やまもといちろうメルマガ「人間迷路」より

「身の丈」萩生田光一文部科学相の失言が文科行政に問いかけるもの


 実に良くない時期に、望ましくない発言が飛び出して大変な騒ぎになっております。

「身の丈」は「都合に合わせて」 萩生田氏、釈明し謝罪

英語民間試験、政府・与党に延期論 現場「ふざけるな」

 そもそも英語民間試験をやることが大学入試改革の大きな柱になること自体が問題なのですが、一方で教育の機会が地方で貧困である現実が改めて浮き彫りになり、また、それを自民党議員も一応はそれと知りつつも、学習や教育機会の均等には話が進まないままの英語民間試験が期日通り行えなさそうだということに「現場が『ふざけるな』」と言っているあたりに、我が国の教育問題の根深さを知るところであります。

 実際、私の身の回りでもこの問題に深く関与する人物がおるのですが、今回の萩生田さんの失言でもっとも落胆していました。このところ霞が関周りをする機会があり、そのたびにいろんな方々と鉢合わせになるのですが、政治家のスキャンダルや官僚のトラブルが起きるたびにさまざまな噂話や見通しを具にした話の花が咲く一方、今回のような事案が起きますと一段と声が低くなって「これはどうにもならないのだろうか」という鳩首会談が始まるのが常であります。

 問題は、やはりいまの日本の教育は良い大学に入学することに各大学、予備校、教育機関が横並びとなり、東京大学、京都大学など旧帝大や国立大医学部に入れる人数で一喜一憂している非常に硬直化した評価システムになってしまっている点に多くの問題があります。

 それは、学校教育で求められているものが大学試験に出て合格しやすくなるための知識に偏重していることにあり、また、大学の入学に関係のない学問や知識はまるで社会で必要とされていないかのような取り扱いをされることに課題を感じるということです。確かに、私の人生においても先生が「ここは試験に出るぞ」と言われれば俄然クラスの授業風景がピリッとしてノートを取り出す連中が出る経験は何度もしました。斯く言う私もそういう人種であり、また、うまく試験に出そうなことを他人からコピーして頂戴してきた授業ノートに線を引き一夜漬けで重要なところだけガッツリ記憶して試験に臨み無事にバーをクリアするという要領の良さでやってきた部分もあります。

 これらのテクニックは良かれ悪しかれ教育の現場には共通するものではあるのでしょうが、社会全体で教育を考え、教育を通して子どもが社会でやっていけるスキルと知識を身に付けることを目的とするならば、いまの大学受験を頂点とした初等中等教育はさすがに時代錯誤の謗りをまぬかれ得ないのかもしれません。

 もちろん、私も私なりに頑張ってきたわけですけれども、やっぱりうまくここは切り抜けようとか、要領よく少ない労力でうまいことやろうという発想もないわけではないんですよね。それが大人になってさらに知恵がついた結果、他の人よりも楽で多くの成果が得られる仕事を摘まんでいくという生き抜くスキルになってしまっている面もあるかなと我ながら赤面するのですが。

 翻って、昨今のPC一人一台の教育とは何かという話は、主にベンダー発の話としてさまざまでてきている部分はあります。広告記事ではありますが、このあたりの記事を読むと教育産業とICT化の関係は非常にゆるぎない熱いものとして捉えられていることが良く分かるのですが、出てくるキーワードを細かく見ていくと、実に見事に「柴山プラン」や「未来の教室」といった日本の文部科学行政の指し示す道と「教育ログ」を引っ張り出すPC「一人一台」というインフラに対するカネの匂いを嗅ぎ付けている部分は無きにしも非ずです。

次世代の教育現場とは? 「柴山プラン」「未来の教室ビジョン」が目指すもの

 もちろん、こういうことも必要なんですよね。

 ただ、学校教育の現場で、かつては学校教員になりたい人は5倍6倍という競争を勝ち抜いて教師になっていたものが、いまでは1.2倍程度、実質的には希望すれば教師になれるほどに人気のない職場になってしまいました。『ブラック部活動』の例を取るまでもなく、少子化が進み親の学校への介入が時としてモンスター的である状況が知られるにつれ、だんだんと教師という仕事が尊敬をされない、魅力のない仕事に若い人からは映るようになったのかもしれません。

 そんな学校教育の現場で、英語教育の必要性や、ICT分野のリテラシー向上と言われても、いまの教師の能力の良し悪しのベクトルのうえに英語スキルもプログラミング能力もアクティブラーニングのモデレーターとしての才能も必要とされてこなかったわけです。笑えない逸話として、英語の喋れない英語教師が量産された日本の戦後教育で、人員不足となり柔道部出身の体育教師が高校受験生に中学数学を教えているという実情もあったりします。明らかに世間的に必要とされているスキルと、学校の教育現場で教員が教えられる内容との間に開きがあり、もはやにっちもさっちもいかないぐらい、どんなに頑張っても子ども・生徒のためにならない状況になっているのではないかという話も出るわけです。

 それでも、諸外国に比べれば、世界的な学力に関してそう遜色のない成果を挙げているので、日本の初等中等教育は悪くないのだ、という議論があります。もちろん、実際に海外に行ってみると、まあ私も子どもを海外で教育受けさせようか悩んでいろいろ海外を見て回った甘酸っぱい経験もあるわけですが、どこの国も似たり寄ったり、あまり芳しくない駄目な感じの教育環境で少ない予算をやりくりしながら教師が志を持って子どもたちと接している場面を見ます。悲しいけど、公教育において子どもを育てるというのは持てる誇りの割に能力が追い付かない悲しい職業なのだということに気づかされます。何といっても、専業の教師ほど社会の現実からは切り離されざるを得ないので、ベテランになればなるほど子どもの教育には詳しいけど世間一般の常識を欠いていくことになるのかもしれず、その辺は世界共通なのだなあと思うわけであります。

 そのような中で、教育ログを取り一人一台PCを配り学習成果を図っていくぞという次の時代に相応しい教育の在り方は置き去りになります。そして、萩生田大臣がいみじくも語ってしまったように地域で学ぶ子どもたちは英語に触れる機会が少なくて不利というもっともな主張に対して身の丈であると言ってしまうあたりは、残念ながら大臣としての資質というよりもそれは仕方がないのだという現実を言い表しているからこそ、心当たりのある人たちほど声を大にしていうのではないかと思うのです。

 これはもう、どうにもならないのですよ。本当に、どうにもなりません。
 どうにもならないことを、責任ある立場の大臣が「どうにもならない」と言ってしまった現状は、確かに大変な失言ではあるけれども「それはそうだよなあ」と私なんかは思ってしまいます。

 大学入試改革そのものが、どうにもならないのかもしれませんが。
 

やまもといちろうメールマガジン「人間迷路」

Vol.278 萩生田文科相の「身の丈」発言、公取委が目論む「Cookie規制」、SNSにおける政治広告の扱い、等々を考える回
2019年10月31日発行号 目次
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【0. 序文】「身の丈」萩生田光一文部科学相の失言が文科行政に問いかけるもの
【1. インシデント1】個人に関する情報を巡る各国の争いに、日本が取るべき道は何か
【2. インシデント2】条件を満たせば虚偽情報を含む広告が許される時代
【3. 迷子問答】迷路で迷っている者同士のQ&A

 
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やまもといちろう
個人投資家、作家。1973年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒。サイバーインテリジェンス研究所統計技術主幹など歴任。IT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作に携わる一方、高齢社会研究や時事問題の状況調査も。日経ビジネス、文春オンライン、みんなの介護、こどものミライなど多くの媒体に執筆し「ネットビジネスの終わり(Voice select)」、「情報革命バブルの崩壊 (文春新書)」など著書多数。

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