やまもといちろうメルマガ「人間迷路」より

J.K.ローリングとエマ・ワトソンの対立が示すトランスジェンダー論争の深刻さ


 『ハリーポッター』シリーズの作者J.K.ローリングさんと、主演女優エマ・ワトソンさんの間で繰り広げられている論争が、単なる意見の相違を超えて深刻な対立へと発展しています。この問題は、トランスジェンダーをめぐる社会的議論が、いかに複雑で感情的なものとなっているかを象徴的に示しています。もっとも、後述するようにエマ・ワトソンさんの関与する市民団体『マーメイド』なる団体の過激さ、異様さは割と前から指摘されてきていて、最近になって、組織のトップに小児性愛者(ペド方面)がいるなどの問題が出てきたとされているため、混乱に拍車が掛かっているように見えます。

 発端は、ローリングさんが2020年頃からトランスジェンダー政策、特に生物学的女性の権利保護に関する懸念を表明し始めたことでした。

 彼女は、トランス女性を女性専用スペースに受け入れる政策が、生物学的女性の安全を脅かす可能性があると主張しました。それはそうですな。で、この発言に対し、エマ・ワトソンさんを含む『ハリーポッター』シリーズの出演者たちは、トランスジェンダーの人々への支持を表明し、事実上ローリング氏を批判する立場を取りました。作中以上の才媛と言われ、どちらかというと役者馬鹿と扱われることもあるダニエル・ラドクリフさんまでワトソンさん方面に立ってなんか言っていたので「あ、これは巻き込まれたな」と私なんかは感じておったわけですよ。

 そして、この問題についてローリングさんが最近公開した長文の投稿では、この対立がいかに個人的な情念に関わるものとなっているかが明らかになりました。彼女は、エマ・ワトソンさんとダニエル・ラドクリフさんが、かつて自分が創造した世界の「事実上のスポークスパーソン」として振る舞い続けていることへの不満を表明しました。特に印象的だったのは、ローリング氏が脅迫を受けていた時期に、エマ氏から「あなたが経験していることを申し訳なく思う」という手書きのメモを受け取ったエピソードです。しかし、その後エマ・ワトソンさんは公の場でトランスジェンダー支持を表明し続け、結果的に、脅迫がやまないローリングさんはこれを裏切りと受け止めていたようです。それはそうですね。

 ローリングさんの主張の核心には、生物学的女性が直面する現実的な問題があります。彼女は、富と名声に守られた生活を送るエマ・ワトソンさんが、ホームレスシェルター、病院の男女混合病棟、更衣室、性暴力被害者支援センター、刑務所といった場所で、これといった特権を持たない女性たちが直面する問題を理解していないと批判しました。直訳的に書いているのでなんかこう情感が伝わらないかもしれないませんが、私が見る限りもっと心の奥深くからくるローリングさんの「お前は現実を分かってない」と言わんが如き言葉の強さを感じます。そして、自身が14歳の時は億万長者ではなく、貧困の中で『ハリーポッター』を執筆した経験を持つローリング氏は、こうした現実的な懸念を切実なものとして訴えています。

 実際、ローリングさんは生活保護やDVの絶えないご主人からの迫害から逃れてクソ貧しいところで『ハリーポッター』を書き上げてキャリアを築いているわけですから、エマ・ワトソンさんのようにたまたまオーディションで通ってハマり役となり、子役から億万長者に至った経歴からするとかなりの差を感じるわけですよ。そらそうやがな、というレベルで受け止めるほかありません。お前らは世間知らずである、と。

 また、ローリングさんは思春期ブロッカーの問題にも言及しました。これは本来、末期前立腺がん治療用に開発され、性犯罪者の化学的去勢にも使用される薬剤ですが、トランスジェンダーの子どもたちに適応外処方されてきました。骨密度低下、生殖能力への影響、IQ低下といった深刻な副作用があるにもかかわらず、十分な検証なしに使用されてきたことへの懸念を示しています。さらに、これらの薬剤はエマ・ワトソンさんらが支援する『マーメイド』でも保護者の了承も本人の充分な理解もなく濫用されたのではないかという告発が出たことで、かなりビッグな懸念となり、それが結果として、ジェンダー問題に積極的に取り組む「魔女」エマ・ワトソンさんの活動の正当性を損なわせ、あいつなんやねんとなったのは特筆されるべきことです。

 そのうえで、エマ・ワトソンさんはなんかの授賞式のスピーチで「私は全ての魔女のためにここにいます」と述べながら、「一人の例外を除いて」と口パクで付け加えたとされる映像が拡散されました。実際、前後関係を見る限り、多少でもこの界隈の立ち居振る舞いに理解のある人であれば、映像で名を挙げた美人がこんなスクールカーストど真ん中のイジメのような真似をするのかというのが率直な感想になります。

 なんつーか、陰キャやギークなど学校社会の底辺を一度でも体験したならば、心がきゅんとなるところですね。ピラミッドの頂点にある美人に言われると不登校待ったなし。で、これがローリングさんを指しているという解釈が広がり、批判を集めました。というか、そう受け止める以外にないので、明らかに一線を超えてるよなあと思うわけです。エマ・ワトソンさんが最近のインタビューで「J.K.ローリングさんを愛し大切に思っている」と(フルネームで)発言したことについて、ローリングさんは、自分への全面的非難がもはや流行ではなくなったことに気づいたための方針転換だろうと皮肉混じりに指摘しています。これもまあそうでしょうな。

 この論争で最も深刻な点は、活動家たちによるローリングさんへの大変な量の脅迫です。彼女は殺害予告やレイプ、拷問・襲撃など、かなり露骨な脅迫を直接受け続けており、家族の安全のためにセキュリティ対策を強化せざるを得ない状況に置かれました。それにもかかわらず、エマ氏をはじめとする出演者たちは、こうした脅迫を行う活動家運動に寄り添う姿勢をいまでも示し続けて問題になっています。言い方は悪いけど金持ちの道楽としてのジェンダー問題が、矩を越えて具体的な示威行為で意見を封じる方向に行ってしまったのは憂慮されるべきことですわな。んで、ローリングさんは、「活動家運動が友人の暗殺を呼びかけているのに、その運動に寄り添いながら、友人の愛を求める権利があると主張するのはおかしい」と述べ、深い失望を表明しました。

 この対立が示すのは、トランスジェンダーをめぐる議論が、もはや理性的な対話の範囲を超えてしまっているという現実です。ていうか、そんなもの人間の内面のことなんだから、セックスがどうだ、性自認が男性か女性かなんて徹底的にその人の中の問題であって、まだ自我が固まらない幼少期から青年期において盲動を促しかねないような突き詰め方をさせる必要も本来はない領域です。にもかかわらず、第三者のセックスの問題に対して双方がどういう理由か譲れない価値観を持ち、相手の立場を理解しようとする余地がほとんどありません。

 もっとも、ローリングさんのほうはもともと由緒正しいフェミニズムの体現者であり、それは苦労と成功を深いレベルで味わった、知的な女性としての立ち振る舞いがあったうえでの立場なのは評価されるべきじゃないのと私は思います。というか、ローリングさんの表現は徹頭徹尾現実的で、かつ冷静だったように見えます。やりすぎたジェンダー問題で、特にトランスに関しては、せっかく現代女性が勝ち得てきた権利を喪失する虞があるのだ、という意味でまったく正当です。ところが、生物学的女性の権利保護とトランスジェンダーの人々の権利保護という、どちらも相応に正当性を持つ主張が、激しく対立する構図となっているのは何なんでしょうか。

 そして何より重要なのは、これが単なる「行き過ぎたジェンダー問題への安易な介入」では済まされないという点です。20年以上にわたって世界中で愛されてきた『ハリーポッター』を中心としたWizarding Worldフランチャイズそのものが、深刻な危機に晒されてしまったわけですよ。どうしてそこで一人歩きしてしまうんでしょう。作品の創造者と、その作品を体現してきた俳優たちの間の修復不可能な亀裂は、ファンコミュニティを分断し、作品の未来に暗い影を落としています。魔法の世界が教えてくれた寛容さや友情の価値が、皮肉にも現実世界では実現できていないという事実は、この論争の最も悲しい側面と言えるでしょう。個人的にも、いまでも子どもたちとたまにハリーポッターシリーズは映画見返したり劇を観に行ったりして楽しんできたのに、まさに思春期真っ盛りの子どもたちから「親父。なんかジェンダー問題で作者とハーマイオニーが揉めてるらしいな?」などとニヤニヤしながら問われてしまうわけですよ。山本家の治安にも影響があります。困ったもんだな。
 

やまもといちろうメールマガジン「人間迷路」

Vol.491 ハリーポッター界隈で燻るトランスジェンダー論争を憂えつつ、いまいち話題にならないIoTセキュリティ問題や混迷深まる自民党総裁選のいまを語る回
2025年10月2日発行号 目次
187A8796sm

【0. 序文】J.K.ローリングとエマ・ワトソンの対立が示すトランスジェンダー論争の深刻さ
【1. インシデント1】杜撰なIoTセキュリティホールのツケは小さくないという話
【2. インシデント2】笑ってはいけない自由民主党総裁選24時
【3. 迷子問答】迷路で迷っている者同士のQ&A

 
やまもといちろうメールマガジン「人間迷路」のご購読はこちらから

やまもといちろう
個人投資家、作家。1973年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒。東京大学政策ビジョン研究センター客員研究員を経て、情報法制研究所・事務局次長、上席研究員として、社会調査や統計分析にも従事。IT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作に携わる一方、高齢社会研究や時事問題の状況調査も。日経ビジネス、文春オンライン、みんなの介護、こどものミライなど多くの媒体に執筆し「ネットビジネスの終わり(Voice select)」、「情報革命バブルの崩壊 (文春新書)」など著書多数。

その他の記事

「天才はなぜチビなのか」を考えてみる(名越康文)
メルマガの未来~オープンとクローズの狭間で(津田大介)
原色豊かな南米で歴史はすべてカラーなのだということをあらためて思い知る(高城剛)
アップルの“あえて言葉にはしていない”仕掛け(本田雅一)
Yahoo! JAPAN「爆速」の終わり(やまもといちろう)
リフレ派の終わりと黒田緩和10年の総括をどのタイミングでやるべきか(やまもといちろう)
菅直人さんVS橋下徹さん&日本維新の会を「ヒトラー」と指弾し揉めるの巻(やまもといちろう)
食欲の秋、今年は少しだけ飽食に溺れるつもりです(高城剛)
「苦しまずに死にたい」あなたが知っておくべき3つのこと(若林理砂)
「減りゆく日本人」出生数低迷と政策的手詰まり(やまもといちろう)
本当に自分が進みたい未来へ通じる道はどこにあるのか(高城剛)
緊張して実力を発揮できない人は瞬間的に意識を飛ばそう(名越康文)
ここまで政策不在の総選挙も珍しいのではないか(やまもといちろう)
グローバリゼーションの大きな曲がり角(高城剛)
「犯罪者を許さない社会」っておかしいんじゃないの?(家入一真)
やまもといちろうのメールマガジン
「人間迷路」

[料金(税込)] 770円(税込)/ 月
[発行周期] 月4回前後+号外

ページのトップへ