やまもといちろうメルマガ「人間迷路」より

「キレる高齢者」から見る“激増する高齢者犯罪”の類型



 某所で高齢者犯罪についてや更生について検討する話が盛り上がっていたので、調べていた内容も踏まえて簡単に状況を書くわけなのですが。

 高齢者による犯罪のスパイラルというのは通常の粗暴犯や若者による犯行とは趣が違います。適切かどうかはさておき、高齢者における犯罪は7割以上が窃盗、万引き、家庭内を含む暴行であって、55%程度が初犯であるということが知られています。つまり、高齢者が犯す犯罪というのは軽微な初犯から入るということは傾向としてもっと広まってよいと思うんですよ。

 一方で、もっと特筆されるべきことがあって、それは「累犯率の高さ」です。簡単に言えば、一度盗みに手を染めて捕まると、その後はやめられなくなってどんどんやる、続けてやる、という感じなんですけれども、いままでは「まあ老人もしょうがねえな」ぐらいで流してきていたのが、このところ高齢者による犯罪が高齢者の増加以上に人口比で増えてきて、さあ困ったぞ、というのが実情であります。

 昨年7月に出た再犯防止対策でも、いままで累犯といえば薬物依存者と相場が決まっていたものが、ついに高齢犯罪者も主たる対策の対象となり、ここ10年近く鳴り続けてきた警鐘がようやく具体的な政治的課題として認められてきた感はあります。

薬物依存者・高齢犯罪者等の再犯防止緊急対策 〜立ち直りに向けた“息の長い”支援につなげるネットワーク構築〜

 で、高齢者犯罪の問題が深刻なのは、随所で触れられるように「負のスパイラル」が構造上存在するだけでなく、10年以上前のNHK『クローズアップ現代』でも特集されるほどに根の深い問題だということです。当時は高齢者の3年以内再犯率が8割超というとんでもない状況だったことを考えると、これから高齢者が増えていく現状でどうしたら良いのか悩むというのは実情です。

急増する老人犯罪 〜“高齢者刑務所”からの報告〜

 もちろん、貧困に陥った高齢者が身寄りもなく将来を悲観して、失うもののない状態になってから犯行を繰り返すという「負のスパイラル」に陥ることは片方にあります。ただ、一連の対策において浮き彫りになっているのは認知症の問題です。ぶっちゃけ認知症患者による万引きはヤバイ。というのは、本人に罪の自覚がないばかりか、支払ったつもりだとか、本来はこれは自分のものだという供述を繰り返すこともあって、一般刑法犯的には「責任能力なし」となって、起訴されない、というか犯罪不成立になってしまう事例が後を絶たないからです。

 それでも軽度認知症や、一定の責任能力が認められてしまう場合は摘発されて有罪判決を受けるわけなのですが、現在高齢犯罪者の収監にあたっては予備調査が進んでいて、出ている話の限りで言えば約1割強の1,100人ほどがすでに中程度以上の認知症を発症している収監者であるということが分かっています。収監されてから生活が変わってしまって一気にボケたのか、たまたま捕まったときにビシッと供述できるまだらボケ状態だったので起訴されてしまったのかは分かりませんが、高齢による認知能力の低下と高齢者犯罪の累犯化は一体として考えていくべきものなのではないかと思うわけであります。

 そこへ、2025年には日本に認知症が軽度以上の分類で見た場合700万人という予測があったりもします。ヤバイ。人間として生まれてきて、うっかり長生きしてしまったばっかりに認知症になって犯罪者となって晩年を送るとか、本当に申し訳ない気分になります。

 また、高齢者犯罪においていえば、ひとつの類型としていわゆる「独居老人」と「貧困」の問題はどうしても出てきます。ここに「認知症」が組み合わさる構図ですが、これこそが負のスパイラルの典型例であります。法務省でも先行研究していますが、将来に対する不安として「お金がない」「家族がない」などが上位に来ることも加味すると、社会からの分断が本人の認知傾向に悪い影響を及ぼすことはほぼ確実であると言えましょう。もちろん、類型を細かく見ていくと、伴侶と死別してしまって独居になってしまったり、自身の病気で貧困に陥るなどの例は少なくない割合見られるのですが…。

 そうなると、そもそもいまの日本の社会的特徴でもある「未婚率の上昇」は、独居老人を早期から形成し、社会から分断され、どうしようもなくなってから地域や社会のお世話になる人を増やす傾向になってしまうのではないかと危惧するわけです。これってローマ帝国終盤みたいな状況ですが、合理的であるはずの個人の選択が、若いころはバリバリ働けて一生これでやっていくと腹を括った市民が親の介護や自身の病気、あるいは高齢で身動きが取れなくなると誰からも支えられずに貧困に陥り犯罪へ至るというバッドエンドルートが成立してしまっているように見えるのが重要なポイントです。

 それもあって、認知症対策の政策パッケージである新オレンジプランや、上記の再犯防止緊急対策でも盛り込まれている内容ではあるのですが、要するに社会から分断させるなということで、社会に「居場所」と「存在意義」を加えてやることによって、再犯率を引き下げる活動ができるのではないかという話になるわけであります。いま先行している福島老人クラブなどの事例では、受け入れ先の高齢者の再犯率がほぼゼロになってみたり、一定の成果が出ているのが印象的です。

 しかしながら、これらはあくまで一度犯罪を犯し収監されて釈放された人の問題であって、その外には予備軍となるべき貧困に喘ぐ独居老人が百万単位で出てくることになります。これを、献身的な100%善意のボランティアベースや、NPOや民生委員でカバーしろというのは無理筋であって、さてこれからどうしたものかと思案してしまうわけですね。

 ここへ、2030年には団塊の世代807万人が後期高齢者に入るわけでして。

 この辺の細やかな話も含めて、当メルマガやどこぞで来月始まる新連載のほうで整理して執筆したいと思います。

 

やまもといちろうメールマガジン「人間迷路」

Vol.182 激増する高齢者犯罪を憂えつつ、パーソナルアシスタントが抱えるプライバシー問題やアドフラウド問題についての補遺、小池都政の今後などなど話題満載号
2017年2月27日発行発行号 目次
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【0. 序文】「キレる高齢者」から見る“激増する高齢者犯罪”の類型
【1. インシデント1】流行最先端のパーソナルアシスタントが抱えるプライバシー問題
【2. インシデント2】アプリビジネスとアドフラウドの話(補遺)
【3. インシデント3】築地市場「大変」と玉突き吟味
【4. 迷子問答】迷路で迷っている者同士のQ&A

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やまもといちろう
個人投資家、作家。1973年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒。東京大学政策ビジョン研究センター客員研究員を経て、情報法制研究所・事務局次長、上席研究員として、社会調査や統計分析にも従事。IT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作に携わる一方、高齢社会研究や時事問題の状況調査も。日経ビジネス、文春オンライン、みんなの介護、こどものミライなど多くの媒体に執筆し「ネットビジネスの終わり(Voice select)」、「情報革命バブルの崩壊 (文春新書)」など著書多数。

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