やまもといちろうメルマガ「人間迷路」より

そろそろ中国の景気が悪くなってきた件について



 いま巷では米中貿易戦争ネタが大量流通しておりますが、トランプ大統領が少し気の触れた感じの変わった経済政策をやる前から、実のところ「中国経済は本当に大丈夫なのか」というような事態が多発しておりまして、気になっております。

 もちろん、13億人、沿海部だけで2億4,000万人も暮らしている中国を一つの経済圏として語るのは雑過ぎるわけでして、私どもが気にしているのはコンテンツ産業など知的財産を扱ったり、対外投資の本丸になっている不動産投資ファンドに関する動きの変化が気になっている、という話であります。

 ひとえに、2010年ごろからは日本でもアメリカでも中華マネーが大盤振る舞いをするお陰で、予算の少ないアニメから大作ゲーム開発、さらには高品質なゲームエンジンなどのツール類までいろんなものが買収の対象になり、中国系の進出が一つの合言葉にすらなりました。

 私の身の回りで大きな出来事と言えば12年6月に中国ゲーム大手テンセント社がUnreal Engineを保有するEpic Games社の40%の発行済み株式を取得して事実上傘下に収め、また、16年1月には大連万達グループに35億ドルで買収してハリウッド系映画製作の本丸に近いところで中華資本の影響を受けることになりました。もちろん、これらは象徴的な事案だったということにすぎません。実際に企画などで中華系のネタが影響を受けることが多くなり、とりわけアジアを題材として扱おうとする作品は、日本に限らず他のアジア系出演者を原作通りにキャスティングしようとしたら中国人俳優に差し替えられるといった事態も起き、企画自体がお蔵入りになったり、自由に制作できないと問題視する関係者がフェードアウトしてしまうといった問題もありました。

 ただ、こういう事象は我が国日本もいつか来た道で、ジャパンアズナンバーワンと豪語していた1989年にアメリカの不動産の象徴と言われたロックフェラー・センタービルを三菱地所が2,200億円(当時)で買収するなど、トピックとして記憶に残る買収は多くありました。そして、その後の我が国の経済の状況を見る限り、御覧の通りでありまして、ある種の巨額買収ラッシュというのは一過性の現象に過ぎないものなのかもしれません。

 問題としては、やはり「大きい波が寄せた後に、返す波も大きい」ということでありまして、ご存知の通り日本の不動産ファンドで中国資本が主体のところで物件売却の動きが強くなっています。相対で売りに出るのは中国人らしいと思ったりもしますが、そのうちなりふり構わず撤退してくるところが出るかもしれません。また、コンテンツファンドでも大口の投資案件がキャンセルにこそならないものの他のファンドに案件が譲渡されたり、案件予算の縮小交渉が始まった案件も出始めています。国産のコンテンツに資するものであればどんな権利でも買うと言っていたところが商談未遂で終わる例が増えたのも、また日本のコンテンツ会社自体に投資したい、買いたいという話も雲散霧消してしまっているケースもあります。

 私の身の回りですと、日本発のコンテンツで日本の制作スタジオに企画制作の予算を出していた中国のファンドが、製作委員会に事後に予算縮小交渉をしてくるという、ちょっと行儀の悪い話が出てきているのが気になるところです。もちろんこれも潮が戻れば復活するのかもしれませんが、あれば何でも買うので何でも持ってこいといっていた人たち程、ブレーキを踏むときに雑に踏み込むためにいろんなものが壊れるということが今後起きるのではないかと思います。

 一時期は、景気よく払ってくれるので安心していた日本企業も多いのではないかと感じますが、ここにきて支払いを伸ばして来たり、無理を言い始める中国企業が増えたなと思ったら、なるだけ早い段階で「払わなければ仕事しない」「先にモノを入れなければ払わない」というような自衛策をとる以外ないのではと思ったりもします。

 それよりなにより、いまの中国人で経済を回している若い人たちは、ほとんどの人が「不況」というものを知らないのです。それこそ、日本の停滞を尻目にどんどん成長して当たり前、という経済状況でしか生きてこなかった人たちは、ちょうど日本で言う団塊の世代かちょっとその上ぐらいのメンタリティを持っていることが多く、凄く打たれ弱い印象があります。なんかあるとすぐ会社を畳もうとする的な。そういう社会で不況になったとき、いま日本でも持て囃されている中国のシェアリングエコノミーや、胡麻信用のようなディストピア社会が逆回転をしないかどうか、心配でなりません。昨日より良い明日があると思っているから、監視社会を受け入れスコアが下がらないように頑張って秩序維持している中国人も、いざ仕事が無くなり喰えなくなって逸脱する人が都市で増えると、あっという間に社会不安に陥るようにも見受けられます。

 日本のようなバブルの崩壊の仕方はないと言いたい識者も多いと思いますし、私もそうであってほしいと願っているのですが、ただこればっかりは蓋が開いてみないとどうなるか分かりません。中国が共産党一党支配なのに資本主義の操縦を見事にやってのけるのか、思った通り成長しない経済が社会不安を引き起こして国家が分裂するほど大変な混乱に陥ることになるのか。中国との取引で一番の恩恵を被っている日本も、いまでこそ失業率は下がり若い人の雇用も行き届いている状況だったとしても、アベノミクスで建て付けた経済政策など藁ぶき屋根も同然ですから、本当の意味で中国の経済低迷が暴風雨になったときにおそらくは簡単に吹き飛ぶことでしょう。

 中国ざまあと笑っていられないぐらい、日本もまた厳しい情勢に陥る可能性が高いところで、韓国での経済・通貨不安や米中貿易摩擦、ドイツ銀行を中心とする世界金融リスクみたいなものが目白押しになっていて、平和の配当を謳歌してきた私たちもどこまで楽観視してよいのか分からなくなってきたなあ、という思いを強くするのでありました…。

 

やまもといちろうメールマガジン「人間迷路」

Vol.232 先行きが不透明な中国経済の行方を案じつつ、答えが見つからない地方創世の現実やフェイクニュース問題を論じる回
2018年7月26日発行号 目次
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【0. 序文】そろそろ中国の景気が悪くなってきた件について
【1. インシデント1】『リアリズムのある地方創生』を現地で見て萎えるリアル
【2. インシデント2】ネット上の流言飛語・フェイクニュースをどうするか問題
【3. 迷子問答】迷路で迷っている者同士のQ&A

 
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やまもといちろう
個人投資家、作家。1973年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒。東京大学政策ビジョン研究センター客員研究員を経て、情報法制研究所・事務局次長、上席研究員として、社会調査や統計分析にも従事。IT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作に携わる一方、高齢社会研究や時事問題の状況調査も。日経ビジネス、文春オンライン、みんなの介護、こどものミライなど多くの媒体に執筆し「ネットビジネスの終わり(Voice select)」、「情報革命バブルの崩壊 (文春新書)」など著書多数。

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