小川和久氏による「日本人に欠けているセキュリティ・リテラシーのすすめ」

北朝鮮危機の背後にある金正恩の怯えとアメリカのメッセージを読み解く


2017年3月6日、北朝鮮が4発のミサイルを発射し、日本海に着弾。そして今月4月7日、米軍がシリア・アサド政権に対して攻撃を行った。米朝関係が急速に緊迫していく中、有事のリスクを不安視する声も高まっている。米朝それぞれの行動には、どのような背景と思惑があるのか。軍事アナリストであり、セキュリティ研究所(2017年5月〜)を主催する小川和久氏は、米軍の動きを「北朝鮮への強烈なメッセージ」と読み解く——。

 

小川和久/静岡県立大学特任教授・軍事アナリスト

4月7日のアメリカのシリア・アサド政権側へのトマホーク巡航ミサイルによる攻撃は、トランプのアメリカとアサド政権を支持してきたプーチンのロシア、そしてこのとき首脳会談を行っていた習近平の中国との間で、一定の合意が成り立っていることを物語っている。その意味で、トランプは北朝鮮に対する軍事的オプションの行使についても、フリーハンドを与えられた面がある。

中東への軍事行動にも関わらず、世界の注目は北朝鮮情勢に集中している感がある。なぜこの軍事行動が北朝鮮への強烈なメッセージなのか。それを理解するためには、そのちょうど1カ月前まで戻って分析する必要がある。

4発のメッセージ

北朝鮮は3月6日に、平安北道東倉里付近から東に向けて4発のミサイルを同時に発射した。4発は約1000キロメートル飛翔し、約80キロメートルの間隔で日本海に着弾した。

日本のメディアは、主に韓国国防部の発表をもとに、発射されたのが射程1000キロメートルの「スカッドER」で、ミサイルの能力が向上したことを中心に伝えた。中には射程と精度から日本本土が攻撃受ける可能性を示したものもあった。

これまで北朝鮮は、指導者の誕生日や建国記念日といった国家行事の際に、祝砲のようにミサイル発射を繰り返してきた。また米韓合同軍事演習や国際連合安全保障理事会の制裁決議に反発してやはりミサイル発射を繰り返してきた。そのため、今回もその延長線上にあるという見方も出来る。

しかし、今回の発射を考えるときに押さえておかなければならないのは、北朝鮮はこれまでとは違う反応を見せており、実を言えば、それは金正恩が発したメッセージから読み取れるということである。一言で言えば金正恩の「怯え」を示しているのである。そのこと自体が北朝鮮問題の現在位置を知ることとなる。ここで一部の情報専門家に共有されているミサイル発射の隠された狙いを説明したい。

まず、4発のミサイルが同時に発射される映像が公開され、世界にインパクトを与えたが、このこと自体、この発射が全くの政治的なショーであることを示している。移動式の発射台を4台並べるということは、実戦ではありえない。移動式のミサイルは通常トンネルなどに秘匿しておき、一度の反撃で全滅しないように数キロ離れて展開させ、そこから偵察衛星に発見されにくい曇天や夜間に発射する。そう考えると、この画像自体は、国威発揚であり、また対外的な示威,威嚇を目的とするもの,さらにアメリカと韓国に対して政治ショーであることを伝えようとしたもの、といってよいかもしれない。

 

ミサイルは何を狙ったか

むしろ注目しなければならないのは、この発射を報道した「労働新聞」に掲載された写真と記事である。写真の一枚には金正恩が机上の地図を指示棒で指している姿が映っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「労働新聞」に掲載されたミサイル発射時の金正恩視察の写真(「聯合ニュース」より)

(左上写真中で)地図は斜めに映っているが、これを画像解析すると、東倉里付近を中心とする半径1000キロメートルの円が、日本海から西日本を覆うように描かれ、4発のミサイルの軌跡が、約4.2度の角度で開きながらひかれている。そして、金正恩の指示棒は着弾点より先の日本海上を示している。

写真に示された地図(「ニュースを疑え!」2017年3月9日号)

発射直後には、青森県の三沢基地を狙ったものという見方も流れたが、ノドンならぎりぎりだが、スカッドERでは、東海岸から発射しても届かない。描かれている射程内に入っている米軍基地は、長崎県佐世保の米海軍基地と山口県岩国の米海兵隊基地で、両方とも今回の米韓合同軍事演習に参加した航空機や艦船の基地である。

あえてスカッドERを使ったこと。地図にわざわざ、発射方向とは全く別角度にある佐世保、岩国が射程圏内にあることを示し、その図を「労働新聞」掲載の写真に映しこんだこと。

これはいずれも解読能力のある各国の情報機関を意識した情報の発信である。

さらに「労働新聞」の記事をみると、そこには「有事の際に在日米軍基地の攻撃任務を担う北朝鮮の部隊が発射訓練をし、成功した」とあり、さらに「ただ一点の火花でも散らすなら、核弾頭を装填した火星砲で侵略と挑発の本拠地を焦土化する決死の覚悟を固くした」と述べている。

要するに、米韓両軍が手を出せば、こちらも撃つぞ、ということである。手を出さない限り海に向かって撃つだけであり、もっと言えば、手を出さないでほしい、ということをアピールしているのである。つまり、手を出される危険性を感じている証左でもある。このことから、これまでの実験や政治ショーとしてのミサイル発射とは、一線を画すものであるといえる。

また、韓国ではなく在日米軍基地への攻撃能力をあからさまに示したことも、注目する必要がある。自らへの攻撃の代償となり、抑止効果を期待できる目標と考えていることを意味する。この点、アメリカの安全保障にとっての日本の重要性に対する金正恩の認識は、正確なものだ。つまり、アメリカにとって日本は、カリフォルニアと同じ位置づけにある本土防衛の第一線であるということだ。

もちろん金正恩は自分の方から撃つという姿勢は示していない。日本人の方がよく理解できていないかもしれないが、日本に対する攻撃は、アメリカ本土防衛線への攻撃とみなされ、即時に核による反撃が予想されるからだ。金正恩はそのことをはっきり理解している。

恐怖心の背景

金正恩が在日米軍基地への攻撃をにおわすことまで行った背景には、相当の危機感を抱いている様子がうかがえる。確かに1994年の核危機以来、初めて米韓が軍事攻撃しようとする兆候が顕著だからだ。94年の危機の際にも、アメリカは、海上封鎖の態勢をとった。いうまでもなく海上封鎖は戦争への分水嶺だ。むろん重要拠点に対するピンポイントの攻撃(サージカル・ストライク)の態勢もとった。

しかし、金泳三・韓国大統領(当時)が、北朝鮮が体制崩壊した場合の影響に韓国社会が耐えられないという理由で、アメリカに思いとどまるよう要請し、武力行使は控えられた。しかし、ぎりぎりまで軍事的圧力をかけた結果、効き目はあった。金日成・カーター会談が行われ、南北首脳会談が実現したからだ。韓国が北朝鮮に対する強硬措置への歯止めとなったわけだが、北朝鮮はその後、ミサイル開発、核実験を再開し、また周辺に対する挑発行動を続けた。それもあって、今回は韓国国内で武力行使を容認する声が出てきている。

その中で、アメリカの新政権が発足した。アメリカ国内でも3月頃から、トランプ政権が軍事攻撃を選択するのではないかとの予測が出ていた。このときは北朝鮮への軍事攻撃として語られていた。これは共和党主流派の「トランプ切り」の予感の中で生まれたものだった。つまりロシアとの関係を理由に弾劾に持ち込まれた場合、トランプを切り捨てて、共和党主流派のペンス副大統領の政権にすることで、トランプとともに共和党が壊滅状態になることを避けようとする空気が生まれていた。そしてこの逆境をトランプが乗り切るためには、戦争しかないという見方だった。

冷静なマティス国防長官とマクマスター安全保障担当大統領補佐官は、軍事力を行使する場合にも最も政治的効果があり、アメリカ側の損害が少ないシリア・アサド政権への攻撃に絞り込んだと見られる。

 

マティス国防長官は、核ミサイル拡散の危機において、イランと北朝鮮をワン・パッケージで見ている。イランが最大の脅威であり、オバマ政権のイランとの核合意に反対した。その結果、2013年にアメリカ中央軍司令官を解任されたという経歴を持つ。今回、彼は北朝鮮を叩くこと、あるいは締め付けることで、イランを締め付けることが出来るという考えを持っているとみられる。

化学兵器を使用したと思われるシリアへの攻撃は、金正男氏暗殺にVXを使った北朝鮮→テロ支援国家再指定への動き→北朝鮮へのトマホーク巡航ミサイルを使ったサージカル・ストライク(重要目標に対する精密誘導兵器によるピンポイント攻撃)という流れが、一気に現実味を帯びてきたことを北朝鮮に突きつけている。

つまり、北朝鮮は、「攻撃したら核ミサイルを使ってでもやり返すぞ」というメッセージを発したが、その1カ月後、アメリカは「大量破壊兵器使用に対して実際に攻撃したぞ」というメッセージを返したのである。

 

韓国の軍部はというと、さらに積極的になっている気配がある。その一つが、特殊部隊による「斬首作戦」という言葉を使いだしたことだ。つまり相手のトップを直接狙うというのである。アメリカの特殊部隊は、生還が作戦の基本で、北朝鮮のような、特殊部隊を多く持ち、通信傍受能力の高い敵地への潜入作戦では、通信もできず負傷者の救出も困難であることから、アメリカ軍は特殊部隊を投入して一回で決着をつけるのは難しいとみているようだ。むしろ反政府ゲリラを作れという考えを提案している。

ところが、韓国の特殊部隊は、「生還を期さず」という考えであることから、ともかく「やってしまえ」という声がつよい。今回は、アメリカよりも韓国の方が積極的なのである。そのための旅団を従来の計画から2年繰り上げて、年内には設置することになった。さらにこの韓国軍の斬首作戦をバックアップする陸軍と海軍の特殊部隊をアメリカは韓国内に入れてきている。しかも、その部隊の写真をメディアに公開してもいる。

 

警告か、圧力か

金正恩にとっては自分の命の問題であるから、われわれが思うようりはるかに危険を感じていると思われる。もちろん、強硬手段のみが解決法ではない。圧力を加えつつ、ソフトランディングの道を探るのが正道である。が、今回は別な要素も金正恩にとって逆風に見えていると思われる。

それはアメリカの政治状況である。トランプ新大統領は、共和党主流派からこれまでのロシアとの関係を問題視されており、相当なプレッシャーを受けている。与党の共和党にしてみたら、トランプが万が一弾劾されても、主流派との関係がよいペンス副大統領が昇格するだけのことである。その中で外交・安全保障で現政権が政治的に窮地に陥った場合、トランプ大統領が何らかの強硬策をとって窮地から脱しようとする可能性は十分ある。

実は、アメリカは、このことを北朝鮮にそれとなく伝わるようにしている可能性がある。そう思われるのは、実は日本の情報機関の人間にもそれを伝えてきているからだ。

ここで説明しておいた方がいいのは、日本の周辺から北朝鮮全域に狙いをつけているアメリカ海軍のトマホーク巡航ミサイルだけで500発はあり、また海上自衛隊とアメリカのイージス艦がもつ弾道ミサイル防衛能力も相当なレベルにある。あまり語られないことだが、先ほど説明した核の傘とともに、日本に対する攻撃を抑止する力となっている。合理的に考えれば、北朝鮮の攻撃に対する抑止は十分だ。しかし、いま米朝が行っているのは一種のチキンゲームであり、金正恩が100%、理性的に行動するか否かは、まだわからないのである。

 

日本に欠如している国際情勢を読む力

ともかく安全保障に関する出来事は、たった一つのことであれ、その本質、それが起きた背景、状況まで理解するためには、きわめて多くのことを合わせ読んでいかなければならない。どこまでのことを、読んでいかなければならないか。今回の北朝鮮のミサイル発射の例をとってみても、お分かりになると思う。

ただ、日本の場合、政治もメディアも、軍事だけでなく国際情勢について、広く深く正確に分析した解説を行っているとは必ずしも言えない。隠しているというよりは、あまり理解できていないから、というのが原因だと思う。島国だけに閉じこもって生きていけた時代ならともかく、日本自体が特に経済でこれほどまでに国際環境に依存しなければ成り立たなくなっているにも関わらずである。結局、個々の日本人が、自分で国際情勢や危機を読み解く力、つまりリテラシーを高めていくしか打開する道はないのだと思う。ここの日本人が、国際社会の中で生きていけるレベルに達して初めて、政治もメディアも有権者や読者を満足させるだけの力をつけることができるのだろう。

 

2017年5月、国防と危機管理を考える「セキュリティ研究所」をオープンします。

21世紀、この混沌の時代を生き抜くには、様々なリスクに備えることが必要です。

国土を海に守られてきた私たち日本人は、危機に対するセンスが備わっていないと言われますが、そうした特性は、日本の政府や企業の体質にも表れていると感じます。

例えば、政府や企業の存亡に関わるサイバー・セキュリティ。大企業の多くは毎年、巨額のコンサル料を支払っているようですが、その大部分の企業は私が一緒に仕事をしてきた米国の専門家の侵入を阻止することができませんでした。

「セキュリティ研究所」は、国家の安全保障や企業のリスク管理について知見を高め、広い意味での「危機管理」能力を高めていくためのサロングループです。

「外交」「安全保障」「危機管理」。この3つを軸に、「定例研究会」を毎月1回行い、政府や企業を守るサイバー・セキュリティ、東アジアの際の日本の対応、米トランプ政権の動向と考察、災害時における日本政府の対応力などについて、取り上げていきます。

日本の安全保障に興味がある方や、企業のセキュリティに携わっている方。また、日本を良い国にしたい、戦争をしたくないという方。

海外の国防・企業セキュリティの最新情報など、世間のメディアでは触れられない情報を提供します。いかにして私たちの「未来」を守れるのか、ともに真剣に考えていきましょう。

小川和久のサロン「セキュリティ研究所」、2017年5月スタート!

小川和久(おがわ・かずひさ)

1945年12月、熊本県生まれ。陸上自衛隊生徒教育隊・航空学校修了。同志社大学神学部中退。地方新聞記者、週刊誌記者などを経て、日本初の軍事アナリストとして独立。外交・安全保障・危機管理(防災、テロ対策、重要インフラ防護など)の分野で政府の政策立案に関わり、国家安全保障に関する官邸機能強化会議議員、日本紛争予防センター理事、総務省消防庁消防審議会委員、内閣官房危機管理研究会主査などを歴任。小渕内閣では野中官房長官とドクター・ヘリを実現させた。電力、電話、金融など重要インフラ産業のセキュリティ(コンピュータ・ネットワーク)でもコンサルタントとして活動。

その他の記事

今年は「動画ゼロレーティング」に動きアリ(西田宗千佳)
「外組」と「内組」に二極化する時代(高城剛)
PTAがベルマーク回収を辞められないわけ(小寺信良)
うざい店員への対応法(天野ひろゆき)
面接やプレゼンにも効果的! 「他人を味方に変える」ための3つのアプローチ(名越康文)
金は全人類を発狂させたすさまじい発明だった(内田樹&平川克美)
「心の速度を落とす」ということ(平尾剛)
季節の変わり目はなぜ風邪をひきやすい?(若林理砂)
サイボウズ青野社長の手がける「夫婦別姓裁判」高裁門前払いの必然(やまもといちろう)
「高価格による高サービス」にすり替わってしまった「おもてなし」(高城剛)
なくさないとわからないことがある(天野ひろゆき)
2本の足で立つ、ということ(やまもといちろう)
出力してこそ、入力は正しく消化される(高城剛)
9月は世界や各人の命運が分かれる特異月(高城剛)
週刊金融日記 第275号 <いまさら人に聞けないビットコインとブロックチェーン・テクノロジー他>(藤沢数希)

ページのトップへ