現実をきちんと「見る」ことが難しい今こそお薦めしたい本

『ご依頼の件』星新一著

 

逆さまを見てはじめて真実に近づける

また、そうした眩暈をともなう交叉的な入れ子の運動イメージは、「見る」という行為がほんらい含んでいる「目の逆説」にも通じています。じつは、地動説=太陽中心説を証明したケプラーは、同時に、知覚理論における先駆者でもあって、彼は「私たちの眼球は外界のイメージを網膜において倒立したかたちで結像している」という重大な発見をしているんです。

つまり、私たちは普段、あるがままに外界を見ている訳ではなく、必ず交叉・倒立する像の交わりを通じて、何かを見ている、ということですね。しかも、そのことに私たち自身も気づいていない。これは応用して言えば、目に映る現実や行為は逆さまにひっくり返してみることで、より本来のありように近い状態を見通すことができる、ということでもあります。たとえば、心の奥底にある願望を見るためには、自己分析などいくら重ねてもあまり意味はないんです。むしろ、外側からやってきて自らと出会ってきたもの・出会うものを見ていくとき、自己の深部というのははじめて開示される訳で、それは逆もまた然りだと。

言い方を変えれば、私たちが何かを「見ている」と思う場合、まず「見させられている」要因を考えていくとき、真実に近くなり、逆に「見させられている」と思っている場合は、自分の何がそんなに「見たがっているのか」を考えてはじめて、目は虚妄を免れえるという訳です。そして、それらの交叉・倒立が繰り返されていく過程を通じて、私たちの“見通し”は何ものにも捕らわれない状態(中心点)へと近づいていき、それが“現実”を構築しなおしていく契機となっていくんですね。

本書には、他にも常識的で、ありふれた世界に安住している私たちの“現実”を小気味よくひっくり返してくれるショートショートが幾つも入っています。どうも最近、真実と虚妄の見分けがつかなくなってきたな、とか、自分が立脚すべき現実の中心ってどこだろう? と感じている方にはぜひお勧めします。

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