「ご縁がある」ということ
ただ、シンクロニシティというと、何か特別なことのように思えるかもしれませんが、実はこれ、日本人にとってはきわめて常識的な、というか日常的な概念だと思うのです。
はっきりいってしまえば、「ご縁がある」ということ。あの人とは不思議な縁があったなあ、とか、この縁でこれをはじめるようになった、というときの使い方だと思います。
そんなことを考えていたら、実際、最近のユング系の本では、シンクロニシティを「共時性」としてではなく、「縁起律」と訳す動きもあったりして、なるほど、とうなずいたりしているところでもあります。
ただ、このシンクロニシティというのは考えはじめると、実にやっかいな代物でもあるのです。
たとえば、タロット占いや易をするとしましょう。展開されたカードのなかに、あるいは卦のなかに、ぴったりとその本人の内的、外的な状況が読みとれたとしましょう。これは「シンクロニシティ」です。
でも、シンクロニシティはその定義上、因果律を越えていて、あくまで「偶然」なのですから、こちらから「起こす」というのは、そぐわないのです。
超能力や魔術との違い
ここでいわゆるPK(念力)とかESP(テレパシー)といったものと、シンクロニシティというのが別の考え方にたっているということがわかります。
ユング自身はPKやESPの実在を信じていたようで、超心理学者であるライン博士とも積極的に交流していますが、少しすれ違うようなところもあって、それがこのシンクロニシティと超能力や魔術との立場の違いでしょう。
とはいえ、実際の臨床や占いの現場では、結果的にシンクロニシティが「起こりやすく」なるような状況があるような気はします。
タロットを一生懸命混ぜるようなときもそうですし、夢にたいして気持を開いているというときもそう。占星術もそうですね。何か不思議なことがあって、ホロスコープを立ててみる、ということもあります。
また、「引き寄せの法則」的に何かにお願いをしたり、祈りをささげるということも「効く」こともあるでしょう。
科学的ではないにしても、実際にこうした気持が現実世界と不思議な絡み合いを見せることは、経験上ありますから。
やはりぼくとしてはこの「シンクロニシティ」「ご縁」の感覚をどこかで残しておきたいのです。
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