※岩崎夏海のメルマガ「ハックルベリーに会いに行く」より
これまでの新海監督作品は「女性受け」が悪かった
『君の名は。』を見た。
ここからは、なるべくネタバレなしの感想を書きたい。
まず、面白いか面白くないかでいえば、とても面白かった。
ぼくは、最近「映画とは何か?」ということを考える中で、面白さの比重として「映像」が非常に大きいと感じるようになってきた。たとえシナリオが良くても、映像が良くなければ見ていて面白くない。その逆に、内容が面白くなくても、映像に見応えがあれば面白く感じてしまう。
その意味で、新海誠監督の映画はまず大きなアドバンテージがある。彼は映像作りにかけては当代一で、もはやそれに疑問を差し挟む人はいないだろう。特に、星の光や空、空気などの表現が抜群に上手く、見ていて引き込まれる。彼自身も、自分にそういうアドバンテージがあるのは十分分かっているから、いつもそれを活かした映画作りをする。
ただ、新海監督には弱点もある。それは、大きく二つある。
一つは、物語の構造が弱いところ。内容がいつもふわふわしている。
だから、ツッコミどころがいくらでも出てくる。破綻が目につくから、映像が良い分だけイライラさせられることもある。
もう一つは、主人公である男性の眼差しが、女性には受け入れがたいということだ。別の言い方をすると、女性が描けていない。男性の従属物のような描き方になってしまっている。
だから、新海監督は女性受けがとても悪い。ぼくは以前、アニメ好きの女性に『秒速5センチメートル』のDVDをプレゼントしたことがあるのだが、彼女はちっとも面白くなかったと言い、代わりに彼女の兄が喜んで見ていたそうだ。
ぼくも男だから、それまでは新海監督のその弱点に気づけていなかった。しかしこの件以来、確かに女性の眼差しで見ると女性の描き方が鼻につくようになってきたので、かなり気になるようになってしまった。
そんなふうに、新海監督はその強烈な武器と同時に大きな欠点も有しているのだが、そのことが、彼の映画が一方では高い評価を受けながらも今一つメジャーになりきれなかったり、あるいは毀誉褒貶が喧しかったりすることの大きな理由となっていた。
圧倒的な映像表現と中盤の展開
ところが、今作ではそんな彼の弱点が上手く解消されていて、映画として非常に完成度の高いものになっている。
まず、その映像表現がますます進化していて、見ているとそれに圧倒されるので、この言い方はなんだが、シナリオはどうでもよくなるところがある。物語の破綻を圧倒的に凌駕して、映像の美しさが差し迫ってくるから、見ている間はそれが気にならない。
確かに、後から考えると破綻もなくはないが、しかしながら今作は、何よりも物語が成り立っているところが大きな進歩だ。ちゃんと筋というものが通っていて、着地点に向けて興味を持続させられる。
これはちょっとネタバレ的になるが、この映画のシナリオは、前半はもたもたしている。出足でちっとも客をつかんでいない。有り体に言って、最初のところは面白くない。
ぼくは、この時点では「また新海監督の悪い癖が出ているのかな」と眠くなってしまったくらいだ。
ところが、中盤になって突如物語が動き出し、一気に面白くなる。この意外性が大きすぎて、ぼくは眠気も吹き飛んだ。
おそらく、新海監督自身も物語の弱さは自覚していたのだろう。今作は、それを逆手に取ったわけではないだろうが、初めは従来の新海節でスタートしておきながら、途中でそれを一挙に捨て去ることで、観客を驚かせることに成功している。特に、これまで新海監督の映画を見てきたファンは大きな驚きだったのではないだろうか。
もう一つの、女性の描き方が鼻につくところも、大きく改善されていた。これは、主人公の一人に女性を据えたことが大きな効果をもたらしている。
これまで新海監督は、女性を主人公にすることがなかなかできなかった。それが、今回はもう一人男の子の主人公がいるとはいえ、女の子を主役に据えることで、新たに女性側からの視点を獲得した。これによって、従来からの弱点を完全に払拭したとはいえないまでも、大きく軽減することに成功している。ぼくなどは、男の子が出てくるところよりも、女の子が出てくるところの方がずっと面白く感じた。
そうして今作は、1800円以上の価値を持った内容となっている。ぼくは、人から見るか見ないかを問われたら、文句なく見ることをおすすめする。特に、もともとの長所である映像表現は、これを見るだけでも価値があるといえるくらいだ。
岩崎夏海メールマガジン「ハックルベリーに会いに行く」
『毎朝6時、スマホに2000字の「未来予測」が届きます。』 このメルマガは、『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』(通称『もしドラ』)作者の岩崎夏海が、長年コンテンツ業界で仕事をする中で培った「価値の読み解き方」を駆使し、混沌とした現代をどうとらえればいいのか?――また未来はどうなるのか?――を書き綴っていく社会評論コラムです。
【 料金(税込) 】 864円 / 月
【 発行周期 】 基本的に平日毎日
ご購読・詳細はこちら
http://yakan-hiko.com/huckleberry.html
その他の記事
中学受験に思う(やまもといちろう) | |
被差別属性としての「キモくて金のないおっさん」とは何か(やまもといちろう) | |
自分の心を4色に分ける——苦手な人とうまくつきあう方法(名越康文) | |
揺れる情報商材 違法化、摘発への流れが強まる(やまもといちろう) | |
アップル暗黒の時代だった90年代の思い出(本田雅一) | |
自民党・野田聖子さんご主人、帰化在日韓国人で元暴力団員と地裁事実認定の予後不良(やまもといちろう) | |
自分の身は自分で守る時代のサプリメント(高城剛) | |
岸田文雄さんは「6月14日解散・7月23日投開票本線」を決断できるのか(やまもといちろう) | |
快適な日々を送るために光とどう付き合うか(高城剛) | |
高城剛のメルマガ『高城未来研究所「Future Report」』紹介動画(高城剛) | |
世界情勢の大きな変わり目を感じる今年の終わり(高城剛) | |
日経ほかが書き始めた「デジタル庁アカン」話と身近に起きたこと(やまもといちろう) | |
「日本の労働生産性がG7中で最下位」から日本の労働行政で起きる不思議なこと(やまもといちろう) | |
シーワールドがシャチの繁殖を停止。今の飼育群を「最後の世代」にすると決定(川端裕人) | |
中国からの観光客をひきつける那覇の「ユルさ」(高城剛) |