高城剛メルマガ「高城未来研究所「Future Report」」より

様々な意味で死に直面する「死海」の今

高城未来研究所【Future Report】Vol.421(2019年7月12日発行)より

今週は、イスラエルの死海にいます。

ヨルダンとイスラエルにまたがる死海は、海抜マイナス418メートルと、この星の地表でもっとも低い場所に位置する塩湖です。

海水の塩分濃度が約3%であるのに対し、死海の湖水は約30%の濃度を有するため、強力な浮力がある海として世界的に知られており、それゆえ、生物の生息には不向きな環境でもあります。
つまり「死海」なのです。

もともと死海はひとつでしたが、近年、南と北の二つの湖に別れてしまいました。

その理由は、大きくみっつあります。
ひとつは、砂漠ゆえ、これほど塩分が高くとも農業用水としてイスラエルもヨルダンも死海から大量の水を引いてしまったこと。
もうひとつは、資源採掘によるもの。
そして、最後に近年の観光バブルがあります。

まず、農業用水の利用による地盤沈下は、1948年のイスラエルの建国以降、死海に流れ込むヨルダン川上流部での大規模な灌漑用水の利用によるものであろうと考えられていますが、イスラエルは、国境を挟んだヨルダンとパレスチナの問題だとし、みっつの地域がお互いの主張を譲り合わないため、解決をみません。

また、死海は、カリウムや臭素マグネシウムの産出地です。
臭素を見ると輸出量世界一位のイスラエルと続く米国で、世界の産出量の8割を担っており、近年のアナログ・写真ブーム復活とともに、資源の争奪戦も激化しています。
写真の感光材には、臭化銀(silver bromide)が用いられるため、印画紙のことを英語では「ブロマイド・ペーパー」と呼び、これが転じて、アイドル等の写真であるブロマイドの語源となりました。
この臭化銀の採掘問題が、死海を分断させる要因となっているのです。

そして、この十年ほどで、死海周辺で、著しい観光開発も進んでいます。
湖岸にリゾートホテルが立ち並び、物価も観光地値段に跳ね上がっており、「死海の泥」や「死海の塩」などの観光産物、そして乱立するホテルのための近隣の井戸水採掘なども、死海を干上がらせている要因だと考えられます。

これらの農業用水利用と資源採掘、そして危険な場所にも関わらず、観光開発を強力に推し進めたことにより、死海の水は干上がり、南北のふたつ、「上死海」と「下死海」のふたつの湖に別れてしまったのです。

また、面白いのは、この死海沿岸には、「遊泳禁止」の立て札が立ち並んでいます。
この湖は、基本的に「遊泳」(swimming)は禁止されており、かわりに「入浴」(bathing)と書かれています。
その理由は、死海の湖水はあまりにも塩分濃度が高いために人体が浮力を失って溺れる可能性は皆無とされていますが、入浴中誤って湖水を飲み込んでしまった場合、体内のナトリウムバランスが急速に崩壊するばかりでなく、内臓に化学熱傷を引き起こす場合があり、万一湖水が肺に入ってしまうと肺炎に類似した肺機能障害を引き起こして死に至る場合があるからです。

実際、死亡者も多数出ており、イスラエル国内では2番目に危険な遊泳地としても知られているハイリスクな観光地でもあるのです。

それゆえ、「入浴マニュアル」が周知されており、その中には、男性は二日前から髭剃りを避けることや、塩分濃度が高すぎるために衣服や水着が脱色してしまうことから、あたらしい水着を着用しないことが徹底されています。
また、一般的な水中メガネやシュノーケルは使用できません。

その上、海抜がマイナスなことから、ビーチ沿いの気温も高く、今週は、45度前後でした!

イスラエル地質調査所によれば、平均で1年に1メートルのペースで湖面が低下しており、2004年には海抜マイナス417メートルだったのが、2014年には同428メートルになり、このままでは、2050年までに死海は完全に干上がると推測されます。

様々な意味で死に直面する「死海」。

自然を鑑みない開発は、どんな場所でも分断し、最終的に砂漠化すると教えられているように思う今週です。
 

高城未来研究所「Future Report」

Vol.421 2019年7月12日発行

■目次
1. 近況
2. 世界の俯瞰図
3. デュアルライフ、ハイパーノマドのススメ
4. 「病」との対話
5. 身体と意識
6. Q&Aコーナー
7. 連載のお知らせ

23高城未来研究所は、近未来を読み解く総合研究所です。実際に海外を飛び回って現場を見てまわる僕を中心に、世界情勢や経済だけではなく、移住や海外就職のプロフェッショナルなど、多岐にわたる多くの研究員が、企業と個人を顧客に未来を個別にコンサルティングをしていきます。毎週お届けする「FutureReport」は、この研究所の定期レポートで、今後世界はどのように変わっていくのか、そして、何に気をつけ、何をしなくてはいけないのか、をマスでは発言できない私見と俯瞰的視座をあわせてお届けします。

高城剛
1964年葛飾柴又生まれ。日大芸術学部在学中に「東京国際ビデオビエンナーレ」グランプリ受賞後、メディアを超えて横断的に活動。 著書に『ヤバいぜっ! デジタル日本』(集英社)、『「ひきこもり国家」日本』(宝島社)、『オーガニック革命』(集英社)、『私の名前は高城剛。住所不定、職業不明。』(マガジンハウス)などがある。 自身も数多くのメディアに登場し、NTT、パナソニック、プレイステーション、ヴァージン・アトランティックなどの広告に出演。 総務省情報通信審議会専門委員など公職歴任。 2008年より、拠点を欧州へ移し活動。 現在、コミュニケーション戦略と次世代テクノロジーを専門に、創造産業全般にわたって活躍。ファッションTVシニア・クリエイティブ・ディレクターも務めている。 最新刊は『時代を生きる力』(マガジンハウス)を発売。

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