「社会保険料を下げろ」というのはいま働いている国民の手取りを増やすためにどうしても必要なことですし、今回高校無償化で予算合意に至った日本維新の会との話し合いの果てに、自由民主党と公明党、日本維新の会とで協議を進める運びになってしまいましたので、これはまあ取り組んでいかないといけないわけです。困ったもんだなと思ってますが、一応は「やれ」となった以上、なんらか見解を組み上げて対応していかないといけないよな、というのが実際です。
で、直近の状況で言いますと、推移は非常に芳しくありません。日本の社会保障制度は、少子高齢化の進展と経済成長の低迷により、持続可能性が大きく問われております。それに先だって、政府(当時は岸田文雄政権ですが)は「改革工程表2023」や「骨太の方針2024」において社会保障分野の改革方針を示し、段階的な取り組みを進めようとしていました。他方で、そんなのお構いなしに日本維新の会は「社会保険料を下げる改革案」として、より急進的かつ大規模な改革案を提示しております。彼我の中身を見比べて、とりあえず両者の内容を比較しながら、特に維新案の社会保障費4兆円削減構想について、その妥当性と実現可能性について概略を考えないといけないわけですよ。
特に、日本の国民医療費は年間46兆円に達し、年間約1兆円のペースで増加しております。いわゆる官製市場でありまして、我が国に冠たる自動車業界が約77.1兆円であることを考えますと、その半分以上の規模を持つ割とビッグな産業であることが分かります。で、高齢化の進展で、団塊の世代がこれからもっと医療費のかかる後期高齢者に差し掛かるわけですから、今後も社会保障費の自然増が見込まれる状況にあります。困りましたな。社会保険料負担は特に現役世代に重くのしかかっており、例えば年収350万円の単身世帯の場合、所得税が年間約7万円であるのに対し、社会保険料は約50万円と、遥かに大きな負担となっているわけです。これがかっつり可処分所得の減少に寄与しておるわけで、この状況は少子化を促進する要因の一つとも指摘されており、社会経済の持続可能性に関わる重要な課題となっています。
そして、政府は社会保障費の伸びの適正化を目指しているが、日本維新の会はより踏み込んだ「削減」を主張している点が大きな違いがあり、この方針の差異そのものが、政治的なスタンスの大きな変更をするべきかどうかっていう大事な政策論点になってくるわけなんですけど、あんまり世の中で「やべぇよ」とは言われておらんのは気になるんすよね。大丈夫なんでしょうか。
なお、日本維新の会が捻り出してきた社会保険料引き下げ案の概要はこれです。正直、政策ペーパーとしての出来は非常に悪いですが、それでも維新の打ち出す政策方針としてはそうなんだろうなと思うのと、こんな内容でも中身を汲み取って政策に反映させなければならない政策事務方の慟哭をぜひ感じていただければと思う次第です。
元の骨太の方針に関する資料はこれで、大事な論点も多いけど些末な文章もたくさん入っているのでお好みでお目を通して、どうぞ。
昨年暮れの叩き台ペーパーはこれです。
さて、政府の改革工程表2023や骨太の方針2024における社会保障分野の取り組みは、以下の柱を中心に展開されております。
〇働き方に中立的な社会保障制度等の構築
・被用者保険の適用拡大(週20時間以上の短時間労働者への適用拡大など)
・年収の壁に対する取組(年収の壁・支援強化パッケージの実施)
・在職老齢年金制度の見直し
〇女性・高齢者の活躍促進、疾病予防等の取組の推進
・女性活躍推進法に基づく取り組み(男女間賃金差異の情報公表義務化など)
・高齢者の就労促進と介護予防
・健康増進と疾病予防の推進(データヘルス計画の推進)
〇医療・介護制度等の改革
・医療費適正化計画の策定と実施
・効果が乏しいエビデンスがある医療の適正化
・後発医薬品の使用促進
これらの施策は段階的な実施を前提とし、社会保障制度の持続可能性を高めながらも、医療・介護の質を維持するバランスを重視しております。あくまで、増え続ける医療費の伸びを抑制するための施策であり、劇的に減らせるぞとか、凄い合理的になるぞという話ではないことはご留意ください。
他方、日本維新の会の4兆円削減案の内容について、日本維新の会の「社会保険料を下げる改革案」は、国民医療費の総額を年間4兆円削減し、それによって現役世代一人当たりの社会保険料負担を年間6万円引き下げることを目標として、以下の方針を示しておるのですが、より政策目線でお題目を整理をするとこうなります。
〇医療介護産業の生産性革命
・医療の需要側に立った既得権の打破
・医療産業のDX推進によるデータ活用と効率化
・オンラインやAIによる診療の推進
〇持続可能な水準の応能負担
・負担能力に応じた保険料負担の深化
・健康で医療サービスを使わない人の保険料負担軽減
・マイナンバー制度の活用による負担能力の正確な把握
〇具体的な先行実施策としての提案
1)OTC類似薬の保険適用からの除外
・風邪薬やビタミン剤など、OTC類似薬を保険適用から除外
・削減可能額は約1兆円と試算
2)医療費窓口負担や高額療養費の所得区分判定の見直し
・金融所得など不労所得も含めた実態に即した所得区分判定への転換
・応能負担の強化による社会保険制度の持続可能性の向上
3)電子カルテとパーソナル・ヘルス・レコードの完全普及
・電子カルテの普及率を100%近くまで引き上げ
・1国民1カルテ体制の構築による医療の質と効率性の向上
で、まあ維新案の最大の問題は「え、こんなんで4兆円も本当に医療費下がるんすか」です。結論から言えば逆立ちしても無理なんですが、ただ医療費を削減して社会保険料を引き下げ国民負担を減らしたいというパッションは理解できます。
より詳細に維新案の妥当性を考えていくと、まずはやらないよりはやったほうがいいという内容からスタートすることになるんじゃないかと思います。特に、日本維新の会が掲げる年間4兆円という削減目標は、国民医療費46兆円の約8.7%に相当します。極めて大きな削減規模であって、仮に先行実施策として具体的に示されたOTC類似薬の保険適用除外でも最大で1兆円程度の削減にとどまり、残りの3兆円以上の削減策が具体的に示されていませんし、そもそもOTC類似薬を減らすことで単純に減収となるクリニック(診療所)などがより赤字となり閉鎖されることに対してあまり考えてはいないようです。非効率な治療や処方箋を出すようなクリニックなんて潰れて良しと思ってそうですが、そういうところがかかりつけ医として地域の医療制度の足元を担っているので、誇張ではなく、何らか別の助成をやらないと本格的に地域医療は崩壊してしまいます。
医療費削減には様々な利害関係者の調整が必要であり、短期間での大幅削減は現実的に困難な側面があるのですが、特に維新案は2025年6月末までに具体策を取りまとめるとしているが、その後の実施タイムラインも不明瞭なので、ここは膝詰めで維新が何を考えているのかよく伺って、政策的にどう着地さすねんというあたりの話は考えていく必要があるんじゃないですかね。私以外の誰かが。
続いて、スケジュール感やロジ周りを見ていきたいと思います。これは政府の改革工程との整合性に関する部分ではないかと感じますので、これも項目ごとにチェックしていきます。
〇整合している点
・医療DXの推進(電子カルテ普及など)は政府の方針とも合致しており、効率化と質の向上の両立が期待できる
・データに基づく医療費適正化という方向性も共通している
・応能負担の強化という考え方は、政府の医療保険制度改革の方向性とも一致している
〇整合していない点
・政府の医療費適正化計画では「削減」よりも「伸びの適正化」が主眼であるのに対し、維新案は絶対額の削減を目指している
・政府の改革は段階的・漸進的アプローチを採用しているが、維新案はより急進的な改革を目指している
・政府は医療提供体制の改革と医療の質確保を重視しているが、維新案では数値目標達成が強調されている
〇OTC類似薬の保険適用からの除外
この施策は直接的な医療費削減効果が期待できる一方、国民の自己負担増加、低所得者への影響、代替処方への移行可能性などの課題もある。政府も「医薬品の適正使用」を推進しているが、より慎重なアプローチを採用している。
〇医療費窓口負担等の所得区分判定見直し
金融所得等も含めた実態に即した応能負担の実現は理念としては適切だが、マイナンバー制度の本格活用が前提条件となる。現状ではマイナンバーカードの普及率は8割に達するものの、マイナ保険証の利用率は3割未満、大手銀行での預金口座の紐づけは5%以下と、システム基盤の整備が不十分である。
〇電子カルテ等の完全普及
医療の質向上と効率化を同時に達成できる可能性がある点で有望だが、初期投資コストやシステム統一の実現性に課題がある。政府の医療DX推進策とも整合しており、実現性が比較的高い施策と言える。
この辺を並びで見てみると、いわゆる「医療DX」と「医療データ利活用の推進」で医療行為を合理化して全体的な医療費削減を導いていこうという話になっておるわけですが、政策面からすれば、もちろん医療DXとかはとても大事なことだけれども、じゃあいきなり医療費削減に資するような合理化が進められるのかと言われると割と悲観的で、かつ、即効性は乏しく、電子カルテとか入れたところでそんな医療費削減には資さないよねで終わる話じゃないかと思うんです。いや、実は何か凄い劇的に効率化できる秘伝のたれみたいなのが維新の中のどっかで泉のように湧いているかもしれませんが…。
日本維新の会の社会保障費4兆円削減案で以下の点で妥当性を持っている点があるのだとすると、基本的に医療DX推進による効率化という方向性は時代の要請に合致していることと、制度上、応能負担の強化という基本方針は社会保障制度の持続可能性向上に寄与すること、加えて電子カルテの普及など、具体的な先行実施策を一部示している点は評価できるとは思います。
ただ、やっぱり4兆円削減という目標の実現可能性が不透明で、具体的な削減内訳が示されておらず、削減目標達成のタイムラインが短期的かつ不明確なうえ、医療の質の確保と国民の負担増に関するバランスへの配慮が欠けている面は気になります。「とにかく社会保険料を下げろ」というのはもっともにせよ、個別施策の効果試算や副作用への対応が十分に示されていないのでは、おそらく工程表をいじるにしても政策面で相当な議論が必要だし、政治が決めたんだから行政はそれに従えやと言われれば政策方としては黙らざるを得ないんですけど個人的には大変なことになると思います。それでも改革なのだと言われれば「あっ、はい」ってなりますけど、診療所が大量閉鎖し、地方医療が壊滅して人が死んでから「こんなはずじゃなかった」となるのはやっぱり避けたいなとは思います。
今後の方向性としては、やはり社会保障制度の持続可能性確保と現役世代の負担軽減という目標は重要ですけれども、医療提供体制の改革と社会保険料の総額的な引き下げとのバランスを見ながら何かを実現していくとするならば、その実現には慎重かつ包括的なアプローチが必要になります。裏を返せば、まあ簡単じゃねえぞって話です。ただ、自民公明維新で合意した内容を遺漏なく進めんだぞと言われたならば、まあやらざるを得ません。そうした場合は、弥縫策にはなりますけれども、政府の実現可能で段階的な改革路線と維新の大胆な改革提案の良い点を組み合わせた現実的な改革の方向性を打ち出し、着地させていかなければなりません。繰り返しにはなりますが、お題目というかメニューとしてはこんな感じにならざるを得んでしょう。
〇医療DXの加速
電子カルテ普及やデータヘルス推進は両者が一致する分野であり、重点的に推進すべきである
〇応能負担の段階的強化
金融所得等も含めた負担能力の把握を前提に、マイナンバー制度の活用を段階的に拡大
〇医薬品使用の適正化
OTC類似薬の保険適用除外は対象品目を慎重に選定しつつ、段階的に実施
〇予防・健康づくりの強化
医療費増加の根本原因に対処するため、予防と健康増進に一層の資源配分
最終的に、社会保障制度改革は単なる削減ではなく、システム全体の最適化を目指すべきだ、って話には絶対なるので、現実的な着地点の中で最も医療費の削減効果が認められ、どうにかなるぞっていう政策をかき集めてきて4兆円の削減幅に近づけていく工程表にする、ぐらいでしょうか。特に、医療の質を維持・向上させながら効率性を高め、世代間・世代内の公平な負担を実現する包括的な改革が求められるわけですが、医療費総額を一割も削っておいて医療制度が無傷であるはずがなく、そこの医療費にぶら下がっている地方や診療所や診療科や患者さんは生命の危機に晒されます。そんなことは分かってるから、できる限りやれと言われたらやるんでしょうけれども、維新案の問題意識と方向性は評価できるものの、実現可能性と副作用の検討を含めた、より緻密な政策設計が必要になるでしょう。
逆に、自由民主党や公明党から医療費削減をし社会保険料引き下げに資する案を出せと言われれば、いまの段階でも「維新は言って来なかったけど、こういうことをやれば医療費の削減には資するんじゃないか」ってアイデアは私にもいくつかあります。ただですな、今この段階で、すでに日本の病床数200床あるところとかみんなクソ赤字になってて、こういうところに公的資金を補填しないと地方医療が回らないですよってところで「医療費は4兆円削減だーっ」って言われるとですな、まあいろんなことは考えますな。
これ、もう後期高齢者には医療施すなって荒療治になってくんじゃないですかね。
いやほんとに。
やまもといちろうメールマガジン「人間迷路」
Vol.471 医療費4兆円削減プランの行方を案じつつ、荒みきったネット空間の現実や個人情報保護法改正とAIの関係などに触れる回
2025年3月5日発行号 目次
【0. 序文】突然出てきた日本維新の会4兆円削減プランって実際どうなんだよ
【1. インシデント1】そんなことよりネットにガセネタ多すぎて
【2. インシデント2】AI学習データに提供される個人情報の扱いがこれまでと大きく変わりそうな件
【3. 迷子問答】迷路で迷っている者同士のQ&A
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