高城剛メルマガ「高城未来研究所「Future Report」」より

AI時代の真のラグジュアリーとは

高城未来研究所【Future Report】Vol.750(10月31日)より

今週は、バルセロナにいます。

10月も終盤を迎え、街の空気はすっかり秋の匂いに包まれています。サグラダ・ファミリアの尖塔の向こうに沈む夕陽が、レンガ色の空を金色に染め、通りを歩く人々の影を長く伸ばす季節。観光客で溢れる夏が去り、今は地元の人々の生活リズムが戻ってきたようで、街全体が少し呼吸を取り戻した印象があります。

こうしてゆっくりと移り変わる季節とは真逆に、現在、EUでは、AI時代に即した「デジタル主権」(Digital Sovereignty)の確立が急速に進んでいます。

EU圏では、ユーザーのデータを企業がどう扱うかが極めて厳密に定義されており、個人情報を広告目的で追跡・販売する仕組みを基本的に禁止しています。いままでも何度かお伝えしましたように、日本の「Yahoo! JAPAN」は、欧州では閲覧できません。つまり、「無料で便利なサービスの裏で個人情報を収集し、広告ターゲティングに使う」という日本や米国では当たり前のモデルが、EUでは違法に近い形で制限されているため、EUの視点ではYahoo! JAPANのようなクッキー依存型サイトは「法的に存在してはいけない」のです。

実際、Yahoo!に限らず、多くの日本のメディアやポータルサイトは、EUの法律に対応しきれず、アクセスを遮断する形をとっています。GDPR(一般データ保護規則)違反は罰金が最大で全世界売上の4%または2000万ユーロ(約30億円)と大変高額なため、企業にとっては致命的なリスクになりかねません。日本国内ではほとんど報じられませんが、これは単なる法的問題ではなく、「デジタル主権」をめぐる文明の衝突でもあります。

EUが2018年にGDPR(一般データ保護規則)を制定した背景には、「人間の尊厳」というヨーロッパ的思想がありました。彼らは、個人データを単なる経済資源ではなく、人権の延長線上にあるものとして扱っており、「データは新しい石油」ではなく、「データは人格の一部」と考えます。この発想は、日本人やアメリカ人にとっては少しピンとこないかもしれませんが、歴史を遡れば、宗教改革や啓蒙思想を経て「個人の自由」を中心に社会を築いてきたヨーロッパにとって、必然の帰結ともいえる考え方です。

一方で、アメリカは真逆の哲学を持っています。個人データは資本主義のエンジンの燃料であり、GAFAMなどによる巨大なプラットフォームビジネスが世界中の生活を覆いました。Facebookが利用者の行動履歴をトラッキングし、Amazonが購買データを分析して嗜好を予測し、Googleが検索履歴をもとに広告を出す。その仕組みの上に、いまの「無料のインターネット経済」は成り立っていますが、この結果、僕がいうところの「データ資本家」に富が集中し、その彼らの富の源泉は、株価ではなく、実は各人の「個人データ」に他なりません。

このモデルをEUは大変危険視しており、なぜなら、データが米国企業(実態は「データ資本家」)に集中してしまうため、GDPRに続いて施行された「DMA(デジタル市場法)」や「DSA(デジタルサービス法)」が施行され、見事GAFAMの独占構造を崩すための矛と盾として機能してきました。たとえば、AppleがApp Storeの外でアプリを配布できないようにしていた仕組みを「反競争的」として罰金を科し、MetaにはInstagramとThreadsのデータ連携を停止するよう命じました。
iPhoneのライトニングを非独占的にするため、USB-Cに変えたのも欧州からの圧力によるもので、GoogleにもAndroidにデフォルト検索を強制した件で数十億ユーロ規模の罰金が科されています。

ヨーロッパ人は、データを「個人の人格の延長」として扱う姿勢を明確に打ち出しており、人間の考え方や行動、位置情報、購買履歴などは単なる情報ではなく、その人自身の分身であり、所有権は本人にあると考えます。ゆえに、本人の明確な同意なしに収集・分析・販売することは、人格の侵害とみなされますが、アメリカや日本のように「便利だから」「無料だから」といって企業にデータを差し出すことは、彼らの倫理観ではあり得ません。

こうした欧州のデータを個人に取り戻す動きは、AI時代を見据えた布石でもあります。生成AIの根幹はデータ収集と巧みなミックス力。もし個人データが完全に保護されれば、AIモデルの学習材料が大きく制限され、いわば、AIの暴走を防ぐための「倫理的防壁」としても機能しているのです。

しかし、この規制が欧州にとって経済的ハンデになることも事実です。アメリカのGAFAMや中国のBATは、データを無制限に収集してAIを急速に成長させてきました。欧州はその速度競争に出遅れ、事実「デジタル赤字」に陥っています。

その反省から生まれたのが「デジタル主権」という概念なのです。
GDPRはその第一章に過ぎず、第二章としてDMA(デジタル市場法)、DSA(デジタルサービス法)、そして次の第三章に位置するのがAI Act(AI法)で、この法案では、AIを「リスク」に応じて分類します。例えば人権侵害の恐れが高いAI(監視カメラによる顔認識、雇用審査、クレジットスコア算出など)は高リスクAIとして厳格に制限され、また、AIが生成したコンテンツには「AI生成である」と明示する義務が課され、モデル提供者はデータセットの出所・倫理性・バイアスを説明する責任を負います。

つまり、EUの立場はAIの進化を止めるのではなく、「人間がAIに支配されない社会構造を最初から設計する」という姿勢が明確にみて取れます。
米国は「市場に任せて技術が倫理を超える」道を選び、中国は「国家が倫理の代わりに統制する」道を選びました。GAFAMは巨額の資金を投じ、スタートアップは「AGI(汎用人工知能)」の実現を競い、ベンチャーキャピタルは次のユニコーンに青天井で投資する。そこにあるのは、「Move Fast and Break Things(速く動き、物事を破壊せよ)」という、シリコンバレー特有のテクノ・リバタリアニズム(技術至上主義)です。
彼らにとってAIは、まず「市場」であり「製品」で、「倫理」や「規制」は、イノベーションの「後」からついてくるもの、あるいは、イノベーションを「阻害する足かせ」とさえ考えています。
その中で、EUは「人間中心AI(Human-Centric AI)」という第三の道を歩もうとしています。
AIを禁止せず、歩み方が遅くなってもしっかりとコントロールし、AIが人間の幸福を増進させる限りにおいてのみ、存在を許す。
まるで、啓蒙思想の時代に培われた理性の秩序を、21世紀のテクノロジーに適用しているように僕には見えます。

EUがこれほどまでにデジタル規制を強化するのは、単なる経済防衛ではなく、文化的・倫理的闘いでもあります。彼らにとって「自由」とは、「選択の自由」ではなく「侵されない自由」に他なりません。日本やアメリカのように「利便性を得るために多少の個人情報提供はやむなし」という発想は、EUでは根本的に拒否され、言い換えれば、ヨーロッパの人々は「便利さよりも尊厳を取る」のを第一義としています。そうしなければ、富はデータ資本家のみに偏在してしまうのは明白です。

EUは、街づくりにおいてもインターネット空間でも、人間社会の進化を先に制度として形にしており、もしかすると、AI時代の真のラグジュアリーは「自分のデータを自分でコントロールでき、確実に所有できること」なのではないか、と考える今週です。

欧州の秋も深まってきました。もうじきカタルーニャ名物カルソッツの季節がはじまります!
 

高城未来研究所「Future Report」

Vol.750 10月31日発行

■目次
1. 近況
2. 世界の俯瞰図
3. デュアルライフ、ハイパーノマドのススメ
4. 「病」との対話
5. 大ビジュアルコミュニケーション時代を生き抜く方法
6. Q&Aコーナー
7. 連載のお知らせ

23高城未来研究所は、近未来を読み解く総合研究所です。実際に海外を飛び回って現場を見てまわる僕を中心に、世界情勢や経済だけではなく、移住や海外就職のプロフェッショナルなど、多岐にわたる多くの研究員が、企業と個人を顧客に未来を個別にコンサルティングをしていきます。毎週お届けする「FutureReport」は、この研究所の定期レポートで、今後世界はどのように変わっていくのか、そして、何に気をつけ、何をしなくてはいけないのか、をマスでは発言できない私見と俯瞰的視座をあわせてお届けします。

高城剛
1964年葛飾柴又生まれ。日大芸術学部在学中に「東京国際ビデオビエンナーレ」グランプリ受賞後、メディアを超えて横断的に活動。 著書に『ヤバいぜっ! デジタル日本』(集英社)、『「ひきこもり国家」日本』(宝島社)、『オーガニック革命』(集英社)、『私の名前は高城剛。住所不定、職業不明。』(マガジンハウス)などがある。 自身も数多くのメディアに登場し、NTT、パナソニック、プレイステーション、ヴァージン・アトランティックなどの広告に出演。 総務省情報通信審議会専門委員など公職歴任。 2008年より、拠点を欧州へ移し活動。 現在、コミュニケーション戦略と次世代テクノロジーを専門に、創造産業全般にわたって活躍。ファッションTVシニア・クリエイティブ・ディレクターも務めている。 最新刊は『時代を生きる力』(マガジンハウス)を発売。

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