はざまに立たされた存在として
人間というのは、文字通り様々の「間(あいだ、はざま)」に立たされた存在である。生と死の間、無と有の間、有限と無限の間、部分と全体の間、夢とウツツの間……。
こうした様々に対立する二極を打ち立てて、その間で葛藤しながらも、なんとかその対立を概念的に乗り越えていこうとする意志が、ギリシアにはじまる西洋学問を駆動してきた「積極」というものだったのではないかと思う。実際、ピタゴラスの時代からすでに意識されていた「離散と連続の葛藤」、「一と多の葛藤」、「有限と無限の葛藤」は、現代にまで脈々と受け継がれて、数学を駆動する大きな原動力になっている。
先日私は、京都大学での講演に向かう途中、奈良の聖林寺に立ち寄って、十一面観音像にはじめてお会いしてきた。いまでもあの日の光景は鮮明に覚えているが、一度観音様を見上げたきり、いつまでもその場に立ち続けていたいと思うほど、なんとも居心地のよい場所であった。観音様は女性的でありながら、男性的で、笑っているようでありながら、泣いているようでもあって、止まっているようでありながら、時折花瓶に挿した花が風に揺れるのが見えるようでもあった。
それは、私が数学という方法で向き合おうとしている問いに対する、まったく違った解法のように思えた。
その他の記事
![]() |
『好きを仕事にした』人の末路がなかなかしんどい(やまもといちろう) |
![]() |
コロナで変わる観光客とビジネス客の流れ(高城剛) |
![]() |
東アジアのバブル崩壊と「iPhoneSE」(高城剛) |
![]() |
「まだ統一教会で消耗しているの?」とは揶揄できない現実的な各種事情(やまもといちろう) |
![]() |
週刊金融日記 第285号<暗号通貨トレーディング失敗記録もぜんぶメルマガ読者にお見せします、株式市場は日米の政策期待に期待他>(藤沢数希) |
![]() |
役の中に「人生」がある 俳優・石橋保さん(映画『カスリコ』主演)に訊く(切通理作) |
![]() |
どうせ死ぬのになぜ生きるのか?(名越康文) |
![]() |
サイボウズ青野社長の手がける「夫婦別姓裁判」高裁門前払いの必然(やまもといちろう) |
![]() |
今だからこそ! 「ドローンソン」の可能性(小寺信良) |
![]() |
歴史が教えてくれる気候変動とパンデミックの関係(高城剛) |
![]() |
達成感の得られない仕事とどう向き合うか(甲野善紀) |
![]() |
原色豊かな南米で歴史はすべてカラーなのだということをあらためて思い知る(高城剛) |
![]() |
身近な日本の街並みが外国資本になっているかもしれない時代(高城剛) |
![]() |
【第5話】オープン戦(城繁幸) |
![]() |
思考や論理と同じぐらいに、その人の気質を見よう(名越康文) |