小寺信良のメルマガ『金曜ランチボックス』より

持たざるもの、という人生

どうしても行けない場所

先日、MIAUの活動の中で知り合いになったある大学の先生に、非常勤で情報系の授業を持ってくれないか、と頼まれた。1週間のスケジュールがほぼ連載で埋まる中、キャンパスも遠いので厳しいなと思ったが、半年だけのことらしいし、せっかくお声がけいただいたのだから何事も経験だと思って、やりましょう、と引き受けた。だいぶ前だが、非常勤で専門学校の先生を半年やったことがあったので、同じようなものかと思っていた。

事務手続きのために履歴書と職務経歴書のフォームを埋めて返信したのだが、1カ月ほど経っても返事がない。実は僕の方でも忘れかけていたのだが、そう言えばあの話どうなったのかなと思い出して連絡してみたところ、非常勤講師として不採用となったことがわかった。

大学を出ていないことが、委員会で問題になったそうである。

そもそも今から30数年前、大学に行かないと決めたときに、それなりに差別は受けるだろうという覚悟は決めていた。行かなかったのは事実だし、学校や両親の反対を押し切って進んだ道なので、何があっても後悔しないのだ、と心に誓っていた。

しかし現実として、ここに崖があった。ここまでが、僕が行っていい場所の限界だったんだ。

悔しい、のだろうか。

たぶん違う。

悲しい、のだろうか。

これもたぶん違う。

「あー、そうなんだー。」

なるべく自分の心が痛まないように、そっとそう思った。社会人になって、これまでやってきたことや考えてきたこと。モノカキになっていろんな人と会い、たくさん本を買って勉強したこと。MIAUを作って、世の中のためになればとボランティアで働いてきたこと。

そういうことって、大学で教える側に立つには関係ないんだ。人生の半分以上を費やして学んできたことに、価値なんかなかったんだ。なーんだ。

この話は、講師の話が来たときから一部始終をMIAUのコアメンバーの中では共有していたのだけど、事務局長からこの話を聞いた津田さんは自分のこと以上に激怒し、乗っていた車の窓ガラスを殴ったという。

僕のことを推薦してくれた先生は、1カ月の間大学側と交渉してくれて、ずいぶんいやな思いもされたようだ。僕だけがかけばいい恥をかかせてしまって、申し訳ないことをした。専門ではなく一般教養課程の別の授業の枠を用意していただいたのだけど、どうしてもメルマガの執筆スケジュールとぶつかってしまって、お断わりせざるを得なかった。

たぶん僕は、もうその大学に行くことはないと思う。僕を不合格にした人に会うのが、怖いのだ。その人がいる場所に行くのが、怖いのだ。心が狭いのだろうか。僕は、弱い人間なのだろうか。

もう学歴社会などなくなったのだ、と勝手に思っていたけど、それは僕がたまたまそういうことが問われない方面の社会で生きてきただけのことだった。上の娘も親の生き方を見て、大学には行かず専門学校に進んだけど、別に大学に行かなくても平気だよ、と言って送り出した。しっかり目を開けて世の中をよく見て、人の話をよく聴いて、自分の頭で考えて生きていけば、人はお前のことをバカだとは言わないよと。

ごめんね。とうちゃん、嘘をつくつもりはなかったんだけど、勘違いしてた。

とうちゃんも、知らなかったんだ。

 

<この記事は小寺信良のメルマガ『金曜ランチボックス』vol.56「エッセイ:今週のこぼれ話」より抜粋したものです。ご興味を持っていただいた方は、ぜひご購読をお願いします>

1 2

その他の記事

経営情報グループ『漆黒と灯火』というサロンらしきものを始めることにしました。(やまもといちろう)
週刊金融日記 第267号<クラミジア・パズルとビジネスでの統計の使い方他>(藤沢数希)
親野智可等さんの「左利き論」が語るべきもの(やまもといちろう)
「残らない文化」の大切さ(西田宗千佳)
内閣支持率プラス20%の衝撃、総裁選後の電撃解散総選挙の可能性を読む(やまもといちろう)
英オックスフォード大のフェイクニュースに関する報告書がいろいろと興味深い件(やまもといちろう)
脳の開発は十分な栄養がなければ進まない(高城剛)
世界中の未来都市を訪れて気付いた良い街づくりの必要条件(高城剛)
議論の余地のないガセネタを喧伝され表現の自由と言われたらどうしたら良いか(やまもといちろう)
心のストッパーを外す方法(岩崎夏海)
狂気と愛に包まれた映画『華魂 幻影』佐藤寿保監督インタビュー(切通理作)
選挙の行方はカネとネットの話がほぼすべてという時代における公職選挙法整備のむつかしさ(やまもといちろう)
「親友がいない」と悩むあなたへ(名越康文)
最近「オタク叩き」の論調がエクストリーム化して理解が非常にむつかしい件(やまもといちろう)
『我が逃走』は日本版ハードシングス?(家入一真)

ページのトップへ