城繁幸
@joshigeyuki

期間限定公開! 新刊『「10年後失業」に備えるためにいま読んでおきたい話』

【第6話】闘志なき者は去れ


もちろん、効率を第一に考えるなら、メンバーの固定は悪い話ではない。ただ、戦力の新陳代謝がストップするというデメリットにどう対応するか。それに、選手は生身の人間だ。ペナントレースの長丁場、ずっと一本調子というわけにはいかないだろう。

「もし、レギュラーが長期欠場にでもなったら......」

山上は慌てて縁起の悪い考えを頭から振り払った。 一方、フィールドでも異変は起きていた。これまでは中森ら一部のベテラン組に限られていた怠慢ぶりが、なんと若手の中にも見られるようになったのだ。朝練に来ないだけでなく、体調が悪いと言って練習を休む若手の数が次第に増え始めていた。

「いったいどうなってるんだ 」

トレーニングコーチの松浦は、最初、食事でも悪いのかと疑ったが、どうもそうい うことではないらしい。そうこうするうち、彼が毎週末に実施していた「若手向け食事メニュー講習会」の参加率が、キャンプスタート時の半数以下にまで落ち込んでしまった。

たまりかねた松浦が、来なくなった若手の一人を捕まえて問いただしたところ、意外な答えが返ってきた。

「そのうちレギュラーも引退するでしょ。そうしたら僕らに順番が回ってくるんだから、それから頑張ればいい」

「そ、そんなこといったって、おまえ、プロならポジションを勝ち取るために、常に 実力を磨いておかないと......」

「上の人たちも磨いてないじゃないですか。まあ、やれと言われればやりますけどね」(※3)

「......」

結局、松浦の自主講習会は自然消滅的に立ち消えてしまった。

定例のスタッフ会議でも、この異変は話題となった。朝練や自主講習の参加率が落 ち、風邪っぴきが増えた理由は一つしかない。

「山田さんのほうからも、古賀会長に現状を伝えてもらえませんか? 今、ユニオンズの水面下で何が起こっているのか。そして、その原因は何かを」

「ああ、任せておいてくれ。僕はそのためにこうして連合から株式会社ユニオンズに出向しているわけだからね」

「でも、監督ですら頭が上がらない古賀会長ですよ。あんまり無茶しないでください」

「君達がフィールドで真剣勝負するように、僕ら裏方はこんな時こそ体を張って勝負するべきなんだ。大丈夫、きっと完投してみせるよ!」

けして空気は乱さない、目立つことはしないのがポリシーの山田だが、ここは一番、勝負をかける決意だ。それくらい、山田もユニオンズを好きになっていた。

その日、神田にある連合会館を久し振りに訪れた山田は、古賀に一通りの報告を済ませた。 「というわけで、若手の朝練さぼりや自主研修の欠席が増えておりまして、中には『強制じゃないならやらなくていいじゃないか』なんて言う者まで出てきてるんです。古賀会長、これは由々しき事態であります」 「うむ、まさにその通りだ......私もこれほどとは思っていなかったよ。〝ゆとり教育〞の影響がね」(※4)

「......は?」

「言われたことしかやらない指示待ち人間、リスクを恐れての内ごり......それらはすべて、教育制度の欠陥によるものなのだよ。嘆かわしいね。モノ作りによって世界一の経済大国に発展した我が国の若者が、こうも堕落し果てるとは」

古賀は机から一冊の本を出すと、口をぱくぱくさせている山田に手渡した。薄っぺらい新書で、『国家の品格』(※5)と銘打ってある。

 

※3 やれと言われればやる/「どうしてもやらなきゃならないんですか、絶対に嫌なんですが」という強固な意志を組織内 で許容されるリミットまで丸くした表現。若手が研修や異動、海外赴任に際してこういうことを言いだす会社は末期的。

※4 ゆとり教育/1 年から始まる一連の学習指導要綱改革。2世の中の上手くいかないことが全部これのせいにさ れるスケープゴート。なかでも 年改革の影響を受けた 年生まれ以降の世代が〝ゆとり世代〞と呼ばれる ことが多い。実はよく言われる学力低下については調査によって結果が異なり、確定した評価は確立していない。にもか かわらず色々な原因にされるのは、誰も反論しない便利なサンドバッグだからだろう。ちなみに、よく言われる「大学生 がどんどんバカになっている」的な話は、団塊ジュニアより 割以上も新成人の数が減っているにもかかわらず経営上の 理由から定員を維持し、むしろ新設学部を増やしている大学側の問題に過ぎない。「大学生がバカになっている」のではなく、「大学がバカ相手にいっぱい学位を売りさばいている」と言うべきだ。

※5国家の品格/①1943年生まれの数学者・藤原正彦氏の著書であり、200万部を超えるベストセラー。 ②「日本 は凄い国なので、改革とかしなくていい」という新境地を切り開き、左右問わず既得権を持つ中高年から熱烈に支持され た講談本。〝既得権〞という絆はイデオロギーを超えるという事実を出版業界に示し、以後同種の「日本が世界最高」と いう情報弱者向けの「ええじゃないか書籍」が量産されるきっかけとなった。

 

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城繁幸
人事コンサルティング「Joe's Labo」代表取締役。1973年生まれ。東京大学法学部卒業後、富士通入社。2004年独立。人事制度、採用等の各種雇用問題において、「若者の視点」を取り入れたユニークな意見を各種メディアで発信中。代表作『若者はなぜ3年で辞めるのか?』『3年で辞めた若者はどこへ行ったのか-アウトサイダーの時代』『7割は課長にさえなれません 終身雇用の幻想』等。

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