やまもといちろうメルマガ「人間迷路」より

田端信太郎氏の侮辱罪容疑書類送検から考える「株主論評」罵倒芸の今後


 わはははははは(笑)。

 この度、著名な実業家でありアクティビスト(物言う株主)としても知られる田端信太郎さんが、メルカリ社の社員を「無能」などとSNS上で批判したことが侮辱罪に当たるとして刑事告訴されてしまいました。今回どうも書類送検されたようで、SNS時代の言論のあり方について大きな議論を巻き起こしています。

メルカリ社員を「無能」とSNSに書いて書類送検された田端信太郎氏・反論60分「配慮はあったほうが良かった…でも株主として指摘するべきことを指摘した」「株主の言論を萎縮させていけない」

 田端さんご自身は、一連の行為を「株主・投資家としての正当な活動」であり、企業活動への論評であるとして、権力の介入に強い違和感を示されています。たしかに、上場企業の経営陣や経営戦略そのものに対する批判であれば、たとえその内容が辛辣なものであったとしても、企業側が刑事告訴にまで踏み切るケースは稀であり、企業が株主の意見に対して真摯に向き合うべきという資本主義の原則に照らしても、問題視されにくかったでしょう。ゼロとまでは言いませんが、かなりの部分「お前らの経営も言われて仕方ないほどおかしいし期待された利益を上げておらず成長しとらんのやから、ちゃんと締め直せや」と他の株主からも言われてもおかしくないわけです。

 しかしながら、今回の事案の最大の問題点は、批判の矛先が株主として言及して当然の「経営陣や経営内容」から、「個別の被雇用者および特定の社員」に向けられたようである点にあると見られます。客観的に見て、ソーシャルメディアなどでまあまあ有名になったから何らかの力学でメルカリに入社したとみられる社員がネット上で余計なことを書いたり実際に無能を晒したりして叩かれる、なんてことは容易に想像はつきます。あくまで一般論として、ですが。それはまあ田端さんでなくとも「あいつ無能ちゃうか」と言いたくなることはあるかもしれません。ただ、それはあくまで特定の事象に紐づいた根拠あるアレについてネット上でいじったり揶揄したりして、相手が顔真っ赤になって嫌がるようなことでも言わんと気が収まらんという場合に限られるように思います。

 田端氏の投稿は、メルカリ社の特定の社員のSNS投稿を引用し、それに直接言及する形で「無能なやつを雇うのをやめてほしい」といった文言を含んでいた、とされます。株主として会社全体を酷評するところまでは許容されたとしても、会社とは別の一社員という個人に踏み込み、その能力や資質を罵倒・侮辱することは、見ようによっては「株主としての範疇」を明確に超える一線を越えたと判断されてしまう可能性があります。

 侮辱罪については実効的な判例も乏しいなかで、多くの弁護士が解説しているように、侮辱罪は「馬鹿」とか「無能」などといった具体的な事実の摘示を伴わない抽象的な罵倒であっても成立し得ます。また、名誉毀損罪にある「公益性や真実性」を理由に罪が問われなくなる規定が侮辱罪にはないため、侮辱した側が「これは叱咤激励なのだ」やら「会社を良くするための論評だ」他云々という正当行為の主張が法的に認められるためのハードルは非常に高いのが現状です。仮に特定の社員の能力が社会通念上問題視されても仕方がないレベルのものであったとしても、この侮辱罪については、非常に広範囲に刑事告訴が受理される傾向があります。

 とはいえ、侮辱罪で書類送検されてもそのまま罰金刑に至るケースというのは割とレアのように思います。身の回りの多くのケースで、侮辱罪は警察で受理された後、検察官の判断で不起訴処分となるか、裁判を経ない非公表の罰金刑(略式命令)で収束する可能性が十分にありました。

 ところが、今回、田端氏が自らこの刑事告訴と書類送検の一部始終をYouTubeなどの公の場で詳細に語ってしまったことは、今後の検察の判断に影響を与える可能性を否定できません。観ている私からすれば、不起訴処分が確定してから騒いだほうが良かったのに、と感じる瞬間です。検察庁側からすれば、まだ着地していない事件に関して「捜査の経緯や内容を公言するとは何事か」とか「自らの行いを正当化し、反省の色が見えない」などと受け取られかねません。その結果、担当検事によっては、一般的な事例よりも相応に強い措置、具体的には略式命令ではなく正式な公判請求(公開の裁判)に至る判断を下す可能性もゼロではありません。

 さらに懸念されるのは、今回の一連の投稿内容が、インターネット上の誹謗中傷を取り締まる「情報流通プラットフォーム対処法」(情プラ法)上の「有害情報」に該当する可能性です。もし有害情報としてフラグが立てられてしまった場合、田端氏がTwitter(X)やYouTube、Metaなどで持つ各アカウントに規制がかかり、最悪の場合はアカウントの削除といった措置に発展する可能性も否定できません。これは、情報発信を人生最大の楽しみとしているように見える田端さんにとって、極めて大きな痛手となり得ます。

 やはり田端さんの活動の強みは、その過激な文言でフォロワーの注目を集めながらも、論評の中身は極めてまっとうで本質的であるというギャップにありました。なんだかんだ、田端さんは正義感があってモラリストだから、ある程度踏み込んで強い言葉で相手を指弾しても許される的な雰囲気がネットにはあって、そこが受け入れられてきたポイントだったと思うんですよ。そして、このスタイルは多くのフォロワーを得て支持を集める大きな原動力となっていましたが、今回の件で、明らかにこの「過激さ」が「法的なリスク」と直結することが示されました。もっとも、一線を超えれば、ですが。

 たとえ今回、最終的に不起訴や軽い罰金刑で無事に終わったとしても、一応は刑事告訴をやる側として「侮辱罪で書類送検された実績」が残ったことは非常に重い意味を持ちます。しかも、田端さんがそれを公言しない限り、それは第三者的にはしばらく分からないものだったにもかかわらず、本人がネタとしてネットで喋っちゃったのですから、それはセルフでスティグマを残すようなものです。今後、田端氏が同様の論調で誰かを批判した場合、警察や検察の側では「以前書類送検されたあいつだ」という認識になり、告訴の受理や捜査のハードルは格段に下がることになります。悪くすると、片っ端から刑事告訴してやると思う人が出るかもしれません。

 更なる影響力を確保したいと考えたり、高みを目指したいと願ったりするのであれば、田端さんは今回の件でいま一度、自身の発信スタイルを見直すべき岐路に立たされていると言えます。これまでの「過激さ」を求める既存のフォロワー層を切り捨てる覚悟で、今後は「穏当だが切っ先が鋭い論評」へと路線をシフトしていくほうが、ご自身の活動の継続性と影響力の拡大という観点からは、賢明な選択となるかもしれません。「株主論評」と「個人への罵倒」の境界線(のようなもの)を弁えることが、アクティビストとしての持続可能性に繋がるのです。

 本件で言えば、もう少しつるむ友達もちゃんと選んだ方がいいと思うんですが、それはまあ旧ライブドア出身ということも踏まえて仕方がないという面はあるのかもしれません。

 なお、本件蛇足とはなりますが、メルカリについては田端さんが一連の盛り上げでやってきた話とは別に国内事業においてもそろそろどうすんのという状態になっていくと思っていますし、それについては別稿を用意したいと思います。私個人はメルカリのその立ち上がりで、顧客からの預かり金を流用する形で広告宣伝費にブチ込んで急成長してきたことについては「よろしくない」と考える立場ではありましたが、世界に通用するC2Cプラットフォーム事業者として挑戦しようとしてきたことに関してはその結果はともかく評価したいと思っています。

 サッカーとか余計な方向にカネを費消することなく、正しく顧客の皆さまとの間の適法で安全な商取引の実現に向けてメルカリには努力してほしいと切に願っています。
 

やまもといちろうメールマガジン「人間迷路」

Vol.490 田端信太郎さんの侮辱罪容疑書類送検を真面目に論考しつつ、OSINTによる情報漏洩の深刻さやドローンがもたらす安全保障の脅威について語る回
2025年9月30日発行号 目次
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【0. 序文】田端信太郎氏の侮辱罪容疑書類送検から考える「株主論評」罵倒芸の今後
【1. インシデント1】OSINT方面で大規模インシデントが複数同時発生の話
【2. インシデント2】ドローンが安全保障上の深刻な脅威となりつつある件について
【3. 迷子問答】迷路で迷っている者同士のQ&A

 
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やまもといちろう
個人投資家、作家。1973年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒。東京大学政策ビジョン研究センター客員研究員を経て、情報法制研究所・事務局次長、上席研究員として、社会調査や統計分析にも従事。IT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作に携わる一方、高齢社会研究や時事問題の状況調査も。日経ビジネス、文春オンライン、みんなの介護、こどものミライなど多くの媒体に執筆し「ネットビジネスの終わり(Voice select)」、「情報革命バブルの崩壊 (文春新書)」など著書多数。

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