津田大介
@tsuda

国際的なネットビジネスのために考えなくてはならないこと

個人情報保護法と越境データ問題 ―鈴木正朝先生に聞く

国際的調和をもったルール設定が必要

香月:では先生はこれからどのように日本は行動していけばよいとお考えですか?

鈴木:日本は個人情報保護法の過剰反応問題に過剰反応して、利活用の時代と称して、理論的基礎の欠如、哲学の不在という根本的問題をスルーしてきました。その結果、場当たり的に個別義務規定の解釈を緩める方向に進んでしまいましたし、あやふや基準で個人情報に該当しないという判断を示すことで利活用の自由を担保しようとしました。その結果、ビッグデータ、ライフログ時代に向けてEUやアメリカが、消費者保護に向けて舵を切ったのと逆行するかのような方向に走ってしまったわけです。日本の基準はEUはおろかアメリカの保護水準から見ても、大きく劣っています。越境データ問題を交渉できる状況にはまったくありません。それに加えて、個人情報保護法は15省庁の主務大臣がそれぞれ分野ごとに権限をもっており、各国との折衝は15省庁それぞれが前に出てくる始末です。権限が分散しているのです。主に権限を持っているのは、消費者庁、総務省、そして経産省ということになりますが、ワンストップで全体の解決を図ることはできません。常に省庁間での協議が必要になってしまいます。意思決定の機動力もなければ方針の統一もありません。交渉過程における高度な政治的妥協など臨機応変な国益保護は全く期待できません。ネットビジネスの法的基盤整備は放置されているといってよいでしょう。

日本はこれから、国家的IT戦略を前提に日本版インフォメーション・コミッショナー(情報保護委員会)や政府CIO制度など、個人情報保護に関するガバナンスを機能させるための司令塔や監視機関を行政組織から作りあげていく必要があります。Tカード問題を放置している昨今の状況は、こうした大きな枠組み自体が放置されている現状とあわせて批判的に見ていかなければならないということです。

そしてこれからは、国家権力による公的個人番号であるマイナンバーや医療等IDとともに、社会的権力ともいえる数千万人以上の民間個人番号を管理するケータイやスマホのID、Tカードその他の類似する民間番号制度にも取り組んでいかなければなりません。ビッグデータ、ライフログビジネスを振興したいのなら当然の対応です。少なくともそれらを監視し、必要に応じて調査、公表できる仕組みを整えていかなければなりません。消費者や患者など本人の権利も明確に立法していくことも必要でしょう。そして、過度に保護に傾いたり、過度に事業者放任主義に流れたりしないように、EU、アメリカ、アジア各国の立法例を参照しながら、国際的調和をもったルール形成をしていかなければなりません。ここまで劣後した状態で法規制がイノベーションを阻害するという寝ぼけた主張をしている人達が少なからずいて、誠に残念です。「アメリカではやっているんだ。なんで日本ではダメなんだ!」という主張がよく聞かれますが、アメリカは行政規制が緩くても、BBB(Better Business Bureau)に代表される怖い消費者保護団体やプライバシー保護団体もいて、集団訴訟や懲罰的損害賠償制度などの法的手段で企業を監視しています。

日本がプライバシー・個人情報保護法関連の立法政策で向かうべきところは、行政組織の整備(政府CIOと情報保護委員会の創設、主務大臣制度との調整)、行政規制の明確化、司法救済の充実、そしてそれらの理論的基礎の深化です。こうした流れの中においては、オンラインビジネスにおける消費者保護を徹底するとともに、ビジネスの法的基盤を整備していくことが重要です。しかも欧米基準に劣後しないスピード感を持つことが大切です。

このあたりは日頃のビジネスの話題ではなく、雲の上の話題のように感じる人が少なくないかもしれません。しかし大手外資系企業は細かく調査してロビー活動に入っています。ネットビジネスの当事者はもっと主体的に法的なルール形成にコミットしていかないといろんな意味で劣後していくのではないでしょうか。

中途半端に大きい国内市場に閉じこもる発想、そして法の網をすり抜けるようなせこい発想の先に、本当の「イノベーション」はないと思います。Tカードのような小さな問題にも、毅然とした対応ができない行政の弱腰な状況には暗澹たる思いがしますが、こうした一つ一つの対応が国内だけではなくEUやアメリカなどにも見られているということを理解して、法の理念に即した迅速な対応を心がけて欲しいものですね。

香月:欧米基準に劣後しているところ、本問題を主導する役所がないこと、国が作る公的個人番号と、民間企業の作る民間個人番号は、その怖さ、我々国民や消費者のプライバシーインパクトにおいて差がなくなっているというお話は非常に興味深かかったです。Tカードの提起した問題の背景となるところは奥が深いのですね。MIAUはプライバシー問題にも取り組んでいますので、このあたりの話題は引き続きウォッチして、問題があれば声を上げていこうと思います。今日はありがとうございました。

鈴木:MIAUには期待していますよ。ありがとうございました。

<この記事は、「Tカードは個人情報保護法違反に該当するのか?」の続編です。あわせてどうぞ>

 

▼鈴木正朝(すずき・まさとも)
法学者(情報法)。新潟大学法科大学院教授。1962年生まれ。中央大学大学院法学研究科博士前期課程修了、修士(法学)。情報セキュリティ大学院大学情報セキュリティ研究科 博士後期課程修了、博士(情報学)。主に個人情報保護法制、プライバシーの権利、情報マネジメントシステム、情報システム開発契約等に関する研究を行う。内閣官房では、政府情報システム刷新会議臨時構成員として共通方針案、政府CIO制度の検討、厚労省では、社会保障分野WG構成員として医療等個人情報保護法案の検討、経産省では、JIS Q 15001原案の起草、プライバシーマーク制度創設、個人情報保護ガイドライン案の作成等に関与する。

・ウェブサイト:http://www.rompal.com/
・ツイッター:@suzukimasatomo

 

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津田大介
ジャーナリスト/メディア・アクティビスト。1973年生まれ。東京都出身。早稲田大学社会科学部卒。早稲田大学大学院政治学研究科ジャーナリズムコース非常勤講師。一般社団法人インターネットユーザー協会代表理事。J-WAVE『JAM THE WORLD』火曜日ナビゲーター。IT・ネットサービスやネットカルチャー、ネットジャーナリズム、著作権問題、コンテンツビジネス論などを専門分野に執筆活動を行う。ネットニュースメディア「ナタリー」の設立・運営にも携わる。主な著書に『Twitter社会論』(洋泉社)、『未来型サバイバル音楽論』(中央公論新社)など。

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