甲野善紀
@shouseikan

対話・狭霧の彼方に--甲野善紀×田口慎也往復書簡集(12)

時代の雰囲気として自ら線が引けてくれば……

「譬え」の危うさ

このように白井亨は自流の剣を様々な「譬え」を使って解説し、素朴な働きの重要性を述べていますが、これを読んで思う事は、「譬え」の危うさです。「譬え」というものは、論理的整合性とは関係なく使えるので、つい便利なので安易に使ってしまいがちですが、そうすると、後で中々辻褄が合わないことが出て来ます。

この白井亨の場合は、ハネツルベの便利さを拒否し、甕で水をやるようなハカのいかない事を良しとしていたわけですが、自流の特色の一つである赫機の説明には蒸し器の関板の重要さを説き、関板がないと蒸す事の能率が上がらないと言っています。これを読んでいると、ハネツルベのような効率の良さは良くなくて、蒸し器の関板のような効率の良さは逆に必要というのは何だか矛盾した話だと思う人が出ても不思議ではありません。田口さんはどう思われますか? もちろん、蒸し器程度の素朴な工夫は良いが、ハネツルベのような大掛かりなものは良くないのだという意見も出るかも知れません。

しかし、現代から見れば、電気や石油系の燃料を使うわけでもないハネツルベと甑の間に大きな違いがあるとは思えないというのが、大方の人達の実感ではないでしょうか。この事は医療が発達してきた現代では、「自力では生きることが困難な人に対して、どこまで医学が関わるべきなのか?」という問題とも重なっている気がします。ですから、私が風邪で休んでいた時、福島の原発事故の、そもそもの原因を探って考えていくうちに、1万2000年の昔の人間が農業を始めたところまで行き着いてしまったのです。

このように論じ始めるとキリがありません。ですからどこまでの工夫ならば許容出来て、どこからが問題かという線を引くことは、きわめて難しい問題だと思います。ですから、敢えて誰かが線を引かず、時代の雰囲気として自ら線が引けてくれば、それが一番いいのですが……。

さて、前回頂いた御手紙の直後に、また5000字ほどのお便りを頂きましたね。これは「共生」に関する田口さんの面目躍如の考察で、この最後の辺りは、私がいま述べました「誰かが線を引かず、時代の雰囲気として自ら線が引けてくれば……」とも重なる部分があるように思いましたので、次回はこの田口さんからの御手紙を載せさせて頂き、この田口さんの御手紙に対しての返信を次々回の「狭霧の彼方に」では書かせて頂きたいと思います。

世の中が段々と騒がしくなってきています。また何か思いがけない災害・事故・動乱等が起こりそうです。こんな時こそ一層「人間が生きていくとはどういう事か」という事を根本的に掘り下げて考えて行く事が大切なのではないかと思います。どうかこの先も一層深く考究した文章を書いて頂き、私を刺激し続けて下さる事を願っております。

甲野善紀

 

 

※この記事は甲野善紀メールマガジン「風の先、風の跡――ある武術研究者の日々の気づき」 2012年04月16日 Vol.026 に掲載された記事を編集・再録したものです。

 

<甲野善紀氏の新作DVD『甲野善紀 技と術理2014 内観からの展開』好評発売中!>

kono_jacket-compressor

一つの動きに、二つの自分がいる。
技のすべてに内観が伴って来た……!!
武術研究者・甲野善紀の
新たな技と術理の世界!!


武術研究家・甲野善紀の最新の技と術理を追う人気シリーズ「甲野善紀 技と術理」の最新DVD『甲野善紀技と術理2014――内観からの展開』好評発売中! テーマソングは須藤元気氏率いるWORLDORDER「PERMANENT REVOLUTION」!

特設サイト

 

甲野善紀氏のメールマガジン「風の先、風の跡~ある武術研究者の日々の気づき」

8自分が体験しているかのような動画とともに、驚きの身体技法を甲野氏が解説。日記や質問コーナーも。

【 料金(税込) 】540円 / 月 <初回購読時、1ヶ月間無料!!> 【 発行周期 】 月2回発行(第1,第3月曜日配信予定)

ご購読はこちら

 

1 2 3
甲野善紀
こうの・よしのり 1949年東京生まれ。武術研究家。武術を通じて「人間にとっての自然」を探求しようと、78年に松聲館道場を起こし、技と術理を研究。99年頃からは武術に限らず、さまざまなスポーツへの応用に成果を得る。介護や楽器演奏、教育などの分野からの関心も高い。著書『剣の精神誌』『古武術からの発想』、共著『身体から革命を起こす』など多数。

その他の記事

人生に「目的」なんてない–自分の「物語」を見つめるということ(家入一真)
自民党総裁選目前! 次世代有力政治家は日本をどうしようと考えているのか(やまもといちろう)
僕が今大学生(就活生)だったら何を勉強するか(茂木健一郎)
スマホv.s.PC議論がもう古い理由(小寺信良)
『「赤毛のアン」で英語づけ』(1) つらい現実を超える〝想像〟の力(茂木健一郎)
誰かのために献身的になる、ということ(高城剛)
総ブラック社会はやっぱり回避しないといけないよね~~『人間迷路』のウラのウラ(やまもといちろう)
「家族とはなんだって、全部背負う事ないんじゃない?」 〜子育てに苦しんだ人は必見! 映画『沈没家族 劇場版』(切通理作)
「オリンピック選手に体罰」が行われる謎を解く――甲野善紀×小田嶋隆(甲野善紀)
インドの聖地に見る寛容さと格差の現実(高城剛)
夏休みの工作、いよいよ完結(小寺信良)
屋久島が守ろうとしているものを考える(高城剛)
アメリカ・家電売り場から見える家電の今(西田宗千佳)
選挙だなあ(やまもといちろう)
ゲームにのめりこむ孫が心配です(家入一真)
甲野善紀のメールマガジン
「風の先、風の跡~ある武術研究者の日々の気づき」

[料金(税込)] 550円(税込)/ 月
[発行周期] 月1回発行(第3月曜日配信予定)

ページのトップへ