本来、当メルマガではあまり込み入った特定銘柄の話はしない方針ではあるのですが、このほどアメリカでは安全保障上の理由で正式に中国系通信機器大手、HUAWEI(華為)社、ZTE(中興通訊)社の2社については先行して使用禁止という決着になり、米中貿易問題のきっかけを作りました。
政府契約企業のHuawei、ZTEの機器の使用禁止法案、米議会に上程
詳細についてはすでにさまざまなメディアから報道がありますのでそちらをご覧いただくとしても、AT&T社の販売見送り、米FTCによる調査など段階を踏んでのち、完全に取り扱い中止にまで陥ったというのは驚くべきものがあります。その後、オーストラリア当局も豪州内で通信事業を行う企業に対して18年2月以降断続的にヒヤリングを行い、今月(18年8月)に正式に次世代通信規格5GにおいてHUAWEI排除となりました。
次いで、イギリスと一部のEU諸国でも同様の検討が始まっており、中国とのかかわりが比較的深いとされたポルトガル、イタリア、ベルギーなどでも議論が始まるなど、中国製通信機器の問題が取り上げられる頻度が高くなる一方です。ロシアにおいても、28日に通信系各社に対して注意喚起が行われたほか、ロシア系メディアのコメルサントがロシア政府の方針としてHUAWEI社、ZTE社を主眼にロシア系通信設備からのBANを企図する方針であると報じています。
日本においても、この中国製通信機器排除の動きが見え隠れし始め、産経新聞があくまで公的な通信設備入札と条件付きながら中国企業2社を排除と報じました。もちろん、日本とアメリカの情報セキュリティに関わるコミュニティは中国政府の言動やこれら2社の信頼回復への取り組みを信用できないと判断していることに他ならないと見られますが、米中で始まった貿易戦争で日本の立場を明確にする効果があるだけでなく、実際にZTE製通信機器をモニタリングした結果、不正な通信が実行できる環境にあるという疑いが強く持たれていることもまた、事例の一つとして挙げられるのではないかと思います。
中国通信機器2社を入札から除外 日本政府方針 安全保障で米豪などと足並み
この方針を主導したのは他ならぬアメリカ外交筋と駐日アメリカ大使館経由の情報提供であって、また日本側にもかねてからバックドアの仕掛けられているHUAWEI製基地局やWi-Fiの危険性を指摘する専門家が少なくなかったことが背景にあるように感じます。
そのうえで、日本のキャリアにも様々な懸念があるわけですが、大きな懸念のひとつは今年11月に予定されているソフトバンク(通信部門)の東証一部株式上場です。思い切りFACTAにすっぱ抜かれていましたが、ソフトバンクグループが100%保有するソフトバンク株式の3割を売り出し2兆7,000億円を見込んでいるものが、無理に無理を押して実施する親子上場こそが上記HUAWEI社と中国通信(チャイナテレコム)とによるベンダーファイナンスが行われる可能性があるとするならば非常に厄介です。単純な話、年間2,220億円を稼ぎ出す金のなる木であるソフトバンク通信部門とはいえ、旧来機器の置き換えも含めて兆円単位の設備投資を必要とする次世代通信規格5Gの投資資金を賄うのは簡単ではありません。結果として、最先端の5G技術を持ち、米豪英・欧州・露といった各種顧客からそっぽを向かれる可能性があって持て余す恐れもある中国系通信各社からすればソフトバンクの設備投資に対するベンダーファイナンスは非常に重要な商談であるとも見られます。
ただし、これらの問題の着眼点は「米欧だけでなくロシア、インドも中国製通信機器の問題解決に乗り出し、日本だけが中国製通信機器を使うというのは大丈夫なのか」という話になります。これはもはや通商の問題ではなく、安全保障やインテリジェンスの根幹で「日本はアメリカ側とともにあるのか」という踏み絵にもなるわけです。
通信機器排除の背景には、5Gへの投資余力の問題だけでなく、米国の全地球測位システム(GPS)や欧州版GPS「ガリレオ」に匹敵する精度を確保するに至った中国のGPS衛星「北斗衛星導航系統」の東ユーラシアから北極圏までをカバーする広大な航空宇宙戦略にも及びます。単純な話、ロシアからすれば北極海航路を開発するにあたってGPSは大事だけれどもそれを中国に取られ、また通信機器の入り口と出口を中国系ベンダーに押さえられるとロシアの安全保障や情報通信は中国の影響力を排除できなくなります。同時に、中国はアジア圏でのGPS網拡大はASEAN諸国への売り込みも含めて主眼戦略として進む一方、一番重要なのは米国系GPSの排除にも繋がります。情報通信から航空宇宙まで一貫して中国製で押さえる安全保障上の意義は大きく、単に通信機器を使って情報が漏れるというレベルの話ではない、非常に高度な戦略に対抗する手段として「中国製通信機器は排除しなければならない」わけです。
しかしながら、各国の政府レベルの努力とは別に、民間は民間で事情があり、ありていに言えばソフトバンクグループがうっかり資金詰まりでもして、大クラッシュでもすればみずほFGも連れ死にすらあり得ます。みずほFGなりに頑張っているわけですが、いまこの状況でソフトバンクグループにフリーハンドで資金を貸し込める状況にあるはずもなく、ソフトバンク側も目先のキャッシュフローが不安だからとアリババやヤフージャパン、ARMなどの株式をリリースすることは池でくじらが撥ねることにも繋がりかねないので悩ましいということになります。
一時期は、噂としてこれらの売るに売れない株式を担保にそれなりの金利で資金を借りてきて調達するのではないかという話もあったわけですが、例のサウジアラビア10兆円ファンド騒ぎで吹っ飛んでしまいました。もちろん、あれは孫正義一流の英断だとも言えると思いますけど、マジックの種が尽きたのではないかとも思える部分はあります。証券レポートでも酷評されましたが、でも孫正義の構想力を買うという方向で市場が実際にソフトバンクグループ株上昇に動いたというのは宴の終わりだからでしょうか。
最後の一手は、まだ孫正義さんを信じている大物財界人が一肌脱いで、凶悪な中華系通信機器を丸呑みし、OEMとして引き受けるような形でガワだけ日本企業製に仕立て、大口受注とするという荒業です。もちろん中身のチップセットはアレですし、中で動くファームウェアもアレですので問題は全く解決しないのでしょうが、では国内で富士通だかNECだかが国際標準に至るほどの性能で5G基地局を総量リプレースできるような量と価格で提供できるのか、と言われると絶望的です。国策として通信事業者をうんぬんという声も聞かれなくなったいま、日本政府もソフトバンクグループも打てる手が限られてきてしまっている、というのが実際なのではないか、と思うわけです。
これはもはや米中貿易戦争というタイトルのチキンレースであり、大規模で世界的な株価調整でも発生し、世界の流動性が一時的にガタッと減るところで乗り越えられるのかという大きな絵の中で言うならば、日本を代表するICTコングロマリットたるソフトバンクグループとは言え池に浮いた葉っぱのようなものです。まあもうどうにもならないかもしれないけど、できることは可能な限り手を打っていこうというのは、日本を代表する企業家孫正義さんの進化が問われる部分でしょうし、また、それを見て日本政府というよりは諸国がそれを許すのかというのは興味深い部分です。
いやもう、これは本当にどうしようもないんですよ。ARMも含めて、上手く乗り切ってくれるよう、日本人として祈るのみです、マジで。
やまもといちろうメールマガジン「人間迷路」
Vol.235 中国通信機器大手問題にまつわる闇を炙り出しつつ、ベンチャー界隈の不祥事あれこれやネットのあまり明るくない未来などを語る回
2018年8月31日発行号 目次
【0. 序文】米豪だけでなく日露も導入を見送る中国通信機器大手問題
【1. インシデント1】「違法ではない」高スペック東大生らが株式を巻き上げられて能力搾取される一部始終
【2. インシデント2】インターネットはいつまで理想の姿を持続できるのか
【3. 迷子問答】迷路で迷っている者同士のQ&A
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