やまもといちろうメルマガ「人間迷路」より

高市早苗さんがいきなり取り組む「給付付き税額控除」とかいう修羅場&いばらの道の是非


 2025年10月4日、自民党総裁選挙で高市早苗さんが第29代総裁に選出され、初の女性総裁が誕生しました。一時はどうなることかと思いましたが、まずは無事着地したようで良かったです。公明党さんは離れてしまい、これいったいどうするんだといったところですが…。

 で、高市新総裁は就任会見で「給付付き税額控除」について言及し、党内での議論開始を指示しました。社会保険料の逆進性を考えると最もメリットがあり、中所得層や低所得層を応援する方法だと述べています。この制度は減税と給付を組み合わせた仕組みですが、一体どのような背景から注目されているのか、かなり玉石混交の政策論が乱舞してしまっております。まずは整理を、と思いますが、そもそも高市さんが何をしたくてこの給付付き税額控除と仰っているのか政策の道筋の整理がかなり必要なのではないかとも思っています。

 で、いわずもがなですが、現在の日本の税制では、所得税を計算する際に「所得控除」という仕組みが使われています。いま多くの国民やマスコミが「所得控除」の仕組みをちゃんと理解していない節があって、そこから始めないといけないのが大変な難点になっています。例えば、基礎控除は2025年現在、原則として95万円が設定されており、この金額が課税対象となる所得から差し引かれます。一見すると公平な制度に思えますが、実は大きな問題を抱えています。所得控除は、控除額に税率を掛けた金額が減税額になるため、所得の上のほうでは高い税率が適用される高所得者ほど減税額が大きくなってしまうのです。これは「所得控除」という税金の仕組みそのものが抱える大きな問題点で、皆さんすごく議論してきましたけど、なかなか… といったところです。

 具体的に制度を見ていくと、年収400万円で税率5%の人と、年収1000万円で税率20%の人を比較して同じ10万円の所得控除を受けた場合、前者は5000円の減税になりますが、後者は2万円の減税になります。つまり、より支援が必要な低所得者ほど減税の恩恵が小さく、余裕のある高所得者ほど大きな恩恵を受けるという、逆転現象が起きてしまうので、年収の壁も含めて「所得控除」をいろいろいじっても、物価高で暮らしていけないよという働く低所得層ほど恩恵が少ないというのが実態になるわけです。

 さらに深刻な問題は、所得が非常に低く、そもそも所得税を納めていない人には、所得控除の拡大による減税の効果がまったく及ばないという点です。そういうやつは社会のお荷物なんだよと元祖アベノミクスではずっと切り捨てられてきた層ですが、しかし、中には出産で一時的に離職したりとか、不慮の事故や重病で当面働けなくなったとか、人間人生にはいろいろあって、本人の責とは言えないのに所得が減ってしまい生活保護になっちゃう人だっていらっしゃいます。こうした非課税世帯への支援として、政府はこれまで臨時的な給付金を繰り返し支給してはきました。ところが現在の所得税・住民税の制度では、年金生活者は控除額が大きいため課税対象になりにくい一方、働く現役世帯は課税されやすい構造になっています。

 旧来の考え方では、トリクルダウンなんだから経済政策を上からワイン注ぐからお前は黙って働けとやっていたのに、ワインは上層部の資本家ばかりが膨らんで働く人たちはゾウの尻尾から脱することができないという状況になってしまいます。その結果、所得制限付きの現金給付を実施すると、対象の多くが給付はいるかもしれないけど生産性はほとんどない高齢者が主体になってしまいます。残念。つまりは「低所得層支援を掲げて繰り返す住民税非課税世帯へのバラマキは大半が裕福な高齢者に届き、格差を拡大する」という指摘もあります。

 2025年度の税制改正では、課税最低限を160万円に引き上げることが決まりましたが、その際に採用されたのが「逓減型所得控除」という複雑な仕組みでした。これは、限界税率が高い人ほど基礎控除の引上げ幅を小さくすることで、高所得世帯への減税を抑えようとするものです。しかし、納税者にとって非常に分かりにくい制度となってしまい、新たな課題を生んでいます。まあワイが見ても何だこの分かりにくい制度、って感じでしたから、むべなるかな。

 もう一つの大きな問題が「社会保険の壁」です。悩ましいのは「制度上、壁はあって当然」なんだけど、国民経済からすればさすがに不公平じゃねえのという仕組みが長年にわたって温存されてきてしまった、ということでもあります。特に、パートタイム労働者などが年収106万円以上になると、厚生年金や健康保険への加入義務が生じ、社会保険料の負担が発生します。どうしてこうなった。将来の年金が増えるというメリットはありますが、目先の手取り額は減少してしまいます。

 現行制度では、年収105万円で社会保険未加入の時と同額の手取りを確保するには、年収124万円以上を稼ぐ必要があります。このため、多くの短時間労働者が社会保険加入を避けるために労働時間を抑える「働き控え」という現象が起きています。もちろん、私なんかはマッチョですから、なんで105万円で押さえるねん、124万円と言わずもっと頑張ってキリキリ働いて稼いで納税しろやとか思ってしまいますが、どうも日本全体では私のような考えは少数派のようで、多くの国民が「20万円も壁があるなら働きたくないでござる」の方向にいくようなのです。何してんだおまえ。しかし、大事な有権者の皆さまのお考えですから尊重するほかなく、また、企業にとっても人手不足の中で労働力を十分に活用できず、日本経済全体の生産性向上の妨げにもなっています。

 こうした問題を一挙に解決する可能性を持つのが「社会保険料還付付き税額控除」です。この制度の基本的な仕組みは、すべての納税者に一律の税額控除を付与し、税額控除額が所得税額を上回る場合には、その差額を労働所得に係る社会保険料の範囲内で現金給付するというものです。

 制度論的には切り札のひとつとされていて、例えば、一人あたり5.65万円の税額控除が導入されたとします。年収500万円で所得税額が10万円の人は、10万円から5.65万円が差し引かれ、実際に納める税金は4.35万円になります。一方、年収200万円で所得税額が2万円の人は、まず2万円が全額控除されて納税額はゼロになり、さらに控除しきれなかった3.65万円について、その人が支払った社会保険料の範囲内で現金給付を受けられます。被用者保険に加入している人であれば、少なくとも年14万円程度の社会保険料を負担しているため、この3.65万円の給付を確実に受けることができます。これであれば、本来給付を求める「働く低所得者」に効果的にカネが落ちてくるという仕組みは一応実現できます。

 この仕組みの優れた点は、労働所得に係る社会保険料の範囲内という限定をつけることで、現役世帯を中心に支援を届けられることです。主に年金や資産所得で生活している人は、労働所得に係る社会保険料がないため給付を受けられません。ざまあ。これにより、資産所得も含めた所得の正確な把握という困難な課題をクリアしなくても、働く現役世帯に的を絞った支援が可能になります。

 また、年末調整や確定申告のタイミングで控除と給付を行うため、既存の徴税インフラを活用でき、事務負担を最小限に抑えられます。ついでに国税庁・税制度もDX化が推進されていることもあって、年末調整時に従業員への給付は事業主を通じて行い、全従業員の源泉所得税の総額がマイナスになった事業主には、税務署から給付を行うという流れですから、仕組みさえ確立してしまえば手離れは悪くありません。特に、確定申告を行う人も、申告時に自動的に計算されて還付されるため、別途申請手続きは不要です。

 言い出しっぺのひとつである大和総研の試算によれば、所得税の基礎控除を廃止して5.65万円の社会保険料還付付き税額控除を新設した場合、課税最低限は178万円となり、所得税の増税分と給付分がそれぞれ年0.7兆円となって、財政中立で実施できることが分かっています。まあ、計算上はね。ただ、基礎控除を廃止することで、年収が比較的高い層からは増税になりガッデムではありますが、その財源で低所得層への給付を賄えるため、追加の財政負担なしに格差是正が図れることになります。もちろん、概ね年収約1,020万円以上の都心部在住パワーカポーにとっては都市部で暮らす高い物価やお家賃の伸びに見合う可処分所得が得られる可能性が減ることを意味しますから、これでいいのかと問われると「うるせえ我慢しろ」としか言えないのが難点です。

 他方で、社会保険の壁への効果も期待できます。基礎控除全額を5.65万円の税額控除とした場合、社会保険加入前と同額の手取りを確保するために必要な年収は120万円まで下がります。6.9万円の税額控除にすれば118万円まで下がります。現行の124万円と比べると、社会保険に加入して手取りを増やすためのハードルが大きく下がり、働き控えの抑制と社会保険への加入推進につながることが見込まれます。

 当然ながら、大きな課題もあります。最も大きいのは財源の確保です。財政中立にするためには基礎控除の全額廃止が必要ですが、そうすると平均的な給与である年収500万円の人もビッグな増税になってしまいます。いくつかやっている試算では、概ね年収500万円の人は年1.3万円の増税です。「そのぐらい我慢しろ」って言われそうな気がしますが、月千円、ランチ代節約でやり繰りしろと言わんばかりの施策ですから、ここでいう中間層の負担感をどう抑えるかが重要なポイントになります。

 また、制度の複雑さや不正受給のリスクも指摘されています。もっぱら海外では所得を低く申告するなどの不正受給が問題になったケースもあります。ただし、社会保険料の範囲内という限定をつけることで、完全な給付付き税額控除よりは不正のリスクを抑えられると考えられます。まあ、どうやっても所得を低く抑えて税額を安く抑えたいのは人情ですからな、はっはっは。

 日本の家計における税・社会保険料の負担を国際比較すると、低所得者の負担が重い一方、高所得者の負担は比較的軽い水準にあることが分かっています。格差縮小や負担調整の観点からも、この制度は検討に値するでしょう。ついでに金融所得への課税強化も謳われていますが、高市早苗政権でそんな大掛かりな税制リフォームをやろうとして、できなかったときのリスクって割とビッグじゃね? という感じは致します。

 どうなるかはさっぱり分かりませんが、やれってことならまあやるかということでアイデア出しや出たアイデアがどう着地するのかのシナリオ作りに奔走させられる年末になりそうですが、超絶ご祝儀相場で多くの国民有権者からの期待を集める高市新総裁のもとで、2026年度税制改正に向けて給付付き税額控除の議論が本格化すると予想されます。現役世帯の負担軽減、働き控えの解消、格差是正という日本が直面する複数の課題を同時に解決する可能性を持つ社会保険料還付付き税額控除が、どのような形で制度設計されるのか、注目せざるを得ません。

 最後は何となく耳障りの良い感じでの制度着地で「えいや」の方針が決まり、野党にいる米山隆一師匠あたりに国会で超絶ぶん殴られて野党案修正を飲まされそうな気がしてなりませんが、まあ私のせいじゃないんでそこはまあ許してください少数与党なのが悪いんです。
 

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Vol.492 高市さんの掲げる「給付付き税額控除」をあれこれ思案しつつ、日本のアニメ産業の行く末や回収不能になっても不思議じゃないOpenAIの動向を懸念する回
2025年10月28日発行号 目次
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【0. 序文】高市早苗さんがいきなり取り組む「給付付き税額控除」とかいう修羅場&いばらの道の是非
【告知】10月29日、JILISコロキウムで『アニメ制作業界が世界で戦うために本当に必要な政策と支援について』を開催します
【1. インシデント1】国際競争力を問われる日本のアニメ産業のこれから
【2. インシデント2】OpenAIの攻勢が全方位に広がりすぎて気になるという話
【3. 迷子問答】迷路で迷っている者同士のQ&A

 
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やまもといちろう
個人投資家、作家。1973年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒。東京大学政策ビジョン研究センター客員研究員を経て、情報法制研究所・事務局次長、上席研究員として、社会調査や統計分析にも従事。IT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作に携わる一方、高齢社会研究や時事問題の状況調査も。日経ビジネス、文春オンライン、みんなの介護、こどものミライなど多くの媒体に執筆し「ネットビジネスの終わり(Voice select)」、「情報革命バブルの崩壊 (文春新書)」など著書多数。

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