※岩崎夏海のメルマガ「ハックルベリーに会いに行く」(2016月6月27日配信号)より
今、紙の本に改めて感じられる「価値」とは何か
「絵本」というものにおいて、特に紙の本においては、「情報」というものの価値は今ではほとんどなくなった。たとえそこに必要な情報が書いてあったとしても、たいていは紙の本以外(特にネットを初めとする電子機器)でもそれを手に入れることができるので、負けてしまう。
では、電子機器になくて紙の本に今でもある価値は何か?
それは、まずは「所有感」である。あるいは、絵本であったら電子デバイスにはない「温もり」や「手触り」も価値が高い。また、「伝統」や「教育効果」というものも、電子にはなく紙の本にはある価値だろう。
そう考えると、紙の絵本のコアな価値というのは以下の四つに絞られる。
「所有感」
「温もり・手触り」
「伝統」
「教育効果」
ところで、この四つを高いレベルで満たす作品というものがある。
それは絵本の「ロングセラー」だ。
例えば、「ぐりとぐら」「いないいないばあ」「はらぺこあおむし」といった作品である。これらは、いずれも昨年だけで10万部以上増刷した。
これらの絵本を分析していくと、まず強い所有感があることが分かる。これらの作品は、持っているだけで安心するし、また枕元においているとよく眠れるという子供が多い。大人だったら、本棚に飾ってあるだけで心が癒やされるという人が数多くいる。
また、「温もり・手触り」もとてもいい。
昔の本は、温もりや手触りが現代の本よりも高い。昔の本は、紙が陽に当たるとすぐに焼けて変色してしまうという弱点があった。すぐに黄ばんでいたのだ。しかし現代の紙は、そうした弱点を克服して、黄ばまないようできている。そうして、正しい色を長年発し続けている。
しかしながら、その影響で温もりや手触りが失われてしまった。昔の黄ばむ紙の方が、現代の正しい色を発するつるつるの白い紙より、温もりも手触りも格段に高かった。
そうして現代は、正しい色を長年発し続けることの価値は、電子デバイスから大きく後れを取るようになった。だから、正しい色を長年発し続ける紙は、もはや価値が薄いのである。
そこで、昭和の中頃のようなすぐに黄ばむが温もりや手触りのある紙の方が、より価値が高まった。ロングセラーは昔の紙を使い続けている場合が多いので、その面でも強いのである。
「伝統」は、今の本よりも昔の本の方が強いのはいうまでもない。ロングセラーは、その存在そのものが伝統だ。
「教育効果」ということについても、やはりロングセラーにアドバンテージがある。
親が子供にロングセラーの本を買い与えるとき、多くの人が「自分はこの本を読んでいい大人になることができた」という自己肯定感を抱く。自分が子供のときに読んでいたロングセラーを子供に買い与えることは、そのまま自分が受けてきた教育効果を正当化することにつながる。
だから、親としては買うだけで承認欲求が満たされ、とても気持ちいいのだ。
そのため、現代で新しい紙の絵本を作ろうと思ったら、昔(昭和中頃)のような作り方をするのが効果的ということになる。温故知新ではないが、古いものから盗んでくることが、逆に新しいということになるのだ。
Amazonの絵本ランキングを見ても、ロングセラーの古い絵本は圧倒的に強い。
Amazon.co.jp 売れ筋ランキング: 絵本
https://www.amazon.co.jp/gp/bestsellers/books/492378
それは、上記の分析のように紙の絵本の強みが変わってきていて、だからこそリバイバル的に強くなっているからだが、現代においてそこに勝とうと思ったら、むしろそうした長所を積極的に盗んでいくのが効果的なのだ。
岩崎夏海メールマガジン「ハックルベリーに会いに行く」
『毎朝6時、スマホに2000字の「未来予測」が届きます。』 このメルマガは、『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』(通称『もしドラ』)作者の岩崎夏海が、長年コンテンツ業界で仕事をする中で培った「価値の読み解き方」を駆使し、混沌とした現代をどうとらえればいいのか?――また未来はどうなるのか?――を書き綴っていく社会評論コラムです。
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