※この記事は本田雅一さんのメールマガジン「本田雅一の IT・ネット直球リポート」 Vol.010(2017年12月8日)からの抜粋です。
このところのソニーの元気さはどうやら偶然ではなさそうだ。単なる業績の良し悪し、単発の製品の良さなどではなく、社内から新しいアイディアや製品が生まれる土壌がきちんと生まれてきている。新たなアイディアを社内から呼び起こす空気……環境を整えるには、まず業績を整え、誰もが納得するカタチで“遊ばせる”必要があるだろう。
しかし、ソニーは上手くそれをやってのけた。大胆なリストラと合理化を行いながら、新しい製品が生まれてくる環境を作るというのは、言うほど簡単なことではない。
合理化による経営改善は、すなわちROI(Return On Investment)のうちのIを絞り込んで結果を出すのが一番簡単。しかし、投資を絞ればいずれ企業価値は下がり、Rが落ちてくる。最近はあまり見られなくはなっているが、長期的な価値を犠牲にして表面上の業績を改善させ、経営者が多額の報酬を得ながらも、結果的には大きな企業価値を失った……なんて例もたくさんある。
衰退期のソニーは、まさにその典型例だったとも言えるだろう。しかし、今日、SAP(Seed Acceleration Program)から生まれた「wena wrist」が魅力的な第2世代製品を発表したように、ソニーの環境は大きく変化している。wena projectはまだ20代半ばの学生の雰囲気を残す對馬くんがプロジェクトリーダーを務め、新しいビジネスブランドとして定着。史上最年少の統括課長に抜擢されたことでも知られるが、そうした新しいアイディアをカタチにする空気がソニーには生まれている。
それは例えばベンチャリングなどにも現れている。ソニーは業績が好調だった出井・安藤体制のころ、3桁億円規模のベンチャー投資や、M&A戦略を実施するファンドを運営していた。しかし、多くの投資で焦げ付きが発生し、惨憺たる結果をもたらした。
あまりの惨敗ぶりにソニー社内ではベンチャー投資のファンドプログラムを包括的に行おう……という議論すら、行いにくい空気になっていたという。それは“禁句”とも言えるレベルのものだった。しかし昨年、平井CEO、吉田CFOの2人が提案した新たなファンドプログラムが動いている。
その実績を訊ねてみると、なかなかおもしろい答えが返ってきた。スピード重視の攻めの運営をしているのだ。
ソニーの場合、過去の成功例の多くはボトムアップによる商品の提案である。そこで投資部門や新規事業開発部門が投資案件を探し、それをトップダウンで事業部や研究開発部門に下ろすことは一切していない。
その代わり、事業開発部門である程度の選別、ふるいをかけた上で、関連するであろう部門のエンジニアや企画の人間を集め、ベンチャー企業にプレゼンテーションをさせる。そこで、現場レベル(若手エンジニアが中心)から「やりたい」という意見が出てくれば、それをトップの経営会議よりもずっと下のレベルに設置されている投資委員会で検討し、出資を決める。
社内の現場に「おもしろい」と言ってる人がいるかどうかが一番のポイントであるため、このファンドでは企業全体としての投資の方向を評価することはないが、そのぶん小回りが利くため、投資が決まればあとは審査のみですぐにプロジェクトがスタートするスピード感を出せる。
さまざまなパターンがあるが、一番ベーシックな入り方は、技術のシードに対して投資だけを行い、その技術が育って使えそうな時間軸になると、その時点で社内の別の部署と結びつけて商品化を模索するというものだ。しかし、中にはある程度開発が進んでいるものもあり、その場合は具体的な部署へと直接パスを作り、応用開発へと進む場合もあるという。
その意思決定の速さは、投資対象候補のプレゼンから6週間後に、プロジェクト着工のため振り込みが終わったという例があるほど勢いのある速度感だ。ソニーの事業規模、その中にある技術ノウハウやブランド力、デザイン力などを考えると、ベンチャー側もかなり魅力的であり、すでに1年で16社ほどに投資を実行。年間500社を超える面接があるという。
人が集まるところ、技術が集まるところには、数年後に必ず結果が出るものだ。あれほど負のスパイラルに落ち込んでいたソニーが、ここまで復活できたのは経営手腕によるところが大きいと思う。このあたりはもう少し、今後も突っ込んで取材をしたいものだ。
本田雅一メールマガジン「本田雅一の IT・ネット直球リポート」
2014年よりお届けしていたメルマガ「続・モバイル通信リターンズ」 を、2017年7月にリニューアル。IT、AV、カメラなどの深い知識とユーザー体験、評論家としての画、音へのこだわりをベースに、開発の現場、経営の最前線から、ハリウッド関係者など幅広いネットワークを生かして取材。市場の今と次を読み解く本田雅一による活動レポート。
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