※メールマガジン「小寺・西田の金曜ランチビュッフェ」2015年12月4日 Vol.060 <忘年会よろしくね号>より
コンシューマにおいて、カメラやテレビは着々と4K対応が進んでいる。一方で放送は、今年7月に公開されたロードマップによれば、今年3月から124/128度CSにおいて、試験放送から実用放送(本放送)に移っており、ケーブルテレビでもVODは実用放送に入っている。さらに来年のリオデジャネイロ・オリンピックでは、BSで4Kと8Kの試験放送が行われる予定になっている。
・4K・8Kロードマップに関するフォローアップ会合 第二次中間報告 概要
http://www.soumu.go.jp/main_content/000370905.pdf
その陰で、これまで4K/8Kを推進してきた次世代放送推進フォーラム(NexTV-F)では、同フォーラム主体で行ってきた4K試験放送「Channel 4K」を来年3月に終了させる。
・K試験放送のChannel 4K、'16年3月31日に終了。「試験放送の役割果たした」
http://av.watch.impress.co.jp/docs/news/20151127_732594.html
本放送が始まれば、試験放送は立ちのくのが筋である。ただNexTV-Fは、これからの4K/8K放送の様々なルール整備を行なうため、今後も機能し続けることになる。
ところがちょっとキナ臭い話が聞こえてきた。NexTV-F内で次世代放送の技術仕様を検討しているワーキンググループで、今後の4K/8KではCMスキップの禁止や、録画そのものを禁止する、いわゆるネバーコピーの仕様が検討されているという。
CMスキップをめぐる紆余曲折
CMスキップと録画禁止は、段階的に繋がった話である。そもそもCMをスキップするためには、まず録画されていなければならないからだ。現在DVDやBlu-layでは、ワーニングやロゴといった部分でスキップ禁止を実装している。録画後のCMスキップ禁止は、ユーザーが操作しても動作しないというイメージだろう。
そもそもCMスキップ機能の是非をめぐっては、VHS時代にまでさかのぼる。1990年に三菱電機が、初のCMカット(CM部分を録画しない)機能を搭載した。他社からも同様の機能を持った機器が出たはずである。CMカットではなく、録画はするが再生時にCMだけ早送りする、CMスキップ機能を搭載したものもあった。
一方でデジタル時代になると、CMカット機能は下火となり、CMスキップ機能が主流になっていった。すなわち録画はするものの、CM入りと終わりのポイントでチャプターを生成し、再生時にCMを自動的に飛ばすといった機能だ。
2004年には、当時の日本民間放送連盟会長(フジテレビジョン)であった日枝久氏が、「DVD録画再生機を使ってCMや見たくない場面を飛ばして番組を録画・再生することが、著作権法に違反する可能性もある」と発言、物議を醸し出した。ソースは朝日新聞だが、民放連オフィシャルサイトでは、
「放送局は、放送番組の著作権と著作隣接権を有しており、放送されたものと、録画されたものが同一であることを求めたい。したがって、録画する際に、機械がCMを自動的に飛ばし、放送内容と変えてしまうことは、いかがなものかという意見もある。いずれにせよ委員会で検討し議論を深めたい。”(2004/11/12 社団法人 日本民間放送連盟オフィシャルサイト内、「民放連会長<定例記者会見>概要」より一部引用)」
となっている。時は流れて2010年、これも当時の民放連会長広瀬道貞氏(テレビ朝日)も記者会見の中で、「録画機能内蔵のテレビで、CMを自動的に飛ばして再生する機能を宣伝しているものがある。本編とCMをひとつのものと考える民放のビジネスモデルと対立する」として、CMスキップを問題視する発言している。
これを受けて三菱電機と東芝が、2011年春からCM自動スキップ機能は搭載しないということで大筋合意と報道された。これ以降、CMスキップ機能を前面に唄うことはなくなったが、実際には自動ではスキップしないまでも、チャプターが打たれていることには変わりないので、ユーザーが手動でスキップすることはできる。
・録画TV/レコーダの「CM自動カット」機能を見直し
http://av.watch.impress.co.jp/docs/news/20110210_426235.html
タイムシフトはどんな罪なのか
CMスキップと録画は関係が深いものの、今時タイムシフト視聴は当たり前の行為である。現代において我々の生活は多様化しており、昔の公務員みたいに午後5時に一斉に退社してうちに帰るといった生活をしていない。その中で、決まった時間と曜日時にしか見られないコンテンツを楽しむには、録画しておくしかない。
子供にしたって、毎日決まった時間から勉強するように決めている家庭も多いと思うが、勉強時間に放送される番組を見るには、録画するしかないのだ。このようにタイムシフトは、ライフスタイルの変化によりテレビが見られなくなることを吸収する行為となっている。
録画させない、という方法論をテレビ局が取るというのは、まさに自殺行為だが、民放連はそうは考えていないようだ。今年11月に行われた、第63回民間放送全国大会の挨拶において、現民放連会長の井上弘氏(TBSテレビ)は、「タイムシフト視聴によって、民放界は広告媒体としての価値を毀損されたまま」と発言している。
・第63回民間放送全国大会(大阪)/井上会長あいさつ
http://www.j-ba.or.jp/category/topics/jba101619
CMがスキップされるタイムシフト視聴は、広告主からは価値を認めれもらえないということから、タイムシフトそのものを問題視していることがうかがえる。したがって、新しい放送形態となる4K/8Kからは、録画禁止も視野に入れたCMスキップの禁止、という方向性になるのだろう。
この手の技術仕様は、消費者の意見などまったく聞かれることなく規定され、ある日突然導入が発表される。デジタル放送にB-CASカードが必須となり、コピーワンス放送になった時も、いきなり発表された。このままでは、4K/8Kも同じことになるだろう。
・地上デジタル/BSデジタルの全番組が来春よりコピーワンスに
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20031117/cci.htm
NHKはこの仕様に関して、特にコミットしないと思われる。CMがないからだ。ただ民放と足並みをそろえてもらわなければ困るという圧力を受ければ、同調する可能性は極めて高い。
そもそも問題は何か
なぜこんな発想になるかといえば、リアルタイムでの視聴率でしか、CM枠も含めた広告媒体価値が評価できないからだ。つまり問題の根幹は、時代を反映しない価値判断システムに全てを頼り続けている民放の構造である。本当にそのCMが、広告として機能したかを調べるには、録画視聴されたCMもカウントすべきである。
一方で、なぜタイムシフト視聴においてCMがスキップされるのか、構造を考えることも重要だろう。たとえば1つのレギュラー番組を、1カ月分まとめて見るようなケースを考えてみよう。4本を一度に視聴するとして、番組には毎回毎回同じCM枠に、同じCMが入っている。すでに見たものを4回も連発で見る意義が、視聴者にはないのだ。
これが毎週微妙に違ったバージョンのCMであれば、これはどこが違うのかなと、逆に先週のCMをもう一回見たりもするはずなのだが、そう言った遊びの要素は、テレビCMにはない。テレビ局側が、CMをアンタッチャブルなものとして扱っている弊害である。これは広告代理店の責任でもあるが、テレビが遊びやチャレンジを忘れたら、そりゃもうオワコンと言われても仕方がない。
仮にネバーコピーで放送されることが決まった場合、消費者はタイムシフト視聴ができなくなる。4K/8Kは当面プレミアムコンテンツなので、録画してゆっくり何度も見たいというニーズは、通常の番組よりも高いと思われる。しかし今このご時世において、リアルタイムでテレビの前に全員集合せよというのでは、そもそもテレビで視聴することを諦めるだろう。
今すぐ死なないが、確実に死ぬ方法を取るか、今は苦しいがずっと死なない方法をとるか。民放連は前者を選択することになる。この技術仕様の是非については、こうした無料公共放送のあり方を公開で議論する場もないし、そこに消費者の意見も加えてバランスを取るべきフェーズもない。
不満を持つ消費者には、「黙って立ち去る」という手段があることを忘れてはいないだろうか。
小寺・西田の「金曜ランチビュッフェ」
2015年12月4日 Vol.060 <忘年会よろしくね号> 目次
01 論壇【西田】
「面積/重量比」から考える、スマホとタブレットの未来・2015
02 余談【小寺】
4K本放送はCMスキップ、録画禁止に?
03 対談【西田】
「電子書籍ビジネスの真相」の真相(4)
04 過去記事【西田】
液晶パネルは「全然足りない」?!
05 ニュースクリップ
06 今週のおたより
07 今週のおしごと
コラムニスト小寺信良と、ジャーナリスト西田宗千佳がお送りする、業界俯瞰型メールマガジン。 家電、ガジェット、通信、放送、映像、オーディオ、IT教育など、2人が興味関心のおもむくまま縦横無尽に駆け巡り、「普通そんなこと知らないよね」という情報をお届けします。毎週金曜日12時丁度にお届け。1週ごとにメインパーソナリティを交代。 ご購読・詳細はこちらから!
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