津田大介
@tsuda

津田大介のメルマガ『メディアの現場』より

チェルノブイリからフクシマへ――東浩紀が語る「福島第一原発観光地化計画」の意義

(※この記事は2013年8月9日に配信されたメルマガの「メディア/イベントプレイバック《part.1》」から抜粋したものです)

僕が出演した番組やトークイベントなどで、内容が面白かったものをテキストで読みやすく再編集してお届けします。原発・放射線の問題や政治全般、著作権、音楽の話までテーマは多岐にわたる予定です。

僕も現地取材へ参加し、ルポを寄稿した『チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド』が発売されてはや1カ月。その間、東浩紀さん(@hazuma)といろいろな番組で共演し、チェルノブイリ取材の感想やこの本の見どころを語ってきました。そこで今回は、それらをまとめて再構成した総括的な対談を掲載します。僕たちが現地で見たチェルノブイリの現実とはどのようなものだったのか、そしてそこから日本が学べることは何なのか。「福島第一原発観光地化計画」の意義や可能性を東さんにおうかがいしました。

(2013年7月2日 J-WAVE『JAM THE WORLD』「BREAKTHROUGH!」[*1] および2013年7月8日 テレ朝チャンネル2『ニュースの深層』[*2] 、その他トークイベントなどから再構成)

出演:東浩紀(思想家)、津田大介

 

イメージがことごとく打ち砕かれた

津田:本日のゲストは作家・批評家の東浩紀さんです。今年4月、東さんと僕は東さんが代表を務めるプロジェクト「福島第一原発観光地化計画」[*3] の取材で、ウクライナにあるチェルノブイリ原発を訪れました。その模様は『チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド 思想地図β vol.4-1』[*4] という1冊の本にまとめられ、7月4日に発売されました。まずは、僕も参加している「福島第一原発観光地化計画」について、簡単に内容を教えていただけますか。

東:2011年3月、東日本大震災で事故を起こした福島第一原発の事故の記憶を、将来どのようなかたちで継承していくのか。跡地に博物館を建てるのもいいけれど、それだけでは人が集まらないので、25年後、30年後というタイムスパンで周りに人が集まってくるような観光地化も考えていいのではないか。そこから発想が始まったプロジェクトです。

津田:プロジェクトそのものを思いついた直接のきっかけは何だったんでしょうか。

東:もともと観光には関心があったんです。福島第一原発事故というのは、日本では「戦後最大の事件」という、あくまで日本の文脈で捉えられています。しかし、世界的に見たらまずチェルノブイリの事故があって、次に福島の事故なんですよね。そういう連続性や文脈で捉えられている。2012年の夏ごろかな。そのことを考えていたときに「そういえば、チェルノブイリはいまどうなっているんだろう?」と思ってネットで情報を調べてみたらポーランドとウクライナが「EURO2012」というサッカーの欧州選手権を共催していて、そこに来たお客さんがチェルノブイリ原発の前に行って短パンとTシャツでガッツポーズをして写っている──そんな写真がネットに結構転がっていたんですね [*5] 。あれ、これはどういうことなんだと。

チェルノブイリといえば今でも廃炉が行われていなくて、いまだに後遺症に苦しんでいる人がたくさんいる──そんな話だったのに、実際には石棺で覆われた4号機のわずか数百メートル前の近いところで明らかに観光客であろう人たちが記念写真を撮っているわけです。これは複雑だなと思い、チェルノブイリについていろいろ調べ始めました。すると、チェルノブイリが観光客を受け入れていることは、復興や人々に事故の記憶をどのように伝えるのかという点で大きな役割を果たしていることがわかった。であれば、福島第一原発についても似たようなことを考えてもいいのではないかと思い、この計画を始めたんです。

 

チェルノブイリで見たもの

津田:その計画の一環として、この4月、チェルノブイリで実際に行われている観光ツアーに参加するかたちで取材をしてきたと。ツアーに参加されてどんなことを感じましたか?

東:まず、「ここは危険だ」とか「死の街だ」という感じはしませんでしたね。事故を起こしたチェルノブイリ原発の20kmくらい南──日本でいうと福島第一原発と南相馬ぐらいの距離ですかね。そこに、チェルノブイリ市 [*6] という古い町があって、そこは「ゾーン」と呼ばれる原発30km圏内の立入禁止区域内に含まれているんですが、その町では原発作業員や役人の方が多く働いていて、市内には人も歩いているし車も走っている。食堂もあれば、バスターミナルもある。何となくわれわれは立入禁止区域は無人の世界だという予断をもっていたのですが、実際に行ってみるとそんな簡単な話ではなく、そこには人々の生活があるし、みんなが暗い顔をしているわけではない。現実はいろいろ複雑なものなんだなということを改めて感じました。

津田:本当にそうですね。僕も何となく感じていた「チェルノブイリとはこういうものだ」というイメージがことごとく打ち砕かれました。

東:日本ではチェルノブイリ報道はひとつの方向性をもっていて、「今でも被害に苦しむ人がいる」「廃炉も終わっていない」「チェルノブイリを中心に、放射能に汚染されて人も住めない」といった話が流通しています。それはそれで真実ですが、同時にチェルノブイリの街は労働者がたくさんいて車もバスもたくさん走っている。つまり放射能に汚染されて人は住んでいないけれど、仕事があって人々が働いている。おそらく福島についても将来はそうなると思うんです。

津田:チェルノブイリで意外だったのは、観光客を受け入れようとする周辺地域住民の姿勢です。取材した人たちが口々に事故の記憶を後世に残していくことの重要性を説いており、それが強く印象に残りました。

東:物見遊山、好奇心だけで人が来るのだとしても「そういう人が来ることでチェルノブイリが記憶に留まるなら、それはいいことだ」と彼らは言います。単にしかめっ面をして「この事故を忘れません」ということではなかなか風化は止まらない。人が何かを覚えておくためにはその記憶を覚えたいと思う「欲望」がないとダメなんです。福島第一原発も、事故が悲惨だからこそ、それが記憶に留められていくためには人々が「楽しみながら学ぶ」というかたちがあるべきではないか、と。

いまチェルノブイリに行くべきなのは日本人だと思います。福島と似た事件を27年前に起こした場所の現在がどうなっていて、人々がどんな表情で働いたり生きているのか見てほしい。「観光地化」という選択がいいかはわからないし、さまざまな批判もあるとは思いますが、「あの事故の記憶を残す」という部分だけは絶対に手放してはいけないと思っています。

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津田大介
ジャーナリスト/メディア・アクティビスト。1973年生まれ。東京都出身。早稲田大学社会科学部卒。早稲田大学大学院政治学研究科ジャーナリズムコース非常勤講師。一般社団法人インターネットユーザー協会代表理事。J-WAVE『JAM THE WORLD』火曜日ナビゲーター。IT・ネットサービスやネットカルチャー、ネットジャーナリズム、著作権問題、コンテンツビジネス論などを専門分野に執筆活動を行う。ネットニュースメディア「ナタリー」の設立・運営にも携わる。主な著書に『Twitter社会論』(洋泉社)、『未来型サバイバル音楽論』(中央公論新社)など。

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