やまもといちろうメルマガ「人間迷路」より

上野千鶴子問題と、いまを生きる我らの時代に



 先般、上野千鶴子女史が中日新聞に寄せた記事について、主に上野女史の信奉者であった人たちからの批判が強く上がる事態となって、興味深く見ておりました。ヤフーニュース個人にも私なりの見解を掲載したところそれなりに読まれたようですし、さらに社会学者の北田暁大さんも参戦、興味深い流れになっています。

「平等に貧しくなろう」上野千鶴子女史の記事炎上から何を学び考えるべきか(山本一郎)

脱成長派は優し気な仮面を被ったトランピアンである――上野千鶴子氏の「移民論」と日本特殊性論の左派的転用/北田暁大 / 社会学

 移民反対というか、現実的に厳しいと論考することが直ちにトランピアンだと批判の対象となるべきかは分かりませんが、上野批判の一角には「上野女史はすでに東大名誉教授となり、経済的に不安のない上がりとなっている人物であって、そういう人物がこれから貧困に喘ぐであろうこれからの日本人に脱成長を説くのはおかしい」というものです。もちろん、その議論は成立し得る部分はあります。

 一方、多様な生き方、自由な暮らしをこれからの日本人としてどう考えるのかといったときに、働き方改革など通り一遍の政治課題がうまくワークして本当に暮らしぶりが良くなるのかという点では悲観的にならざるを得ません。上野女史の説く通り、理想は理想としてしっかり掲げることは大事でも目の前の現実はしっかりと把握しなければならない、それであるならばとれるオプションをみんなで考えながら前に進もうという発想はあり得るのではないかと思います。

 この手の問題は、かなり乱暴に言えば一口に「価値観」という言葉で片付けられやすい傾向はあります。一方で、このメルマガ本編でも触れていますし、次回以降にももう少し踏み込んで書きたいと思っている心理モデルがどうやら「この世界を理解する上ではいまもっともすぐれたツールである」ことが分かってきています。

 例えば、人間の願いでもある「戦争を無くしたい」という命題があったとします。これに対し、右も左も反対だ、という人はほとんどいないでしょう。あるいは、少なくとも「戦争しよう」と公言する有識者は少ない。日本では。

 しかしながら、心理モデルでいうところの「何をすれば戦争は無くなりますか」となると、これは価値観やソリューションの問題です。大別すれば、「お互い武器を捨てれば平和が実現する」と考える約8%と、「相手を上回る武力があれば平和が実現する」と考える約4%と、その中間派になります。政治とは、どの問題も多かれ少なかれこの中間派をどう自陣営につけるかの問題なのであって、すべての議論はなるだけ事実関係を押さえて中間派を納得させることが目的ということになります。

 そこにはいま流行りの「ポスト・トゥルース」だとか「オルタナファクト」という文言が喧伝されるわけなのですが、エビデンスを積み重ねて社会時評を説くために必要なお作法をどこかに用意しておかないととんでもないことになるのではないかと感じます。私が上野千鶴子女史の言説に違和感がなかったのは「事実としては仰る通りです」という前提があったうえで、これからの社会に住まう日本人の生き方の模索を述べているだけだからです。そこに強い思想性や諦観のようなものはあまり感じなかったんですよね。

 だからこそ、むしろ進歩系知識人の人たちが、過敏に反応していたことのほうがショックでした。そこまで批判するべきことなのかが良く分からない的な。

 そして、さっき見たら東浩紀さんも参戦していました。全体的に円熟した議論がきちんと積み重なるのは、むしろ上野千鶴子女史の功績とでも言うべきなのでしょうか。

 

やまもといちろうメールマガジン「人間迷路」

Vol.181 上野千鶴子女史の記事はそこまで批判するべきものだったのかをふりかえりつつ、ネット広告の閲覧水増し問題の今後を考えてみる回
2017年2月23日発行発行号 目次
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【0. 序文】上野千鶴子問題と、いまを生きる我らの時代に
【1. インシデント1】ネット広告界隈の激震、DSP騒動と着地のむつかしさ
【2. インシデント2】最近にわかに一部でまた注目されつつあるフィルターバブルを考える
【3. 迷子問答】迷路で迷っている者同士のQ&A

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やまもといちろう
個人投資家、作家。1973年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒。東京大学政策ビジョン研究センター客員研究員を経て、情報法制研究所・事務局次長、上席研究員として、社会調査や統計分析にも従事。IT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作に携わる一方、高齢社会研究や時事問題の状況調査も。日経ビジネス、文春オンライン、みんなの介護、こどものミライなど多くの媒体に執筆し「ネットビジネスの終わり(Voice select)」、「情報革命バブルの崩壊 (文春新書)」など著書多数。

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