津田大介
@tsuda

津田大介のメルマガ『メディアの現場』より

チェルノブイリからフクシマへ――東浩紀が語る「福島第一原発観光地化計画」の意義

チェルノブイリから学ぶ

津田:チェルノブイリ取材の成果は、すでに進んでいた「福島第一原発観光地化計画」にどのような影響を与えましたか。

東:人間はそんなに長いこと記憶できない──その重要性を学びましたね。チェルノブイリ博物館はキエフにあるんですが、それも実は福島第一原発の事故が起こるまではあまりお客さんが来ないので、災害博物館みたいに組織を変えようという話があった。つまりチェルノブイリの事故に焦点を当ててもしょうがないんじゃないかという話があったらしいんですね。チェルノブイリですらそうだったわけです。いまはまだ日本では福島第一原発事故の記憶が強烈なので、観光地にするのはとんでもないという意見が多いのはわかります。ですが、いまから10年20年たったあとに、この強烈な記憶をみんながもち続けているのだろうかというと、僕はそう思わないんですね。もちろんそのときでも廃炉は始まっていないし、もしかしたら放射能はタレ流しになっているかもしれない。少なくとも税金が大量に投入されているんだけど何も良くなっていないという悲惨な状況だと思います。しかし、それでも人は忘れてしまうんですよ。お金を使っているのに、忘れてしまう。ウクライナの人たちはそういう点で僕たちより25年先に行っていて、かつ現実をすごくシビアに見ている。だから、入り口が映画だろうがゲームだろうが、チェルノブイリについて関心をもってこれるのであれば何でもいいし、それを逆手にとってツアーや博物館で記憶を受け継いでいこうとしているわけですね。その強い意志をウクライナの人たちから感じたので、僕も日本で同じようなことをやっていきたいなと。記憶を次の時代に伝えるためにはきれいごとを言っているだけではなくて、Tシャツとか短パンで来るような人たちも引きずり込まなきゃいけない。彼らに向けて「ここでこんなに大きな事故を起こったんだよ」と言えるようなタフさが必要だし、ウクライナ人たちからその勇気をもらったと思います。

津田:「観光地化」計画として進めることに迷いがなくなった?

東:そうですね。簡単に言うと、人間というのは楽しいことしかやらないんですよ。喪服を着て、厳しい顔をして、追悼式典に出て「ここに戻らなければいけないんだ」みたいなものでは誰も行かないし、時がたてばみんな忘れてしまう。やはり「学び」というのは「楽しみ」のなかに入れなければ学びとして機能しないし、単にいろいろな人にインタビューをしたり、博物館をつくってもそれがすごい田舎にあったら誰も来ない。「そこに行ったら何かいいことがある」と思わせる必要があるんです。

あともうひとつ、今回の観光ツアーをガイドしてくれたアレクサンドラ・シロタさんはプリピャチ出身で、彼が小学生のときに被災しているんですね。小学生のときのエピソードとともに語られる案内を聞きながらツアーを回る体験は新鮮でしたし、被災者の方からすればツアーガイドをするというのはまさに記憶を伝える行為なんですよね。日本で記録に残すというと、ビデオにとって証言を国会図書館などの大きなところにデジタルでアーカイブ化して、それをいつでも検索できるようにするとか [*30] 、そういうイメージですよね。でも、本当にそれだけでいいのかと。実は「人は人に話したい」わけですから。明確に目的をもってやってきたジャーナリストとか専門家に話すだけじゃなくて、普通に暮らしている物珍しさで来た等身大の人に対して話すことで当事者にとっての癒しになっている部分もある。そういう面で観光ツアーをやるのは被災者の方々の気持ちを考えるうえでも悪い話ではないと思います。

津田:観光地化も、被災者に対するひとつの寄り添い方であるということですか?

東:僕はそう思いますね。

津田:『チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド 思想地図β vol.4-1』の編集責任者として一番見てもらいたい見どころはどこですか。

東:この本は津田さんにもすごく長い原稿を寄せていただいていますし、読み応えはありますが……それと同時に文章を読まなくても、伝わるようなレイアウト、写真の配置といったこともすごく気にかけました。つまり、しっかり読もうと思えばかなり読み応えがあるし、文字もいっぱい詰まっている。しかし、パラパラとめくるだけで「今までと全然違うチェルノブイリがここにある」と思っていただけるはずです。誰でも手にとれる本というのを目指してつくりました。あと、今回ゲンロンではこの本を出版するだけではなくて、「現地に行ってほしい」という思いが強くあるんですね。単にチェルノブイリや福島をネタにしていろいろ議論を戦わせて終了というのではなく、実際に現地に行って感じてみてほしい。実はある旅行会社さんと組んでこの本をきっかけにしたオフィシャルなチェルノブイリ観光ツアーを企画しているところです [*31] 。この本でインタビューされている方々に直接話が聞けるようなツアーにしたいなと。実際にこの本読んでチェルノブイリに行く人が増えて、行った人が現地で何かいろいろ感じて日本に戻ってきて、今度は福島の未来について考える──そんなサイクルがつくれればいいなと思っています。

津田:最後に東さんが考える日本人がチェルノブイリから学ぶべきテーマとはなにか教えてください。

東:福島の事故は唯一無二の事故ではなく、「チェルノブイリの次」の事故だと思うんです。そして、人類はそれでも原子力技術を手放す気がない。となると、これから3つ目、4つ目が重大事故が起こる可能性もあるんです。そのときまでに僕たちはチェルノブイリから何かを学ぶ必要があるし、福島の事故の教訓を次の事故で苦しむ人たちに伝えなければならない。「チェルノブイリはウクライナの事故だ」とか「福島は日本の事故だ」という視点ではダメなんだと思います。だから、僕は福島第一原発の事故について日本人全体が「自分たちが当事者」だと思って世界に向かって記憶をつないでいく──そんな大きなスケールの感覚が必要だと思っています。

津田:なるほど、よくわかりました。今夜は作家・批評家の東浩紀さんにお話を伺いました。ありがとうございました!

 

▼東浩紀(あずま・ひろき)

1971年生まれ。株式会社ゲンロン代表/批評誌「思想地図β」編集長/思想家/作家。専攻は現代思想/情報社会論/サブカルチャー論。2009年に初の小説『クォンタム・ファミリーズ』(新潮社)を発表。三島由紀夫賞受賞。2010年に出版社コンテクチュアズを設立。著書に『存在論的、郵便的』(新潮社)、『動物化するポストモダン』(講談社現代新書)、『一般意志2.0』(講談社)などがある。

株式会社ゲンロン:http://genron.co.jp/

ツイッターID:@hazuma

 

[*1] http://www.j-wave.co.jp/original/jamtheworld/break/

[*2] http://www.tv-asahi.co.jp/ch/contents/news/0003/

[*3] http://fukuichikankoproject.jp/

[*4] http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4907188013/tsudamag-22/

[*5] http://www.traveljunkiejulia.com/touring-chernobyl-photos-25-years-after/

http://www.spiegel.de/international/europe/a-day-trip-with-a-geiger-counter-fukushima-disaster-boosts-chernobyl-tourism-a-758269.html

http://www.telegraph.co.uk/sport/football/competitions/euro-2012/9337123/Nuclear-attraction-England-fans-flock-to-Chernobyl.html

http://ajw.asahi.com/article/behind_news/social_affairs/AJ201302030008

http://www.tripadvisor.jp/LocationPhotos-g294474-d3370334-w5-Chernobyl_TOUR_Day_Trip-Kiev.html

http://continentalbreakfasttravel.wordpress.com/2013/07/08/embracing-dark-tourism-a-day-at-chernobyl/

※ほかにも「Chernobyl」「tourism」という単語で画像検索するとたくさんの記事を見つけることが可能。

[*6] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%83%A7%E3%83%AB%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%96%E3%82%A3%E3%83%AA

[*7] http://www.am-j.or.jp/index2.htm

[*8] http://www.pcf.city.hiroshima.jp/

[*9] http://www.city.nagasaki.lg.jp/peace/japanese/abm/

[*10] http://www.himeyuri.or.jp/

[*11] http://ngo-studytour.jp/about/

http://www.actionman.jp/kaigaibeginner.html

[*12] https://api.safecast.org/ja/bgeigie_imports/12613

http://map.safecast.org/map/30.183344957276258,51.27639894742426,13

[*13] http://okwave.jp/qa/q6738906.html

[*14] http://togetter.com/li/493758

[*15] http://www.chornobylmuseum.kiev.ua/

[*16] https://twitter.com/tsuda/status/322274327313670145

[*17] http://www.tsunamachimitakai.com/pen/2012_10_004.html

http://monoist.atmarkit.co.jp/mn/articles/1201/06/news020.html

http://www.jaero.or.jp/data/02topic/cher25/contribution1.html

[*18] このあたりの複雑性の問題は本メルマガvol.46の記事「政府の原発ゼロ政策はなぜ骨抜きになったのか」で詳しく紹介している。

http://ch.nicovideo.jp/tsuda/blomaga/ar7931

[*19] http://allabout.co.jp/gm/gc/293377/

http://news.livedoor.com/article/detail/7360813/

[*20] https://twitter.com/tsuda/status/365665205088292865

[*21] https://twitter.com/tsuda/status/365665495539666944

[*22] https://twitter.com/tsuda/status/365665859525541889

[*23] https://twitter.com/tsuda/status/365667386256396290

[*24] http://www.asahi.com/international/intro/TKY201212260957.html

[*25] http://stalker.zoo.co.jp/

[*26] http://www.callofduty.com/

[*27] http://www.gsc-game.com/

[*28] http://dic.nicovideo.jp/a/%E8%81%96%E5%9C%B0%E5%B7%A1%E7%A4%BC

[*29] https://twitter.com/tsuda/status/365666263881629697

[*30] http://nagasaki.mapping.jp/p/japan-earthquake.html

[*31] http://fukuichikankoproject.jp/goto_chernobyl.html

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津田大介
ジャーナリスト/メディア・アクティビスト。1973年生まれ。東京都出身。早稲田大学社会科学部卒。早稲田大学大学院政治学研究科ジャーナリズムコース非常勤講師。一般社団法人インターネットユーザー協会代表理事。J-WAVE『JAM THE WORLD』火曜日ナビゲーター。IT・ネットサービスやネットカルチャー、ネットジャーナリズム、著作権問題、コンテンツビジネス論などを専門分野に執筆活動を行う。ネットニュースメディア「ナタリー」の設立・運営にも携わる。主な著書に『Twitter社会論』(洋泉社)、『未来型サバイバル音楽論』(中央公論新社)など。

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