旅に出た桃太郎は、その端緒で犬と出会う。面白いのが、この桃太郎と犬との関係である。この両者の関係もまた、主体性と他動性の絶妙なハイブリッドとなっているのだ。
それを、童謡「桃太郎」の歌詞から見てみたい。
桃太郎さん 桃太郎さん
お腰につけた きびだんご
一つわたしに 下さいな
やりましょう やりましょう
これから鬼の 征伐に
ついて行くなら やりましょう
これを見ると、最初に行動を起こしたのは「犬」であることが分かる。彼は食べ物に飢えていた。あるいはきびだんごが食べたかった。そうした欠落状態にある能力者が、何らかの行動を起こした。桃太郎は、その機先をとらえるのである。その行動に乗じて、こちらからのオファーを出すのだ。
この間合いが、すぐれた武道家のように見事である。
武道には「先の先」と「後の先」という考え方がある。「先の先」とは、相手の動作を始めようとする心を読み取り、その直前に行動すること。後の先は、相手の行動を誘発して、その隙に打ち込むことである。
これでいうと、桃太郎の犬に対する行動は見事な「後の先」になっている。つまり、犬が「きびだんごをください」という攻撃を仕掛けてきた瞬間に、その隙を突いて「鬼の征伐に同行するならあげよう」という打ち込みをしているのだ。
「桃太郎」が神話としてすぐれているのは、こうした交渉術——相手から見える位置に魅力的な報酬をぶら下げ、それに食らいついてきたところを説得すれは、相手に対して優位に立てる——を物語として展開している点だ。これにならえば、読者は「人にものを頼むときにはどうすればいいのか」ということを身につけられるのである。
ちなみに、武道には「先々の先」という考え方もあって、「先の先」あるいは「後の先」をとらえようとする相手の心を読んで、その前に攻撃することをいう。それでいうと、物語のはじめ、桃太郎がおじいさんとおばあさんに提示した「鬼ヶ島に行きたい」というオファーは、見事な「先々の先」になっていることが分かる。
どういうことかというと、桃太郎にはもともと旅に出たいという気持ちがあった。しかし「ただ旅に出たい」と言ったのでは、おじいさんとおばあさんに対して説得力を持たないことが目に見えていた。
一方おじいさんとおばあさんは、桃太郎が「旅に出たい」と言い出そうとしているのを感じていた。そのため、桃太郎がそれを言い出したら反対してやろうと待ち構えていた。つまり、桃太郎が攻撃してきたらその隙を突いて反撃するという、「後の先」を狙っていたのだ。
桃太郎は、そんな二人の心理を読んで、そのさらに上を行った。彼らが反対してくるだろうことをあらかじめ読み取り、反対できない理由を先んじてこしらえたのだ。それが「鬼の征伐に行きたい」という口実だった。
これのおかげで、おじいさんとおばあさんは機先を制されてしまった。そうして、桃太郎のオファーを引き受けざるをえなくなったのだ。
この旅立ちのほんのわずかなシークエンスの中にも、桃太郎の交渉の天才性というものが垣間見える。
「桃太郎」に限らず、あらゆる神話——物語は、必ず「交渉」が隠れたテーマとなっている。なぜなら交渉は、人間が生きる上での最も基本的な行動だからだ。人間は、愛や戦争といったものまでをもこの交渉の中で行う。交渉は人間のあらゆる行動の根本にあるものなのだ。
それゆえ、どんな神話や物語も交渉から逃れることはできない。それは逆にいえば、物語の登場人物には交渉の達人であることが求められる、あるいは達人とはいかないまでも何らかの示唆を読者に対して示すことが求められる——ということだ。
例えば「スター・ウォーズ」においては、ルークの師匠であるオビ=ワンが最初に示したのが「交渉」の能力だった。彼は剣術の能力を示す前にまずそれを示し、ルークを宇宙へと旅立たせる。
そういうシークエンスを編み出すために、作者は普段から交渉というものについて見識を深めておく必要があるだろう。自分でも実際に交渉を経験し、その技をそれなりに見極める必要がある。
その意味で、恋愛というのは交渉を学ぶための絶好の場だ。物語作者は、交渉を学ぶためだけにでも恋愛をした方がいいのかもしれない。
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