小寺・西田の「金曜ランチビュッフェ」より

「iPad Proの存在価値」はPCから測れるのか

小寺信良&西田宗千佳メールマガジン「金曜ランチビュッフェ」2015年9月18日 Vol.050 <テクノロジーを使い切れ号>より
3723c1e0d1d120579a5b75dfe16cc500_s
前号で小寺さんは、iPad Proが狙う層が見えにくいことについて、実体験を含めた形での不安・不審を語った。そこには、たしかに頷ける部分も多い。だが、実際に製品を見ていて、iPadの活用についても色々と事例を見てきている筆者の意見をいえば、小寺さんも含め、iPad Proでアップルが採る方針について、若干の誤解と見解の相違があるようにも思う。

今回は、筆者の見る「アップルがiPad Proで狙う市場」を語ってみたい。

 

iOSが苦手なことが「PC的な仕事」だ

「iPad Proを使うなら、普通にノートPCやWindowsの2-in-1を使えばいい」

こういう意見を単純に否定するつもりは、筆者にはない。たとえば、本メルマガの配信手続きを考えてみよう。まったくマシンパワーは不要なので、世の中で売られている最も安価で非力なWindows PCでもこなせるのは間違いない。もちろんMacでもいい。だが、iPadではできない。やってやれないことはないかもしれないが、ツールを揃えて動作検証するところまで考えると、正直やる気になれない。

仕事、と一口で言うが、そこで求められるものはいろいろある。特に、誰かにデータを渡す仕事が多い場合、その処理には、明確に「ファイル」という概念があるPCやMacの方がやりやすい。iOSはその面で、どうしても不利である。Androidはファイルの概念があるが、アプリの面で不安だ。そのへんを考えると、「PCとまったく同じスタイルで仕事をする」のはなかなか難しい、というのは間違いない。

だが、である。

仕事とは、本当にPCと同じスタイルでやるものばかりだろうか? また、PCと同じことをするとしても、PCでやっているのと同じアプローチでやるのがベストなのだろうか?

iPadのような機器が仕事に使えるかどうかを考える場合には、そこが非常に大きな分かれ目になる。

 

アプリの整備でプラットフォームの評価は変わる

たとえば、Microsoft Officeを使って仕事をするとしよう。

以前は、スマートデバイスでOffice文書を扱うのは論外だった。フォーマットは崩れるし機能は制限されているし、それこそPCでやる方が数百倍よかった。無理して扱ってトラブるくらいならやらない方がマシだった。

だが、マイクロソフトがiOSとAndroidに「自らの手で」Microsoft Officeを移植した結果、状況は変わった。大量のマクロを使っているのならともかく、そうでなければ問題はない。iOSもAndroidも、標準では縦書きをサポートしていないのに、スマートデバイス版Wordでは、縦書きの文書すら編集可能だ。変更履歴や注釈などの機能も使えるので、複数人での作業も問題ない。

そして、ファイルのやり取りは、クラウドで行なうのが基本になっている。マイクロソフトのOneDriveでも、Dropboxでもいい。逐一ファイルをコピーするならともかく、作業中のファイルをやりとりする程度なら、別のアプリを用意するまでもなく、Microsoft Officeの中からできる。

実は、今回10月に出す新著は、2割くらいをiPhone上のWordの上で書いている。まあ、別にやりたくてやったわけではないが、完成度の高いWordが使えるようになったおかけで、「ちょっとした隙間の時間に書き進める」こともできたし、草稿の校正をすることもできた。

この事実をもって「iOSでも仕事ができる」と言いたいわけではない。

重要なのは「快適なアプリがあれば、ドキュメント製作環境の常識は大きく変化する」ということだ。

PCやMacでは、ペンを使った作業環境はまだいまいちだ。スマホのようなアウトカメラがある機種も少ないので、撮影した写真を加工してシェアしたり、考察を加えたり、という使い方も苦手だ。本当は、Windows 8以降でそうした部分の開拓が進むはずだったのだが、スマートデバイスのようにアプリを増やしていくことができず、結局トラディショナルなPCの使い方にとどまっている。

逆に、コミック作家やイラストーレーター向けに、高価なペンタブレットを使うニーズについては、出来上がったデータの整理や出稿を含め、PCに特化した環境が出来上がっており、iOSだけでなんとかなる状況にはない。

結局は基本的な話なのだが、「アプリ」の存在ですべて変わってしまうのだ。そして、「この環境にアプリを出したい」と思わせることが、それを後押しする。これまで、ビジネスとしては「作業用アプリはPCに出す」のが理にかなっていたが、今後は変わる可能性もある。アップルがApple Pencilを用意したのもそのためだろう。普及台数や「OSの寿命」などは、マイナス要因と言える。

だからこそ、その辺の状況は数カ月待って考える必要があると思う。

個人としては、iPad Proに刺激され、Windowsの2-in-1も含め、本格的「ペンアプリ」の競争が起きてくれるとうれしいのだけれど。

 

小寺・西田の「金曜ランチビュッフェ

9月18日 Vol.050 <テクノロジーを使い切れ号> 目次

01 論壇【小寺】
今注目のテクノロジーは人をどう幸せにするか
02 余談【西田】
「iPad Proの存在価値」はPCから測れるのか
03 対談【小寺】
Macプログラミングの歴史を紐解く
04 過去記事【小寺】
ネット端末続々登場の裏で…
05 ニュースクリップ
06 今週のおたより
07 今週のおしごと
12コラムニスト小寺信良と、ジャーナリスト西田宗千佳がお送りする、業界俯瞰型メールマガジン。 家電、ガジェット、通信、放送、映像、オーディオ、IT教育など、2人が興味関心のおもむくまま縦横無尽に駆け巡り、「普通そんなこと知らないよね」という情報をお届けします。毎週金曜日12時丁度にお届け。1週ごとにメインパーソナリティを交代。
ご購読・詳細はこちらから!
筆者:西田宗千佳

フリージャーナリスト。1971年福井県出身。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。取材・解説記事を中心に、主要新聞・ウェブ媒体などに寄稿する他、年数冊のペースで書籍も執筆。テレビ番組の監修なども手がける。

その他の記事

中国からの観光客をひきつける那覇の「ユルさ」(高城剛)
伸びる人は「2週間1単位」で生活習慣を整える(名越康文)
人は自分のためにではなく、大好きな人のためにこそ自分の力を引き出せる(本田雅一)
本来ハロウィーンが意味していた由来を考える(高城剛)
キューバの有機農業に注目しているのは日本の一部の人たちだけという現実(高城剛)
日大広報部が選んだ危機管理の方向性。“謝らない”という選択肢(本田雅一)
物流にロボットアームを持ち込む不可解、オーバーテクノロジーへの警鐘(やまもといちろう)
どうせ死ぬのになぜ生きるのか?(名越康文)
作家を目指すあなたへ その1〜「書き出しの一行」が小説作品全体のたたずまいを決定する!(草薙渉)
「デトックス元年」第二ステージに突入です!(高城剛)
アマチュア宇宙ロケット開発レポート in コペンハーゲン<前編>(川端裕人)
心のストッパーを外す方法(岩崎夏海)
グローバリゼーションの大きな曲がり角(高城剛)
健康のために本来の時間を取り戻す(高城剛)
「実は言われているほど新事実はなく、変わっているのは評価だけだ」問題(やまもといちろう)

ページのトップへ