岩崎夏海
@huckleberry2008

岩崎夏海のメールマガジン「ハックルベリーに会いに行く」より

新海誠監督がこれまでの弱点を克服した傑作『君の名は。』

※岩崎夏海のメルマガ「ハックルベリーに会いに行く」より


 a60d9008d1d251903ba559c097419547_s
 

これまでの新海監督作品は「女性受け」が悪かった

『君の名は。』を見た。

ここからは、なるべくネタバレなしの感想を書きたい。

まず、面白いか面白くないかでいえば、とても面白かった。

 
ぼくは、最近「映画とは何か?」ということを考える中で、面白さの比重として「映像」が非常に大きいと感じるようになってきた。たとえシナリオが良くても、映像が良くなければ見ていて面白くない。その逆に、内容が面白くなくても、映像に見応えがあれば面白く感じてしまう。

その意味で、新海誠監督の映画はまず大きなアドバンテージがある。彼は映像作りにかけては当代一で、もはやそれに疑問を差し挟む人はいないだろう。特に、星の光や空、空気などの表現が抜群に上手く、見ていて引き込まれる。彼自身も、自分にそういうアドバンテージがあるのは十分分かっているから、いつもそれを活かした映画作りをする。

ただ、新海監督には弱点もある。それは、大きく二つある。
 
一つは、物語の構造が弱いところ。内容がいつもふわふわしている。

だから、ツッコミどころがいくらでも出てくる。破綻が目につくから、映像が良い分だけイライラさせられることもある。

もう一つは、主人公である男性の眼差しが、女性には受け入れがたいということだ。別の言い方をすると、女性が描けていない。男性の従属物のような描き方になってしまっている。

だから、新海監督は女性受けがとても悪い。ぼくは以前、アニメ好きの女性に『秒速5センチメートル』のDVDをプレゼントしたことがあるのだが、彼女はちっとも面白くなかったと言い、代わりに彼女の兄が喜んで見ていたそうだ。
 
ぼくも男だから、それまでは新海監督のその弱点に気づけていなかった。しかしこの件以来、確かに女性の眼差しで見ると女性の描き方が鼻につくようになってきたので、かなり気になるようになってしまった。

そんなふうに、新海監督はその強烈な武器と同時に大きな欠点も有しているのだが、そのことが、彼の映画が一方では高い評価を受けながらも今一つメジャーになりきれなかったり、あるいは毀誉褒貶が喧しかったりすることの大きな理由となっていた。

 
 

圧倒的な映像表現と中盤の展開

ところが、今作ではそんな彼の弱点が上手く解消されていて、映画として非常に完成度の高いものになっている。

まず、その映像表現がますます進化していて、見ているとそれに圧倒されるので、この言い方はなんだが、シナリオはどうでもよくなるところがある。物語の破綻を圧倒的に凌駕して、映像の美しさが差し迫ってくるから、見ている間はそれが気にならない。
 
確かに、後から考えると破綻もなくはないが、しかしながら今作は、何よりも物語が成り立っているところが大きな進歩だ。ちゃんと筋というものが通っていて、着地点に向けて興味を持続させられる。

これはちょっとネタバレ的になるが、この映画のシナリオは、前半はもたもたしている。出足でちっとも客をつかんでいない。有り体に言って、最初のところは面白くない。

ぼくは、この時点では「また新海監督の悪い癖が出ているのかな」と眠くなってしまったくらいだ。

ところが、中盤になって突如物語が動き出し、一気に面白くなる。この意外性が大きすぎて、ぼくは眠気も吹き飛んだ。
 
おそらく、新海監督自身も物語の弱さは自覚していたのだろう。今作は、それを逆手に取ったわけではないだろうが、初めは従来の新海節でスタートしておきながら、途中でそれを一挙に捨て去ることで、観客を驚かせることに成功している。特に、これまで新海監督の映画を見てきたファンは大きな驚きだったのではないだろうか。

もう一つの、女性の描き方が鼻につくところも、大きく改善されていた。これは、主人公の一人に女性を据えたことが大きな効果をもたらしている。

これまで新海監督は、女性を主人公にすることがなかなかできなかった。それが、今回はもう一人男の子の主人公がいるとはいえ、女の子を主役に据えることで、新たに女性側からの視点を獲得した。これによって、従来からの弱点を完全に払拭したとはいえないまでも、大きく軽減することに成功している。ぼくなどは、男の子が出てくるところよりも、女の子が出てくるところの方がずっと面白く感じた。

そうして今作は、1800円以上の価値を持った内容となっている。ぼくは、人から見るか見ないかを問われたら、文句なく見ることをおすすめする。特に、もともとの長所である映像表現は、これを見るだけでも価値があるといえるくらいだ。

 
 

岩崎夏海メールマガジン「ハックルベリーに会いに行く」

35『毎朝6時、スマホに2000字の「未来予測」が届きます。』 このメルマガは、『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』(通称『もしドラ』)作者の岩崎夏海が、長年コンテンツ業界で仕事をする中で培った「価値の読み解き方」を駆使し、混沌とした現代をどうとらえればいいのか?――また未来はどうなるのか?――を書き綴っていく社会評論コラムです。

【 料金(税込) 】 864円 / 月
【 発行周期 】 基本的に平日毎日

ご購読・詳細はこちら
http://yakan-hiko.com/huckleberry.html

岩崎夏海
1968年生。東京都日野市出身。 東京芸術大学建築科卒業後、作詞家の秋元康氏に師事。放送作家として『とんねるずのみなさんのおかげです』『ダウンタウンのごっつええ感じ』など、主にバラエティ番組の制作に参加。その後AKB48のプロデュースなどにも携わる。 2009年12月、初めての出版作品となる『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』(累計273万部)を著す。近著に自身が代表を務める「部屋を考える会」著「部屋を活かせば人生が変わる」(累計3万部)などがある。

その他の記事

21世紀、都市の未来は「空港力」にかかっている(高城剛)
なぜ若者に奴隷根性が植えつけられたか?(後編)(岩崎夏海)
ネット教育今昔物語(小寺信良)
PTAがベルマーク回収を辞められないわけ(小寺信良)
史上最高値をつける21世紀の農産物(高城剛)
11月に降り積もる東京の雪を見ながら(高城剛)
『ズレずに 生き抜く』(文藝春秋)が5月15日刊行されることになりました(やまもといちろう)
都民ファースト大勝利予測と自民党の自滅について深く考える(やまもといちろう)
年内に来る? Wi-Fi Awareとは(小寺信良)
シーワールドがシャチの繁殖を停止。今の飼育群を「最後の世代」にすると決定(川端裕人)
人生に「目的」なんてない–自分の「物語」を見つめるということ(家入一真)
変化のベクトル、未来のコンパス~MIT石井裕教授インタビュー 後編(小山龍介)
「高価格による高サービス」にすり替わってしまった「おもてなし」(高城剛)
「自信が持てない」あなたへの「行」のススメ(名越康文)
私の経営情報グループ『漆黒と灯火』の会員を募集したら一日で枠が蒸発した(やまもといちろう)
岩崎夏海のメールマガジン
「ハックルベリーに会いに行く」

[料金(税込)] 880円(税込)/ 月
[発行周期] 基本的に平日毎日

ページのトップへ