「すべては縁である」の先にある生き方
この信仰に関する問題を考えただけでも明らかなように、自分と相容れない存在と共に生きるということは、実は凄く苦しい面、諦めや断絶を受け入れなければいけない面があるのではないでしょうか。自然界の動植物の共生には、このような苦しみはないと思います。そのような決定的な断絶の存在自体に、気づくことがないからです。しかし、人間はこの断絶に気づいています。そしてこの共生という問題は、まだ上手く言えず飛躍があるのですが、人間の「自由」ということと結びついた問題なのではないかと思うのです。
以前甲野先生は、「動物の精神と身体は一対一だが、人間はその二つが不一致である」ということ、そして「その不一致にこそ、人間の自由の根本がある」ということを仰っていました。
そこから考えてみますと、こうした自由の獲得と共に、人間は他の動植物が自然に行っている「完全共生関係」というものを行うことが出来なくなったのではないかと思うのです。動植物には決まった天敵が存在します。行動範囲の制限も決まっています。相互依存の完全な共生も、動植物はそれを意識して行っているわけではありません。「そのようになっているから、そうしているだけである」とも言えると思うのです。自由がないからこそ、完全な共生を行うことができるのだとも考えられるということです。
では、そのような共生を行えなくなった人間が、それでも自分以外の存在と共に生きていくにはどうしたらよいのか。それはまず、「絶対にわからないことがある」ということを認めることから始めることではないでしょうか。
甲野先生は「人間の運命は完璧に決まっていて、完璧に自由である」と仰います。そしてこの場合の自由は、我々には運命がどのようなものか「わからない」という点が担保しているのだと思います。
甲野先生のこのお話を伺うたびに、私はいつも親鸞のことを思い起こします。親鸞は弟子の唯円にむかって、「お前は私が人を千人殺せば往生できると言えば、お前は人を千人殺せるか」と聞きます。唯円がそれはできないと言うと、親鸞は「それはお前が善人だからではない」と言います。「お前が人を千人殺せないのは、お前が善人だからではない。それは、お前に人を殺す『縁』がないだけだ。人を殺す縁を持って生まれた人間は人を殺してしまうし、そうした縁を持っていない人間は人を殺すことはできない。それは縁によるのであって、自分の意志で決められることではない」と親鸞は言うのです。
ここでは、ある種の信仰の解体が行われているのではないでしょうか。要するに、「お前が何をしようと、信仰を持とうと、人を殺す縁があればお前は人を殺してしまう」ということだからです。それは「信仰があるかないか以前の問題なのだ」ということを、親鸞は弟子に伝えようとしているのではないでしょうか。
しかしそれでも、親鸞は信仰を持つこと自体が無意味であるということを説いたのではないと思うのです。それだからこそ、いかなる「縁」を持っているか絶対に理解できない人間であるからこそ、念仏を唱え、阿弥陀如来に対する信仰を持つのだ、ということを言っているのではないかと、私は思います。「わからない。凡夫には、絶対にわからない。であるからこそ、我々凡夫は信仰に生きるしかないのではないか」と。わからないことを根本におくことで初めて開かれてくる生のありよう、人の生きるかたちがあるのではないでしょうか。
「わからない」ところから始める
そしてこれは信仰の問題に限ったことではないと思います。我々が自分とは異なる存在と共に生きるということを選択するとき、この「わからない」という断念から新しい生き方を生み出していくしかないのではないでしょうか。
自分の運命も、他者の心も、自然も「わからない」。そこに根本を置き、絶対にわからないという断絶を抱え込むこと。ある種の諦めを持つこと。そこに我々の行動の基盤を置くことが、自然な共生関係というものを持つことが出来ない人間が共生というものに向かうための、決定的な一歩なのではないでしょうか。そして「わからない」他者とともに生きる際には、必ず「痛み」が伴うということを理解したうえで、それでも人間以外の存在も含めた「相手」の立場を尊重し、自分が場合によっては一歩引くということを行い続ける以外に、道はないのではないかと思うのです。共生とは、決してお気楽な、ユートピア的な何かのことを指しているのではないと思います。わからない他者、必ず軋轢を生じさせる他者を、それでも認めて生きていくということではないでしょうか。
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