やまもといちろうメルマガ「人間迷路」より

TikTok(ByteDance)やTencentなどからの共同研究提案はどこまでどうであるか


 22年末から23年3月上旬ぐらいまで、特に大学の研究者を中心に中国系大手技術会社やウェブサービスから「データを提供するので共同研究しませんか」という打診が山ほど来ていて、そのたびに関係先の産学連携組織の横のつながりで「こんな話が来ている」「そちらもか」みたいなさざめきが発生しています。

 特徴的なのは、

1. この手の共同研究話の割に、研究予算の規模がやけに大きい。概算の単発にすぎないのに60万ドルぐらいを提示してくる場合がある。

2. 提供されるデータや取り組むテーマがはっきりしない。とりあえず、大きめの研究費をチラつかせて乗るかどうかを試している風である。

3. おそらく先方が何らかの尺度で日本の研究者マップを作り、ランク付けをして、それに見合った働きかけをしている。

4. いわゆる通常の共同研究というよりは、先方が開示する研究用のデータ群に対して日本の研究者がそれを分析・解析するというデータトラップ的な仕込みになっている。

 といったところで、非常に何だなと思います。

 これらのコーディネーターが司令塔の形で何かをしている可能性があるのも事実なのですが、上手いなと思うのは、いろんな日本人研究者によるデータサイエンス系の論文を読んで、ファーストオーサーにもセカンド以下のオーサーや協力者にも同じような感じで声をかけている点です。これはデータトラップというよりも、ある種の浸透工作、協力者づくりではないかと疑われても仕方がない面はあります。

 データトラップとは、ある程度コントロール可能なデータ群を研究者に渡してみてどこまで分析することができるのか能力を測り、一定のハードルを越えるようであれば少しずつセンシティブな情報を提供して関係を積み上げていこうというプロセスを指します。トラップといわれると何か悪いことをしているのかと思われるかもしれませんが、一般的な技術系の受発注でもプロセスごとに達成するべきマイルストーンを置いて外注先を管理することは行われており、そういうやり方だから即アカンやんけという話ではありません。

 しかしながら、今回この手のディールで共同研究元となっている企業はTikTokを運営するByteDance社や、アメリカでホワイトネットワークからだけでなく知的財産管理の枠組みからもBANされたHuawei社(華為)、中華端末で欧州からいちゃもんがついているXiaomi社(小米)、UnrealEngineなどゲームエンジン開発を手掛けるEpicGames社を傘下に持つTencent社などがラインアップされており、まあいろんな意味で身構えますね。

 特にTikTokに関するデータを提供するというネタについては慎重にならざるを得ず、ただでさえアメリカ議会で5時間に渡るつるし上げまでされてしまったByteDance社はアプリを通じて中国のサーバーにアメリカ人の情報が流出しているのではないかという嫌疑がかけられているところですから、ここで日本人研究者に渡されるデータの中にこのようなものが悪意なく混ざってしまっていたとしたら何かあったとき「知りませんでした」で通るのかどうか大変に微妙なところです。

 米ハーバード大学教授で高名な科学者であったリーバー教授の一件では、中国の科学技術振興プロジェクトである千人計画の加担者とされ、そこへの関わりそのものは問題とされない(違法ではない)ものの、その後、米国防総省など政府系機関からの研究受託にあたり、海外研究機関などとの関係について虚偽の返答をした(中国千人計画に協力し、研究費名目で中華系事業者から資金提供を受けていたのに、これを隠して応諾した)ことで告発され、有罪判決を受けるに至りました。

 他方で、ヨーロッパフェローやユーラシアグループなどを経由して海外の情報部門(フランスやドイツなど)の仕事をしながら秘匿性を理由に個人では関係を持っていないとしてそのまま受注している人もおるわけで、それを考えると「あなた、パンダハガーでしたね」ということで中国系事業者のシンパであることを理由に訴追されたり政府発注からパージされたりというBANが発生するのも仕方のないこととも言えます。

 さらには、高騰が進むアメリカでの理化学系学部の大学学費をほぼ全額中国企業や中国人個人などに賄ってもらいながら、アメリカの枢要な学問分野で業績を残している優秀な在米中国人のネットワークも存在しています。アメリカの大学の教授は安全だろうと思っていたら、その教え子が大学内で助教になるなどして独自の研究室を持ち中華系資本と研究受託でリエゾンをやるという事態になると、これをBANしろといってもそれは無理なんじゃないのという風にも思うわけです。

 この辺はセキュリティクリアランスやらスパイ防止法やらいろんな枠組みを日本でも考えましょうと言いつつ、どこまでが民間で、どこからが安全保障の問題なのか、また、そもそもこれらのByteDance社やHuawei社、Tencent社あたりが中国政府や共産党の意向でやろうとしているものなのかも(表向きには)分かりませんので、さてどうしようかという話になります。悪く言えば、様子を見る以外の方法はないわけです。

 また、気づいたらこの手の話をすでに請けちゃった日本人研究者もおります。相談のひとつもしてくれればよかったのに。ただ、日本の研究者も特に科学技術や研究開発におカネが潤沢に落ちてくる仕組みも乏しければ研究を支える協力組織もリエゾンオフィスもいまひとつ細っておりますので、そういう美味しそうな話がきたら自分が評価されていると思って二つ返事でOKしてしまう研究者がいても何も不思議ではないのです。

 カネが振り込まれてみて初めて大学側が気づくというのも問題ですが、文部科学省もこの辺で「中華からカネもらって研究するとあとあと面倒なことになるので気をつけてね」という注意喚起さえもできる状況にありませんから、そこはまあ事情を知っている人たち同士が横のつながりを持ってかごめかごめするしかありません。

 また、中国は駄目だけどアメリカはいいよというのは、心情的にも理屈的にも理解するところですがそれって差別なんじゃないのとか、直ちに違法とは言えないし問題ないよねと言われるとぐぬぬとなります。アメリカと違って日本ではいままでこれらの中華系が浸透していなかったのは日本の研究者や大学にそれほどの価値を中国側が認めてこなかったからだろうとは思います。たいしたのいませんからな。しかし、いざアメリカで中国人研究者が企業ごとBANされそうになったり、欧州でも対中国では雲行きが悪いよ怪しいよとなると、脇の甘い日本を踏み台にしてアメリカや欧州の情報を取るために手ごまを揃えておきたいと中華当局が思ってもおかしくはないのでしょう。

 ただ、先にも述べた通りこれらの中国系企業が本当に中国共産党や中国政府と阿吽の呼吸でこれらの浸透工作の尖兵をやっているという具体的な証拠があるわけではありません。伝え聞く話からすると、データトラップ的なプロセスをあえてやりながら日本にカネをばら撒いてきているのだという以上のことはあんま良く分からんなあというのが正直なところなんですよ。

 齋藤ウィリアム浩幸さんのように、ある程度分かりやすく中華人脈をクライアントに情報流通の中枢に居て頑張っていましたという話なら、固まり次第なるだけ話を表に出してお引き取り願うことも可能なこともあるかもしれませんが、あれだって、表面上はなにひとつ違法だということは必ずしも言えない中で「いままでありがとうございました」と外れてもらう以外の方法はなかったわけです。

 いまでもいちいち書きませんが四半期に数人のペースでアカンやつリストを作って監視して何かし次第お手紙を出すやり方で対処するしかないんですが、例えば慶應義塾SFCだけで100人近くすでにいる中国人留学生全員について気にしておこうと思っても見切れるもんじゃないと思うんですよね。二世や三世だからといって排除したら文字通り民族差別であり望ましくないよという話になる割に、枢要な組織に名前を変えて浸透されて、何かあって調べてみたら戸籍が違いましたとかいう話は稀にあるようですから、分かっている人が頑張って気にしておく以外に方法はないのではないかと感じます。

 ……と、書いているうちにいろんな話がリアルタイムで来てしまうぐらいいまホットな話題になっておりまして、ご関心のある向きや情報提供されたい方は、ご面倒ですが私宛にメールを戴ければと存じます、よろしくお願いします。BZT00066@nifty.ne.jp
 

やまもといちろうメールマガジン「人間迷路」

Vol.401 中華企業がばらまく共同研究提案話のあれこれに触れつつ、電力行政のやっかいな件や色々喧しいAI界隈について語る回
2023年3月31日発行号 目次
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【0. 序文】TikTok(ByteDance)やTencentなどからの共同研究提案はどこまでどうであるか
【1. インシデント1】大手電力と資源調達を揺るがす送配電分離とDX債絡みの問題
【2. インシデント2】AI界隈どうなるんでしょうね
【3. 迷子問答】迷路で迷っている者同士のQ&A

 
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やまもといちろう
個人投資家、作家。1973年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒。東京大学政策ビジョン研究センター客員研究員を経て、情報法制研究所・事務局次長、上席研究員として、社会調査や統計分析にも従事。IT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作に携わる一方、高齢社会研究や時事問題の状況調査も。日経ビジネス、文春オンライン、みんなの介護、こどものミライなど多くの媒体に執筆し「ネットビジネスの終わり(Voice select)」、「情報革命バブルの崩壊 (文春新書)」など著書多数。

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