黙ってると認めたようで悔しい」といった問題が残る。
そもそも「スルー」が効果的に作用するのは、Twitterや掲示板のような、大量の第三者がそのやりとりを見ているような場合だろう。その理由は、言われた本人が特定の話題のみスルーして、すぐさま別の話題に乗ることで、第三者に対し「この件はスルーする」という暗黙のアピールが成立するからである。
あおってくる当人がさらに同様のことを書き込めば書き込むほど、そしてスルーして他者とのコミュニケーションを活発化すればするほど、この「コミュニケーション」対「スルー」のコントラストが明確になる。そうすればあおってくる当人も、自分に対してだけ無反応であることで、「何かおかしい」と気づく。第三者の中にも、「もういいかげんにしたら?」と言ってくる者も現われるだろう。
つまり大規模なコミュニケーショングループには、場の雰囲気による牽制と、善意の者の具体的な行動という、異なる2方向からの自浄作用があり、「こちらが黙るとさらにエスカレートするのではないか」「黙ってると認めたようで悔しい」問題は解決しやすいのである。
一方で、中学生における上記のような相談は、主にLINEを使った1対1や、3〜5人といった少数のグループ内で起こっている。こういう場には善意の第三者もおらず、付和雷同的に一種の攻撃に荷担しがちである。特に思春期の子供にとっては、その同調圧力に抗うことが正しいとわかっていても、1人だけで戦えというのは、酷なことだろう。
そうなると答えは簡単だ。大人にチクれ。
こうした相談がされるということ自体、子供だけでは解決の方法が見つけられなかったということである。それなら保護者や先生は、喜んで解決に力を貸すはずだ。
LINEでのコミュニケーションは密室になりがちで、問題があると子供たちはその内容を見せたがらない。まずはスマホやLINEを使わせる前に、うまくやれるなら遠くから見守るが、いざとなったら親は中身まで見るよ、ということを前提とした利用の約束をするのがいいだろう。
もっともその約束がなくても、親は問題があり緊急を要すると確信できたならば、子供のプライバシーはいったんおいといて、躊躇なく中身を見るべきだ。子供のプライバシーを「いったんおいとける」権利があるのは、親だけである。
ネットのケンカ程度で死にゃしない、プライバシーのほうが大事という人もあるかもしれない。だが人の親となれば、後悔はしたくない。あのとき踏み込まなかったせいで…と後々悔やむぐらいなら、筆者は躊躇なく踏み込む。
ここまで書いてもまだ文句があるのなら…スルーするからそのつもりで。
小寺・西田の「金曜ランチビュッフェ」
2017年11月10日 Vol.149 <引き継がれる魂号> 目次
01 論壇【西田】
機械と知性の間に
02 余談【小寺】
スルーカ! スルーカ!
03 対談【小寺・西田】
04 過去記事【西田】
Kindleばかりがなぜもてる?!
05 ニュースクリップ
06 今週のおたより
07 今週のおしごと
コラムニスト小寺信良と、ジャーナリスト西田宗千佳がお送りする、業界俯瞰型メールマガジン。 家電、ガジェット、通信、放送、映像、オーディオ、IT教育など、2人が興味関心のおもむくまま縦横無尽に駆け巡り、「普通そんなこと知らないよね」という情報をお届けします。毎週金曜日12時丁度にお届け。1週ごとにメインパーソナリティを交代。 ご購読・詳細はこちらから!
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