小寺・西田の「金曜ランチビュッフェ」より

Ustreamが残したもの

※メールマガジン「小寺・西田の金曜ランチビュッフェ」2017年4月7日 Vol.122 <やってみてわかることがある号>より


4月5日、複数のメディアが、Ustreamが終了すると報じた。Ustreamは昨年1月にIBMが買収しており、これまで運用を続けていたが、同サービスは今後IBM Cloud Videoと名前を変え、B2B向けのストリーミングサービスとなる見込みだ。

さらばUstream、10年で消滅。IBM Cloud Videoへ完全移行 (Yahoo! ニュース)

このニュースを報じているのが、UST Todayを主催する三上 洋氏であるところもまた、趣深い。サービスインから10年、Ustreamが残した足跡を振り返りつつ、Ustreamとは一体何だったのか、そのあたりを考えてみよう。

 

「ダダ漏れ」による成長

Ustreamのそもそもは、ウィキペディアの記述を信じるならば、湾岸戦争で離れ離れになった兵士と家族が連絡を取り合うためのサービスだったそうである。同様のサービスとしては、インターネット電話サービスとして先行していたSkypeがある。スカイプは一対一で、しかも双方向の、電話と同じコミュニケーションスタイルで会話を行なう。一応電話会議機能として、数人が同時に会話できる機能もあるが、基本的には電話の考え方を延長したサービスだ。

一方Ustreamは、一方向に映像を送るだけである。おそらく回線が不安定な状態でも、とりあえず送れるだけは送る、ということを重視したものだったのかもしれない。このあたりがテレビ電話的なものではなく、放送に近い部分であり、のちに差別化される要因となった。

Ustreamは日本において、一種の化学反応に似たブレイクを起こした。そのきっかけとなったのが、いわゆる「ダダ漏れ」である。これはウェブサービスの企画・構築・運用を手掛ける(株)ソラノートの広報を担当する「そらのちゃん」こと佐藤綾香氏の仕事風景を、Stickamというストリーミングサービスを使ってそのまま中継し続けたところから始まった。何も加工せずにありのままを流し続ける行為から、ダダ漏れという言葉が生まれ、定着していった。

今考えれば、何が面白かったのかさっぱりわからない。ただ、普通の女の子がカップ麺をすする姿を、正面からそうまじまじと見る機会はなかった。実はここに大きな可能性があったのだ。それは、「プライバシーのコンテンツ化」である。

プライバシー意識の高まるなかで、一個人の日常的な仕事風景を顔出しでそのまま全世界に流すという試みは、完全にこれまでのネット上の考え方から、まったく逆を向いた行為だった。

ダダ漏れが起こしたもう一つの革命は、カメラを持って外に出たことであった。この方法論が大きく評価されたのは、2009年6月25日の、iPhone 3GS発売記念前日の路上放送であった。この日、ソフトバンク表参道店に隣接するホールで、発売記念前夜祭イベントが開催された。その会場に入れなかったそらの氏が、同じく入れなかった人々の模様を、Ustreamで中継した。

これをきっかけに、ダダ漏れは「ユルい中継メディア」として市民権を得てゆく。本来ならばとても入り込めない政治討論や対談、あるいは事業仕分けまで、あらゆるイベントに空気を読まずに中継していった。この空気を読まない力というのもまた、ダダ漏れの強さでもあった。そしてテレビでは一部しか放送できないものをまるごと放映することに、「ネット生中継」の価値が生まれたわけである。

 

Twitterとの合体 〜 ソフトバンクの参入

2009年5月には、Ustreamの画面にTwitterが統合された。それまでUstream独自のチャット機能は存在したが、新しいSNSツールとして勢いがあったTwitterとの融合は、全くネット中継というものに縁がなかった人たちを加速度的に呼び込む結果となった。

ネットで生放送できるサービスは、ニコニコ生放送、Stickam、ツイキャスなどがあった。その中でもっとも社会性が高かったのが、Ustreamである。ここにいち早く気づき、手を打ったのがソフトバンクだった。

まず2010年2月に、ソフトバンクがUstreamに対して2000万ドル(約18億円)の出資を行なったと発表した。早くも同月の決算説明会を、Ustreamで生放送している。

2010年4月には、これまで英語のサイトしか存在しなかったUstreamの公式サイトに、日本語版サイトを登場させた。機能的には英語版と同じだが、放送に関わるすべてのメニューが日本語化された意義は大きかった。同年5月には、日本法人のUstream Asiaを発足させている。

ソフトバンク参入による具体的なユーザーメリットとしては、Ustream専用スタジオのオープンがあった。「Ustreamスタジオ汐留」は、ソフトバンク本社25階の社員食堂の一角にあった。いかにも「なんとか頑張って場所を空けた」感が漂うが、Twitterユーザーからのリクエストになるべく早く対応したいということで、孫社長が応えた結果であった。

続いて「Ustreamスタジオ渋谷」は、一般の利用者も対象にしたスタジオで、汐留と違い、本格的な映像・音響機材を装備していた。さらに同年6月にオープンしたのは、渋谷にあるカラオケビル「シダックス」の6部屋をUstreamスタジオにしてしまう、というものであった。カラオケ利用と同じで室料はかかるが、カメラや配信用回線などは無料だった。

ただ、ソフトバンク、というか孫正義氏が直接ドライブしていた時のUstreamは展開が早かったが、Ustream Asiaの動きは鈍かった。全国から民間の生中継スタジオを募集し、フランチャイズ化しようとした。いくつかのイベントスペースがUstream公式スタジオという看板を掲げたが、Ustream Asiaからの顧客動線がほとんどなかった。仕方なくこれらスタジオは、そのまま「ニコ生スタジオ」との二枚看板を掲げざるを得なくなっていった。

Ustreamが本格的にハジケたのは、2009年11月に行なわれた、民主党政権による第一弾の事業仕分けの「ダダ漏れ」である。蓮紡氏の「2位じゃダメなんでしょうか?」発言で有名になった回である。この時はUstream側が突発的な万単位のアクセスに耐えられず、最終的には視聴することすら難しい状態となった。

これを機会に、ネットの生中継全盛時代に突入する。2010年4月の第二弾事業仕分け中継は、ネット放送主要5社(Ustream、ニコニコ生放送、Stickcam、ShareCast、DMM.com)によって完全網羅されるに至った。この出来事は、テレビ局など大手マスメディアによる報道では、人々の知りたいという欲求を満たせないということ。それに対して、ニーズがある限りどこまでも何時間でもやれるというネットの生放送が、明確な対抗軸となり得る可能性を示したのである。

 

Ustreamは放送なのか

そもそもUstreamは、はたして放送と呼ぶべきものなのか。

普段我々が「放送」としてピンとくるのは、テレビ放送である。ある場所での出来事が、映像と音声という形に変換され、電波に乗って我々の家庭まで届けられるのが放送だ。では、何なら「放送」と呼べるのか。

まず第一のポイントは、「実時間性」である。離れた場所での出来事を映像化して、それをそのまま瞬時に伝送する。放送は、ファイルのダウンロードとは違う。伝送中にもその内容がどんどん表示され、伝えられる。このような映像伝送方法を、コンピュータの世界では「ストリーミング」というわけである。Ustreamを「生放送」だと我々が認知する理由の一つは、この「実時間性」にあった。

ではその「生」とは一体なんだろう?

テレビ番組は、大きく生放送と録画放送に分けられる。言うまでもなく、生放送は今まさに行なわれていることをそのまま同時に送り出すことであり、録画番組は事前に収録・編集したものをビデオテープやビデオサーバに記録しておき、特定の時間に送り出すことである。両者の違いは、視聴者にはあまり意識されない。

ここでもう一度あらためて、「ダダ漏れ」のことを思い出していただきたい。ダダ漏れはただその場に行って、現場を傍観する。我々はそこに行かなくても、嘘偽りのない現場に立ち会うことができる。そこには発信者の意志も演出も存在できない。ダダ漏れが起こしたコンテンツ制作に対する意識革命は、ここにあると思っている。

すなわちダダ漏れがUstreamの代名詞であった時代は、Ustreamは放送でもなければ、ジャーナリズムでもなかったのだ。「ネット傍観」がもっとも正しい認識だろう。だからこそダダ漏れは、「ジャーナリズムのソース」として価値があった。

Ustreamの世界を理解するうえで、もう一つ把握しておかなければならないのが、「数の力」という考え方である。2010年5月のソフトバンクケータイ夏モデルの新製品発表会のUstream生放送は、数の力を存分に見せつけたプレゼンテーションだった。

登壇した孫正義社長は、時折バックスクリーンに投影したTwitterのコメント数を振り返り、「間もなく四万件を超える」「もう四万件を超えた」などと自らレポートした。このTwitterの投稿は、この発表会をUstreamで視聴中の人々から送られてくるものである。ここで初めて明示的に、「数」が目に見える形で「力」に転換できるのだという事実を、我々は目撃することとなった。

Twitterの投稿のなかには、当然批判的なものも含まれる。あるいは取るに足らない雑談も含まれるだろうし、ヤジもある。しかしそれらの内容をいちいち吟味せず、トータルの反響の数として見せたことで、全部プラス方向の、関心度の高さや影響力の強さを表わす具体的数値に象徴化したわけである。

当時ソフトバンクモバイルの公式発表によれば、結果的に当日の視聴者数は14万400人、ユニーク視聴者数は8万8300人であったという。またTwitterのコメント数は4万7000件に上った。

 

結局Ustreamとは何だったのか

もし世の中がそのままだったら、Ustreamも今とは違った形になっていたかもしれない。だが、ネット中継は、2011年の東日本大震災をきっかけに、その役割が大きく変わってしまった。

テレビが報じない何かを求めて、多くの人たちがネット中継を使うようになった。有象無象の情報が錯綜する中、きちんと系統立てて組織的に取材・番組編成できる「ニコニコ生放送」が、「もう一つのテレビ」としてのメディア性を持ち始めた。

ネット中継というプラットフォームとしては、放送時間を予約しなければならないニコ生に比べると、Ustreamのほうが気軽にはじめることができた。だが、Twitterでいくら露出しても、TwitterはTwitterで情報が爆発しており、Ustreamへの動員には限界があった。

このとき、誰かがUstreamの情報を組織化・系統化する動きがあったら、もっと事情は違っていただろう。それでもまだ2011年から12年ぐらいにかけては、UstreamのUstreamらしさは健在であった。だが、「時代に合わせた手当て」が何も打ち出せなかった。いつまでもただそこにサービスが存在するだけ、ユーザーが思い思いに使うだけ、であった。

それがUstreamらしいと言えるかもしれない。だがサービス運営としては失格だろう。次第に誰もが、Ustreamでのコンテンツに興味を失っていった。代わりに台頭したのが、YouTuberに代表される、きちんと企画・撮影・編集をして見せるコンテンツであった。「現場立ち会い」の時代は終わり、情報の「整理・コンパクト化」の時代へ移ったのだとも言える。

おそらくUstreamは、過剰に社会的責任を追わされたサービスだったのだと思う。ニコ生の「字幕」ように、緩いコミュニケーションがひとつの軸となるような、「プランB」が用意できないまま、期待だけがかかっていった。

ただ、Ustreamがあったおかげで、映像中継の可能性は大きく花開いた。それによって職業を変えたものもあるだろう。テレビの下請け・ブライダル撮影を生業としていた人たちが、ネット中継という仕事にありつけるようになった。これまでテレビマンしか持っていなかった映像生中継技術を、誰もが駆使できるようになった。

2009年の勃興期から現在まで、めまぐるしく事情が変わっていった。ネットも、社会もだ。Ustreamがそうした時代を映し出した重要なサービスであったことは、間違いないと思う。

 

小寺・西田の「金曜ランチビュッフェ

2017年4月7日 Vol.122 <やってみてわかることがある号> 目次

01 論壇【西田】
 マイクロソフトのゲームプラットフォーム「Project Scorpio」を分析する
02 余談【小寺】
 Ustreamが残したもの
03 対談【小寺】
 「ライター」とは何か
04 過去記事【西田】
 Uberから考える「スマホで生まれたビジネス」の趨勢
05 ニュースクリップ
06 今週のおたより
07 今週のおしごと

 
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