やまもといちろうメルマガ「人間迷路」より

FATF勧告でマネーロンダリング日本不合格の後始末


 昨今最高に揉めている一件がこの「FATF勧告で日本は不合格に値する重点フォローアップ国にランク付けされる」という話でありまして、これは端的に言えば、日本のアンチマネーロンダリング(資金洗浄)やテロ資金供与対策のことです。

 報じられている内容はあくまで2018年時点でFATF参加国の相互検証において適格なこれらのAML/CFT対策が取られていたかということなのですが、その後、日本では次々に違法な犯罪収益移転の疑いのある資金流出が明らかになっており、19年にはアメリカ通貨監督庁(OCC)から三菱UFJ銀行が名指しでアンチマネーロンダリングの対策を徹底するよう要望を出されて、一定の合意をさせられるという事態にまで発展しました。

 三菱UFJ銀行の名誉のために言うならば、一定の見せしめ的アプローチはある一方で、足利銀行ほか北朝鮮方面にゆかりの深い貸出先をみだりに取引停止にすることもむつかしいという手足を縛られた状況でマネロン取引を認定され往生しているという面もあります。

三菱UFJ、マネロン対策の改善へ 米当局と合意

 また、一般論として一口に「高リスク地域」と言われてもそれがどこの誰で何のことなのか知らなければ対策の取りようがなく、現行の犯罪収益移転防止法においては特定取引に類する行為に対して取引時確認を行うというKYC基準があったとしても「何を持って不適切な取引として確認するか」は闇の中です。

 そこへきて20年、みんなご存じ「ドコモ口座事件」が勃発しました。

 正直大変なことだと思うのですが、何が大変だってドコモ口座との決済だったら取引時確認はオールオッケーでしょーと思っていたら、実務上何の瑕疵もないにも関わらず「実は犯罪行為に手を染めている口座でした」という事例が乱発され、そこからさらに暗号資産など足のつきにくい国際兌換性のある資産に両替され、為替取引として大手を振って海外に資金が流出してしまったのですから大変なことです。

 繰り返しになりますが、日本が不合格判定を出された調査は2018年に行われたもの、これらドコモ口座の事件などは2020年に起きたことですので、我が国のマネロン対策は概ねほとんど前進していないと他国から酷評されても仕方がない面もあるのでしょう。

 そこからさらにPayPay問題やセブン銀行問題など次々と問題が続発しているわけですが、その多くは(確認された不正な資金流出という意味で)地方銀行や信用金庫など、日本の地方の金融機関が狙い撃ちにされ、さらにそこで不正に乗っ取られた口座が金融機関側の気づくことのないうちに資金洗浄の踏み台にされる、という典型的な事例になっているのが特徴です。

「ドコモ口座」で相次ぐ不正出金、なぜ地銀だけが狙われた? 専門家の見解は

 そしておそらくこの問題は現在進行形で犯罪収益の移転に使う踏み台・窓口としていまなお使われているだけでなく、国内で活動する適切ではない行為に手を染める人々の情報交換の掲示板などで有償で売買されています。地方銀行の特定の支店の口座所有者が94歳福井県在住なのにバイナンス経由でウクライナの金融機関に向けてスクラッチ決済をしているとか凄まじいことが実例として起きているわけですが、実務上はKYCは通ってしまいます。

 それゆえに、一口に犯罪対策のための情報のシェアが大事だと全銀協から言われてもそもそもその金融機関には犯罪対策のための情報そのものが保有されておらず、チェック対象となる元リスト(ホワイトリスト)にリーチできてませんということであれば、当然ながら対策を打ってもザルでしかありません。

 別のネット銀行ではホワイトリストの取扱間違いから口座凍結が頻発してしまう事例がある一方、国内での取引で使われるクレジットカードの与信情報は台湾やインドなどで日本人の情報が管理され、ほとんど無法地帯になっている割にクレジットカード会社側が日本政府のヒヤリング依頼に応じないという事態にまで発展しているため、かなり原始的な状況にまで商取引を戻してゼロベースでマネロン対策をやらなければならないのではないか、というところまで来ています。

 一連のAML/CFT対策にあたっては、金融庁も対策ガイドラインを出して金融機関に遺漏ない運用を求めているところなのですが、取引時確認で名寄せされたデータ群との照合を行って疑わしい取引を炙り出すというのは水際のことで、実際には取引時確認するころには金融機関側で口座を乗っ取られている場合がほとんどで、いわゆるツーストライクアウトで犯罪組織の側も口座をどんどん使い捨ててこられるとどうしようもありません。

 また、日本はかつて金融機関が預金を集めるために競って口座開設を顧客に促して定期預金を積ませた歴史があり、すでに定期預金も満期になって資金も引き出された休眠口座が多数現存している状況で「マネロン対策をします」と言われても前述のようにいちからシステムを組み直さなければならない状況になっています。

 そして、これらのマネロン対策のための電子化、基幹システム投資についてはもはや一部の地方銀行など零細金融機関にはシステム改修を行えるだけの原資が残されていません。地域ごとのゴミ箱銀行化も含めた金融機関の統廃合も進めていかなければならない状況であることに間違いはなく、金融庁だけでなく警視庁・警察庁の情報も総合しながら一体となって対処しようにもその動きを稼働させるためにはかなりの間があります。

 国際的取引でも、フィンテックの活用や国際的取り組みのなかで違法資金の情報を総合的に名寄せする仕組みを使いましょうという話をするわけなんですが、今度はプライバシーの側、とりわけ「分析されない権利」のような、金融機関が自分自身の情報をどのように利用しているのか明示する必要があります。

Stocktake on Data Pooling, Collaborative Analytics and Data Protection

 同様に、昨今為替決済や証券取引などでも頻繁にトラブルになる「反社会的勢力としての認定」の部分で大きな課題を残しています。そもそも、マネーロンダリング対策というのは犯罪組織やテロを行う可能性のある国家への資金提供を断つために金融機関に対してKYCなど所定の実務上の確認事項を厳格に行うよう求めるものです。

 ところが、実際にはこの犯罪組織とはなんであるのか、犯罪やテロに関連する恐れのある個人とは誰で、どのような口座でいかなる資産を保有しているのか、実際には誰にもはっきりとは分からないのが問題です。さらには、これらの取引が問題だと言ったところで、では誰がアウトなのか、どうクロなのかという情報を「共有」しようという話になると、今度はその隅々まで行き渡ったブラックリストなどが犯罪組織の側に漏れ、そこを回避する手段を与えることになり本末転倒です。

 「じゃあ誰が反社なのよ?」は致命的な問題で、おまえは反社だと言われたら、銀行口座も持てないしローンどころか電子決済も許されない、ほとんどヒトとしての権利を喪失する状態になる一方で、実際には摘発されたわけでも起訴されたわけでもない、別にパクられていない一般人であることを考えると「彼は反社だ」「企業舎弟だ」という定義がある程度厳格でない限りはまともに取引もできないであろうことを意味するのです。

 個人情報と社会的信用の枠内で見た場合、国際的なブラックリストや共有情報の枠組みを作るにしてもどう運用するのか、その人の情報を訂正するにはどういう座組であるべきかという面は人権を守ったり、間違った情報で不当に日常生活に不便を強いられることのないような仕組みを構築する必要があります。

 本来であれば、この先にCBDC(中央銀行デジタル通貨;暗号資産に該当しない)の議論へと展開していくのですが、日本では現状ではそれ以前のところで資金洗浄の歯止めがかかっていない国という扱いになっているので、議論としてはどうしても国際的に周回遅れにならざるを得ないんだよなあというのが悩ましいところです。

 一連の流れでも、個人情報の利活用を政府がどうするのかという際に、治安対策として本当にこの流れで使ってよいものなのかどうかは充分に検討しなければならないのではないか、と思っています。
 

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Vol.Vol.341 マネロン天国ニッポンからの脱却を考えつつ、五輪が生んだ「HARUMI FLAG」住民訴訟の行方や深刻化する国家レベルのサイバー脅威問題を論じる回
2021年8月2日発行号 目次
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【0. 序文】FATF勧告でマネーロンダリング日本不合格の後始末
【1. インシデント1】厄介な話に発展した五輪の後始末「HARUMI FLAG」住民訴訟の行方
【2. インシデント2】国家レベルのサイバー脅威が日毎に増加しつつある件
【3. 迷子問答】迷路で迷っている者同士のQ&A

 
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やまもといちろう
個人投資家、作家。1973年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒。東京大学政策ビジョン研究センター客員研究員を経て、情報法制研究所・事務局次長、上席研究員として、社会調査や統計分析にも従事。IT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作に携わる一方、高齢社会研究や時事問題の状況調査も。日経ビジネス、文春オンライン、みんなの介護、こどものミライなど多くの媒体に執筆し「ネットビジネスの終わり(Voice select)」、「情報革命バブルの崩壊 (文春新書)」など著書多数。

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