やまもといちろうメルマガ「人間迷路」より

「病む田舎」の象徴となるような事件が多いなあという話


 もちろん凄惨な事件もすべては確率の問題であって、人口が少なく事件も多くない地方からすれば殺人も目立つという意味合いはあるのかもしれませんが。

 土佐市の一件は典型的な地方あるあるだなあと思っていたら、今度は警察官の方2名も殉職され、通りかかったご婦人2名と計4名も亡くなってしまう事件が起きました。

土佐市移住者カフェ「ニールマーレ」のSNS炎上に見る“地方町おこし”のリアル

《長野立てこもり4人死亡》「中学では正義のヒーロー、大学中退後は実家のジェラート屋で頑張ってたのに…」青木政憲容疑者(31)が4丁の銃とサバイバルナイフで“闇落ち”した背景事情

 個人的には、流動性のない閉塞した人間関係で行き詰まった人たちや、誰からも掣肘を受けることなく好き放題地元を振り回す原住民の問題は相似形じゃないのかと常々思っています。私が福島の仕事をしていたのは少し過去のことになりましたが、個人的には楽しく取り組ませていただいたとはいえ、現地にずっと張り付いている都会暮らしに慣れたサポートメンバーは30人ぐらいいたけど全員定着しなかったなあというのが甘酸っぱい思い出です。

 みんな、綺麗事として「これからは地方から盛り上げる」みたいな毛沢東的な表現をされます。イノベーションのような革命は地方から起きるのだ、と。しかし、地方で仕事をしていると強く感じるのは、災害が起きても自力では復興できない、第三者がカンフル剤なりミルク補給なりをしないと自分たちで生きていくことのできない疲弊した田舎の惨状です。

 良いとか悪いとかではなく、インフラに打撃が来た、サプライチェーンが寸断されたという災害を受けた地方は悲惨ですし不幸ですが、そこに暮らす人たちのレジリエンスというか復活する能力が乏しければ中央からの支援なしに立ち直ることのできない問題はどうしてもあると思います。地方経済の衰退と言っても、地域に人が住んでいなければ何をしたって経済は衰退するし、そこに住む子どもが育ち、地域の産業を支えるローテーションが上手く回らないで都会に出てきてしまえば年寄りだけの社会になってしまうのもまた事実です。

 一度、高齢化が進み地域の人たちが流動性なくその場で毎年一個ずつ歳を取っていく暮らしになってしまうと、新しい人たちや試みを受け入れることができなくなるのは自明です。いや、やれといっても無理だと思うんですよね、正直。そこへ、中野市たてこもり容疑者のように期待を背負って東京の大学に出てきてみたけれど、人間関係を上手く構築できず中退して舞い戻ってきたというバックグラウンドを見ると、私の同年代で同じように「せっかく慶應義塾にまでやってきたのに通い切れずやめていった級友」を思い出します。共通しているのは地元の人たちからの過剰すぎる期待と東京での孤独感だったように思います。私もなるだけ彼らとは話していたはずなんですけど、ふっと下宿からいなくなってしまい、あいつどうしたというと地元に夏休み帰ったまま東京にはもう戻らないと言っている、なんてね。大学来いよってんで、週末友達と鹿児島まで迎えに行ったりしていましたが、結果はまあ残念なことでした。

 そういうルートを外れた人たちも受け入れられる地域社会であってほしい、というのは本当の意味で、悲しいぐらいただの綺麗事だと思います。いや、いうだけなら簡単なんですよ。ただ、人間ですから、周囲から見ればどんなに恵まれた環境にいたはずなのにと羨まれても、本人からすると牢獄のようなものでどんどんドツボにハマっていくってのもまたあろうかと。背中をたたき合って「せめて一緒に大学卒業しようぜ」といっても四六時中ずっと一緒にいられるわけでもないし、いきなり自殺されたりもする。周りも何であいつがとなるけど「相談もされなかったなあ、先週二度も飲んだのに」ってのは生き残った側も心に来ます。

 自殺も事件も、また移住者カフェの問題も、私からすると言葉ばかりの多様性や、できるやつが考えた社会の包摂の至らなさが原因の一つなんだと思うんですよね。やけくそになったやつが、なんか周りにいる馬鹿どもの悪口に耐えられない、からの凶行って典型的だろうと。承認欲求が強いわけでもない、最低限そこに生きていて適切な配慮や敬意が欲しいというだけのケースもあれば、自分は本当はこんなレベルではないのだ、いま燻っているのは社会が悪いのだという不定愁訴みたいなのもまたひとつの生きづらさの形であって、これを一人ひとりに合わせて社会がどうにかできるほど世の中は上手くできていないというだけなんじゃなかろうかと。

 最近だととみに「上場目指して出資集めて頑張ってきたけどどうにもならず、最終的に夢をあきらめて会社を畳む経営者」にいかれたやつらがいます。数年前まで福岡だ京都だ札幌だとベンチャー界隈のイベントに出てその界隈の著名人と夜遅くまで酒飲んでウェーイという写真を送ってきて、私の血圧を上げていたけれど、結局何物にもなれなかったことを悟って旗を畳んで撤収する人間の機微ってやつですよ。これから履歴書を書いてどこかに雇ってもらう人生が始まるというのに、俺がやったのは時代が早かったとか、部下や技術者に恵まれなかったとか、そういう管を巻くやつの精神状態に誰も同情せず話も聞かない。

 むかしから、レールを外れても生きていける社会にと綺麗事をいいやがる連中は、この辺のどうしようもない負け組や、勝てる環境にいたのに精神的に失調してどうにもならなかったやつらとどう向き合うつもりなんでしょうかね。
 

やまもといちろうメールマガジン「人間迷路」

Vol.406 今の地方の現状を象徴するような事件や経済の疲弊に心を痛めつつ、マイナンバーカード施策の迷走にツッコミを入れたりする回
2023年5月29日発行号 目次
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【0. 序文】「病む田舎」の象徴となるような事件が多いなあという話
【1. インシデント1】崩壊する酪農と農協が地方金融に危機をもたらす
【2. インシデント2】我が国のDX戦略がちょっと大変そうに見える件
【3. 迷子問答】迷路で迷っている者同士のQ&A

 
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やまもといちろう
個人投資家、作家。1973年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒。東京大学政策ビジョン研究センター客員研究員を経て、情報法制研究所・事務局次長、上席研究員として、社会調査や統計分析にも従事。IT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作に携わる一方、高齢社会研究や時事問題の状況調査も。日経ビジネス、文春オンライン、みんなの介護、こどものミライなど多くの媒体に執筆し「ネットビジネスの終わり(Voice select)」、「情報革命バブルの崩壊 (文春新書)」など著書多数。

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