平川克美×小田嶋隆「復路の哲学」対談 第3回

なぜ「正義」に歯止めがかからなくなったのか 「友達依存社会」が抱える課題

例えば、東日本大震災の後に「絆」という言葉が流行りましたけれど、とにかく仲間、絆、友達、集団というのを大切にする。それを大切にしないやつは人でなしだ、という空気がある。でもそんな価値観が定着したのって、せいぜい80年代以降で、それ以前はほとんど見られないものだった気がします。

新刊『復路の哲学 されど、語るに足る人生』が話題の経営者・文筆家の平川克美さんが、コラムニスト、小田嶋隆さんと語り合う話題の対談、第3回!

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※写真:安部俊太郎

 

百パーセント正しい議論が「厄介な問題」を引き起こす

小田嶋:封建制や旧来の家制度みたいなものにはたくさんの問題がありました。そして、それらを壊して人々が実現しようとしてきた、上下や差別のないフラットな社会というのは、基本的にはすばらしい理想だと思うんです。

ただ、家制度みたいなものがなくなって、すべての人がフラットにつきあうような社会が実際に立ち現れてくると、「大人がいない」という問題が表面化し始めた。そのことにたじろいでいるのが、今という時代なのかもしれません。

「人権」のように、否定しようのない正論って、突き詰めて行くと非常に厄介な問題をはらみはじめるんですよね。例えば「ハラスメント」っていう概念は、今やセクハラとか、パワハラとかという形で、かなり社会に定着していますよね。これは、それまでの刑法で裁かれてきた罪や犯罪とはちょっと異質なものだと私は思うんです。

それまでの刑法で裁かれるような犯罪っていうのは、被害を与えた人間の側に悪意があったか、あるいは動機があったのか、ということが量刑においてかなり重要な要素として問われました。例えば人の足を踏んじゃったときに、踏もうと思って踏んだのか、怪我をさせてやろうとして踏んだのかではまったく違うわけです。故意じゃなければ過失傷害であって、傷害罪とは違う、というように。

ところが、ハラスメントという概念は、加害者側がどういうつもりだったかということにかかわらず、被害者が「被害を受けたと感じた」という事実が重視されるんです。人種差別や女性差別もこういう考え方に基づいていると思いますが、これって、100パーセント正しい考えなのにもかかわらず、すごく厄介な問題をはらんでいる。

平川:わかる。すごく厄介だよね。でも、正しいんだよ(笑)。

小田嶋:そうなんです、完全に正しいんです。この考え方を受け入れないかぎり、性差別とか民族差別の一番深刻なところが解決しませんから。ただ、このハラスメントの概念を拡大していくと、とても厄介なことが起きる。

わかりやすい例は、言葉狩りですよね。別に差別の意図はなくても、「言われたほうが嫌な思いをする言葉は使ってはいけない」という論理自体は正しい。でも、その結果、例えば「バカチョンカメラ」なんていう言葉を使ってはいけないことになってしまう。バカチョンの「チョン」は朝鮮人のことじゃないんだけど、誰かが「朝鮮人を馬鹿にしている」「差別語だ」と言い出すと、途端に使えなくなってしまう。

平川:言葉狩りというのは、かえって差別を増長するようなところがあるよね。

小田嶋:「もともとは違うんだ」と言っていても、聞く側が「君たちがそのつもりじゃなくても僕たちにはそう聞こえて不愉快だ」という人たちが現れた瞬間、「じゃあこの言葉はお蔵入りにしよう」ってことになっちゃうんです。

平川:新聞なんかだと「障害者」も「障碍者」って書けって言われたりするよね。

小田嶋:ああいうのも大っ嫌いですね。おためごかしですよ。だって、それを言うなら日本経済新聞の「經」の字って、漢和辞典で見たら「首をくくる」という意味だって書いてありましたから。ひらがなで書かないと「日本首くくり済み新聞」という意味になってしまう、ということになってしまう。

平川:わはは!

 

平川克美さん新刊『復路の哲学 されど、語るに足る人生

復路の哲学帯2平川克美 著、夜間飛行、2014年11月刊

日本人よ、品性についての話をしようじゃないか。

成熟するとは、若者とはまったく異なる価値観を獲得するということである。政治家、論客、タレント……「大人になれない大人」があふれる日本において、成熟した「人生の復路」を歩むために。日本人必読の一冊! !

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