高城剛メルマガ「高城未来研究所「Future Report」」より

日本の音楽産業が学ぶべきK-POP成功の背景

高城未来研究所【Future Report】Vol.764(2026年2月6日)より

今週は、東京にいます。

久しぶりにこの街を歩くと、音と映像の大洪水に飲み込まれるような錯覚に陥り、この傾向は年々顕著になっているように感じます。
LEDによる大画面や巨大な広告トラックから流れる謎の音楽は、どれも街を美しくするものではありません。
一方、太平洋を挟んだ向こう側では、時代を象徴する「新しい音」が歴史を塗り替えていました。

今週、世界最高峰の音楽祭典と言われる第68回グラミー賞が開催されました。注目すべきは、K-POP関連の作品が歴史的な足跡を残したことです。
特に、昨年を代表する一曲だとこのメールマガジンでもお伝えしたアニメ「K-Popデーモンハンターズ」のHUNTR/Xの楽曲「Golden」が、Best Song Written for Visual Media部門を受賞し、K-POPとして初めてのグラミー受賞となりました。

また、80年代に流行ったトニー・バジルの「Mickey」を元ネタにしたROSE(BLACKPINK)とブルーノ・マーズのコラボ曲「APT.」は、Song of the Year、Record of the Year、Best Pop Duo/Group Performanceの3部門にノミネートされ、授賞式のオープニングを飾る圧巻のパフォーマンスを披露しましたが、惜しくも受賞は逃しました。
それでも、Best Song部門にノミネートされた8曲のうち、K-POP関連が2曲(「Golden」と「APT.」)を占めた事実は、K-POPのグローバルな影響力がもはや無視できないレベルに達していることを如実に示しています。

BBCは「『Golden』のグラミー賞受賞は、K-POP音楽の文化的・商業的な影響力に対する認識が次第に高まっていることを示唆している」と評価し、ニューヨーク・タイムズは「『K-Popデーモンハンターズ』は2025年で最も影響力のあるグローバル文化コンテンツの一つであり、Netflix史上最も視聴された映画だった。
そして今、K-POP初のグラミー賞を受賞するという記録を打ち立てた」と報じています。
韓国の李在明大統領は、自身のSNSに「価値ある成果に熱い祝意を表する」とし、「今後も力強く後押ししていく」と記しました。

しかし、K-POP躍進の真の立役者が取り上げられることはありません。実は「APT.」と「Golden」は、どちらも韓国のTHEBLACKLABELのプロダクションチームによる作品です。
中心人物であるTeddyをはじめ、ほとんどが海外育ちというバックグラウンドを持ち、BLACKPINKの大半の楽曲も彼らの手によるもので、多文化的な感性が融合したサウンドを生み出しています。つまり、世界を席巻しているK-POPとは、THEBLACKLABELサウンド、いやTEDDYサウンドとも言い換えられるのです。

ここで音楽評論家が語ることがない、現代ポップ音楽史の表と裏を振り返りたいと思います。
拙著『AOR77Albums』のあとがきでも触れたように、AOR(Adult Oriented Rock)は、『サイケデリック・ルネサンス』で論じた「サマー・オブ・ラブ」から「セカンド・サマー・オブ・ラブ」へつながるミッシングリンクで、60年代後半のLSD中心のサイケデリック・サウンドから、70年代に入ってコカインと大麻の時代へ移行し、ディスコを経て、洗練されたメロウなAORサウンドが生まれました。
しかし、80年代にMDMA(エクスタシー)の登場とともに、マイケル・ジャクソンの『Thriller』を起爆剤とするダンス・ポップ+ヴィジュアルが主流となり、AORは下火になります。

そして80年代後半、英国を中心とした欧州で「セカンド・サマー・オブ・ラブ」が大爆発。
発火点となったイギリスはもちろん、ドイツ、オランダ、北欧諸国で巨大なムーブメントが発生し、音楽のルールが根本的に変わりました。
4つ打ちの強いビート、サブベースの強調、DAWによるカット&ペースト的なサウンド構築。これらの新しいルールが現代ポップの基盤となったのです。

この新しい潮流に国家として目をつけたのが、英国政府の「Cool Britannia」(Britain TM)キャンペーンでした。
この施策により、英国は米国に次ぐ世界第2位の音楽輸出大国へと躍進しましたが、ここで忘れてはならないのが、同じくセカンド・サマー・オブ・ラブが花開いた北欧の一国スウェーデンの存在です。
スウェーデンは、MDMAカルチャーの広がりが遅れた米国のポップ市場に対し、アーティストの輸出ではなく、セカンド・サマー・オブ・ラブで生まれた「新しい音楽ルール」をもとにしたトラックメイキング、いわば裏方として台頭しました。
その中心人物が、マックス・マーティンです。彼は、MDMAの流行にあわせて米国ポップ市場を席巻。バックストリート・ボーイズやブリトニー・スピアーズに次々と楽曲を提供し、瞬く間にポール・マッカートニーに次ぐ、音楽史上第2位のセールスを記録するソングライターとなりました。

このセカンド・サマー・オブ・ラブに影響を受けたダンスポップの楽曲を聴いて育ったのが、Teddyをはじめとする在米韓国人2世代のクリエイターたちだったのです。
彼らの両親は韓国が国家財政破綻する数年前に移住し、その後、落ち着きをみはからって韓国に帰国。
そこで、スパイスガールスやバックストリートボーイズを模倣し、フロントエンドに複数の韓国人アーティストを据えつつ、バックエンドの楽曲制作をマックス・マーティン系スウェーデン人や欧州のソングライターに発注します。
こうして仕上がったトラックを韓国人プロデューサーがDAW上でチョップ&リミックスするように再構築するため、1曲の中にヒップホップ、EDM、エレクトロなどが次々と展開するハイブリッドな楽曲構造が生まれました。
これがK-POPの典型的な「展開型」曲構成の源流です。

この楽曲構造は、現在「K-POP第5世代」と呼ばれるBABYMONSTERやKiiiKiiiなどのアーティストまで、ほぼ変わらず続いています。
そのため、1曲に10人以上のクレジットが入るのがK-POPの常態となっているのです。

整理すると、次の流れになります。

1.セカンド・サマー・オブ・ラブが欧州で爆発→音楽制作のルールが根本的に変化
2.セカンド・サマー・オブ・ラブの中心地だった英国が政府主導の国家ブランディングとして音楽輸出産業を育成
3.米国市場でセカンド・サマー・オブ・ラブの影響を受けた英国と北欧のトラックメーカーによるポップスターが次々生まれる
4.その影響を受けた在米韓国人の若者が帰国し、韓国人アーティストをフロントエンド(演者)に据えつつ、楽曲制作というバックエンドには、マックス・マーティンはじめ、セカンド・サマー・オブ・ラブの洗礼を受けたスカンジナビアの作家たちを全面的に起用
5.これを韓国政府が税制優遇や文化予算で後押し
6.出来上がったエコシステムが成熟し、第3世代(BLACKPINK等)で世界的に花開いて、現在の第5世代まで継承される。

こうして四半世紀以上かけて、K-POPは世界の頂点に躍り出ました。つまり、表に裏に正しい歴史を理解しなければ、表層的に「政府が税金で後押しすればいい」と真似しても、予算は溶けるだけです。

また、韓国が英国の「Cool Britannia」を模倣した戦略の本質は、インターネット時代を見越したグローバル・ブランディングと同時に、北朝鮮という緊張の高い近隣国に対する「ソフトで友好的な」イメージ輸出でもありました。
これは、80年代冷戦下のレーガン政権が、文化でソ連に対抗したソフトパワー戦略の模倣です。
言い換えれば、80年代リバイバルが起きている今日、Y2Kブームが金融緩和縮小と自国ファースト主義ともに終わり、「APT.」に見られる80’sポップ・パンクの香りが台頭する現在の動きは、世界で国家間の緊張が高まっている証左とも言えます。
そのような動向から次に来る社会変動は、あたらしい「冷戦から既存秩序の崩壊」、そして「大きな経済ショック」の兆候であると音楽シーンから読み解くこともできます。

韓国は国家財政危機(IMF)から約30年経ち、現在、一つのピークを迎えようとしています。日本も敗戦から80年経ち、そう遠くないうちに次の大きな節目が訪れるでしょう。
その後、四半世紀かけてソフトパワーを軸にした「高度経済成長とは異なる新たなピーク」を作れるか、あるいはアルゼンチンのように静かに縮小していくか。
すべては、国際感覚を持った「外組」チルドレン(海外経験豊富な若者世代)の動向にかかっていると歴史を見て実感します。
日本の国内市場だけではもう大きな産業は生まれないのは確かです。
先陣を切るのはおそらく音楽産業であり、「30年の計」で今から本気で取り組まなければなりません。

K-POPの成功は、単なる音楽の勝利ではなく、制作者たちが歴史の韻を踏み、国家戦略、文化輸出、世代を超えたクリエイティブの連鎖が織りなした結果です。
日本が本気でソフトパワーを目指すなら、そこから学ぶべきは「表層の模倣」ではなく、その深層にある歴史的文脈と長期視点でなければならないはずです。

近著にも書いた通り、音楽はコンテンツやIPではなく、カルチャーに他なりません。そのためには、カルチャーそのものを産業化し、輸出する必要があるのです。

日本がそのステージに立つには、少なくとももう四半世紀は必要だろうな、と本質的に変わらない日本のテレビ局や芸能界を見て考える今週です。

ちなみに、日本特有の現象である街中を走る広告トラックは、環境確保条例違反ですが、これを厳しく取り締まってしまうと、選挙カーにも多大な影響を与えてしまうため、「お・め・こ・ぼ・し」されています。
昭和から進歩がありませんね。
 

高城未来研究所「Future Report」

Vol.764 2026年2月6日発行

■目次
1. 近況
2. 世界の俯瞰図
3. デュアルライフ、ハイパーノマドのススメ
4. 「病」との対話
5. 大ビジュアルコミュニケーション時代を生き抜く方法
6. Q&Aコーナー
7. 連載のお知らせ

23高城未来研究所は、近未来を読み解く総合研究所です。実際に海外を飛び回って現場を見てまわる僕を中心に、世界情勢や経済だけではなく、移住や海外就職のプロフェッショナルなど、多岐にわたる多くの研究員が、企業と個人を顧客に未来を個別にコンサルティングをしていきます。毎週お届けする「FutureReport」は、この研究所の定期レポートで、今後世界はどのように変わっていくのか、そして、何に気をつけ、何をしなくてはいけないのか、をマスでは発言できない私見と俯瞰的視座をあわせてお届けします。

高城剛
1964年葛飾柴又生まれ。日大芸術学部在学中に「東京国際ビデオビエンナーレ」グランプリ受賞後、メディアを超えて横断的に活動。 著書に『ヤバいぜっ! デジタル日本』(集英社)、『「ひきこもり国家」日本』(宝島社)、『オーガニック革命』(集英社)、『私の名前は高城剛。住所不定、職業不明。』(マガジンハウス)などがある。 自身も数多くのメディアに登場し、NTT、パナソニック、プレイステーション、ヴァージン・アトランティックなどの広告に出演。 総務省情報通信審議会専門委員など公職歴任。 2008年より、拠点を欧州へ移し活動。 現在、コミュニケーション戦略と次世代テクノロジーを専門に、創造産業全般にわたって活躍。ファッションTVシニア・クリエイティブ・ディレクターも務めている。 最新刊は『時代を生きる力』(マガジンハウス)を発売。

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