やまもといちろうメルマガ「人間迷路」より

日本の「対外情報部門新設」を簡単に主張する人たちについて


 日本学術会議の件で自由民主党の甘利明さんが迂闊なことをブログに書いて、それがほうぼうから突っ込まれ、マスコミだけでなく情報界隈でも騒ぎが広がっています。このメルマガでも先般触れましたように特定私立大学のコンサル上がりの教員が面白いことを甘利さんに吹き込んで、それをまともに信じた甘利さんが乗せられて微妙なことを外で喋ったりブログで書いて、さらに自民党党内の議論も先導している状態であると認識しています。

 これが普通の企業の幹部が余計なことを言うだけであれば「あの人は発展途上なのだな」と暖かい眼差しでヲチするのみなのですが、我が国の政策を左右する議論の現場でこれがあるとシャレになっておらず、危ない仕事を押し付けられた現場が何の防御も無しに前線で撃たれて死ぬだけなのでこのような与太話は厳に慎んでほしいと思わないでもありません。

 で、少しは騒動は収まるかと思いきや、今度は情報部門肥大化が云々という話が流れてきました。これはいったい、どうするつもりなのでしょう。

 話を整理しますと、日本学術会議の新しい会員任命にあたり、官邸の番人・杉田和博さんが中心となって身体検査を行い、中国から我が国の学術コミュニティの浸透に貢献している人物を危険視したというのは恐らく事実でしょう。実際、中国の大学に出入りし、日本研究の名のもとに日本国内・規制事情を説明しながら、日本政府に対してはその制度の在り方について中国側に有利な議論へ誘導しているのを見るあたり、アメリカやカナダ、欧州で問題視されている孔子学院のような公然スパイ組織とやっていることはさして変わらない、というのもまた実態と言えます。

 一方で、純然たる学術交流において、特に一時期問題視された中国「千人計画」にかかる懸念については、応用数学、素材工学など基礎研究に従事する日本人研究者が我が国の中で十分な待遇や研究費を与えられず、結果として中国の仕組みに依存しなければ研究者としてのキャリアを積むことができないという日本特有の問題もあります。

 また、問題となる学術分野によっては、日本よりもはるかに中国のほうが先行していることもあり、千人計画など中国側の学術プロジェクトに日本人が乗ったほうが結果として日本の技術開発戦略の上では有利であり、これが某氏のいう「戦略的互恵関係」の重要な骨子になり、米中冷戦で一方的にアメリカ側に寄って最前線で巻き込まれるリスクを回避するうえで大事なことなのではないかとも思います。

 冒頭のお題に戻ると、コロナ以降、断続的に話が進んできたサイバーインテリジェンス、経済安全保障の問題から具体的な政策論に落とし込まれ、指導力と実現力に富む菅義偉政権になって一気に具体化に向け話が進む方向になってきているのは事実です。しかしながら、この人なら信頼できるというクリアランスを手がける側が、逆にある事情で先方に取り込まれて情報流出のゲートウェイになっている危険も否定できず(もちろん、下世話に「なんであんな奴が大手を振って官邸に出入りしてデリケートな情報をやり取りしているのか」と週刊誌報道レベルで撃ち落としに行くことはできるのですが)、かなりの部分、我が国の中枢もある種の汚染がされてしまっているという懸念もあるのかもしれません。

 この辺、むつかしいところなのですが、最近企業筋でも「アメリカ共和党のほうからきました」という有識者が多く出ていて、真贋を見極めるのが大変な展開になってきました。何しろアメリカの各上院議員、下院議員が抱える議会スタッフはかなりの数に上り、リファレンスをとっても実際に在籍した経緯があると疑うガードは下がります。また、その経験をテコに日本のコンサルファームや大手総研のフェローになっていたりするとその時点でそれなりに由緒正しい肩書の人のように見えてしまうという問題があります。

 ただ、やっていることはスパイであり、海外からお金をもらって日本の情報を持ち出している人に他ならないため、行為そのものを見咎めてから体制を整えてもしもししないといけないというジレンマはあります。

 そして、日本学術会議の件にしても、総理の任命拒否に対する説明責任の問題になってしまいました。法律上、総理に拒否する権限があるのか、また研究者が権力者の意向で任命されるされないという振り回され方をするべきなのか、学問の自由という観点からはどうなのかといった諸問題はありますが、個人的には第一義にスパイ対策、二義的に我が国の立ち遅れている科学技術を政策的に立て直すための議論を行う嚆矢であるべきと思ったりもします。

 この問題に巻き込まれた宇野重規先生や加藤陽子先生はお気の毒ではありますが、東京大学総長選を辞退してまで日本学術会議の会長に就任されたノーベル賞受賞者の梶田隆章先生も大変に板ばさみ的立場になり、誰も幸せにならない展開になっているのが非常に残念なことです。

 身体検査の結果、これがアカンかったから任命拒否と具体的に言えればこれ以上のことはないのでしょうが、野党側がどう追及しようと門前払いにするしかないんですよね、人事に関する情報は…。
 

やまもといちろうメールマガジン「人間迷路」

Vol.Vol.312 日本学術会議問題から飛び火したあれこれを論じつつ、厳しいライブエンタメ業界の現状や大統領選を巡る米SNSのあり方を考える回
2020年10月30日発行号 目次
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【0. 序文】日本の「対外情報部門新設」を簡単に主張する人たちについて
【1. インシデント1】文化政策では救うのがむつかしい我が国のライブエンタメ業界の現状
【2. インシデント2】SNSにおける投稿規制をめぐる雑感あれこれ
【3. 迷子問答】迷路で迷っている者同士のQ&A

 
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やまもといちろう
個人投資家、作家。1973年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒。東京大学政策ビジョン研究センター客員研究員を経て、情報法制研究所・事務局次長、上席研究員として、社会調査や統計分析にも従事。IT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作に携わる一方、高齢社会研究や時事問題の状況調査も。日経ビジネス、文春オンライン、みんなの介護、こどものミライなど多くの媒体に執筆し「ネットビジネスの終わり(Voice select)」、「情報革命バブルの崩壊 (文春新書)」など著書多数。

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