内田樹のメルマガ『大人の条件』より

メディアの死、死とメディア(その3/全3回)

生身の一人一人の人間の劇的な変化のための「場」

内田:宇沢弘文先生の「社会的共通資本」論があるでしょう。まず自然資源。海洋、湖沼、森林、大気、土壌。それから社会的インフラ、交通や通信、上下水道。それから、制度資本。医療、教育、行政、司法。そういう「社会的共通資本」は共同体の存立に不可欠なものなんだから、専門家が専門的立場からクールに管理運営しなくちゃいけない。社会的共通資本には政治的イデオロギーとマーケットは絶対に関与しちゃいけないというのが宇沢先生の考え方なんだよ。

平川:なるほど。

内田:政治イデオロギーとマーケットは変化が速いから。マーケットで行き来する商品って、本質的に規格的な生産品だから、「互換可能」でしょう。一個や二個壊れても返品効きますっていう。でも、教育や医療や司法は人間という「生もの」を扱っている。生の人間の知性や感性、身体はそれ自体非常に柔らかくて、可変的なものでしょう。壊れやすい。そういう生身の人間を対象にしている。教育の場合だと、その柔らかな存在がしだいに成熟していき、身体が強健になっていき、知性が開発されていくように支援するメカニズムでしょう。子どもって一瞬で変わるじゃない。わずかなきっかけで大化けする。

医療も同じでね。標準的な患者に標準的な治療行為をすると標準的に治癒するというようなものじゃない。個人差が大きい。治るときは奇跡的に治るし、死ぬときはたちまち死ぬ。患者自身の意思も深く関与していて、患者本人が駄目だと思ったらもう駄目だし、生きようと思うと自己治癒力が働く。

学校でもそうだよ。学生が「オレなんかどうだっていいんだ」と思えば学力は底なしに低下していく。「知的に成熟したい」と願った瞬間に爆発的なブレイクスルーが起きる。

教育も医療も、生身の一人一人の人間の劇的な変化のための「場」なんだよ。脆くて、柔らかくて、可塑性の強いものがそこでわずかな入力で、大きな変化を遂げる場だからこそ、場そのものは安定的である程度恒久的に仕組みじゃないとまずい。

平川:なるほど。

内田:政権が変わるたびに教育制度が変わる、株価が乱高下するたびに医療システムが変わるということになったら、そこで生きる人間にとってはえらい迷惑だからね。社会的共通資本の共通性格は「急激に変化してはいけない」いうことなんだよ。もちろん歴史的環境が変わるから、変化はするんだけれど、ゆっくり変わらなくてはいけない。

1 2 3 4

その他の記事

ソーシャルビジネスが世界を変える――ムハマド・ユヌスが提唱する「利他的な」経済の仕組み(津田大介)
追悼・鶴ひろみさん/再生の水の秘密を知る少女=ブルマとともに(武田梵声)
“迷惑系”が成立する、ぼくらが知らないYouTubeの世界(本田雅一)
深い覚悟の上に成り立つ日常の営み(高城剛)
【第2話】波乱の記者会見(城繁幸)
アーミテージ報告書の件で「kwsk」とのメールを多数戴いたので(やまもといちろう)
お掃除ロボットが起こした静かな革命(名越康文)
「スマホde子育て」族に悲報、というか取り返しのつかない事態について(やまもといちろう)
『エスの系譜 沈黙の西洋思想史』互盛央著(Sugar)
第88回・米アカデミー賞受賞のゆくえは?(切通理作)
依存から祈りへ(名越康文)
トレンドマイクロ社はどうなってしまったのか?(やまもといちろう)
「交際最長記録は10カ月。どうしても恋人と長続きしません」(石田衣良)
東大卒のポーカープロに聞く「場を支配する力」(家入一真)
喜怒哀楽を取り戻す意味(岩崎夏海)

ページのトップへ