「どうせ……」から脱する
こんなお話をすると、「自分の心を明るくして、相手を操作しようとしないように心がけるだけで相手が変わる? そんなことあるわけない!」と考える人もいるでしょう。もちろん、無理に信じる必要はありません。ただ、ここで理解しておいてほしいのは「毎日、にこにこ笑って幸せに過ごすだけ」というけれど、それは「だけで」というほど、およそ簡単なことじゃないということです。実際、世の中のほとんどの人が、これを実践できていないわけですから。
「明るい気持ちで過ごす」って、本当にすごいことなんですよ。なぜなら、それは本当の意味で、心が安定して、落ち着いてきている、ということだから。
僕の講義を聞いて「心を静かに落ち着けよう!」と決心した人の中でも、無表情で、暗く、重たい気分になることを「心を落ち着けること」と勘違いしてしまう人もいるんです。それくらい、本当の意味で「心を落ち着ける」というのは難しい。
心が落ち着いてくると、晴れやかで、けっこうにこにこ笑って過ごせるようになる。逆に言えば、心がざわついている限り、どれだけ「冷静にしよう、怒らないようにしよう」と心がけていても、どんどん心が暗く、重たくなってしまうということですね。軽やかで、アクティブで、明るい心境というのは、心のざわつきを鎮めたあとにしか現れてこない。
ですから、「アクティブさ」というのは、重要な指標だということもいえます。例えばグループの中で誰かが何かを提案する。その瞬間に「おっ、それいいね!」とすぐに反応できるかどうか。心の中の霞が晴れて、それこそ元旦に神社で「パンパン」と柏手を打っている瞬間の心境でいれば、さっと反応できるはずなんです。
逆に、心に霞がかかって、ざわついた状態の人の頭の中には、何がおきても「どうせ」という前置きがついてしまうんですね。アクティブじゃないから。
「ラーメン食べようかな。でもな、どうせ腹がもたれるだけやしな」
「ちょっと外へ出てみようかな。いや、どうせ疲れるだけやしな」
「友達に電話してみようかな。待てよ、どうせ切るとき、寂しくなるだけやしな」
こんなふうに、「どうせ」という言葉が、行動を抑えこんでしまう。その結果として引きこもり、物事をどんどんネガティブに捉えるようになってしまう。
長く続く痛みは、感情が9割作っている
痛みというのは本来、「瞬間的」なものです。特に、身体の痛みというのは「同じ強さで長時間続く」ということは基本的にありません。もし「同じ強さで長時間続く」痛みがあったとしたら、そこには何かしらの観念や、感情がまとわりついていると考えたほうがいい。
「この人のせい、この状況のせい、親のせい」といった観念が張り付くことによって、瞬間的な痛みが、持続的で、恒常的なものに変わっていきます。不安や恐怖が痛みを持続させ、また亢進していく。ネガティブな観念や恐怖心が痛みを増幅する。
ですから、暗い気持ちがずっと続いて、苦しくて仕方がないという場合には、その感情の9割は自分自身が作っていると思ったほうがいい。それくらい、心って恐ろしいものなんです。痛み、苦しみの9割までは、自分の心が作っている。
古来から人々は、自分の心で苦しめられるという理不尽な状況から抜け出したい、と願ってきました。仏教では、人が仏法と出会うまでの時間を「百千萬刧」と表現します。ひとつの宇宙が生まれてから死ぬまでが一「劫」。それが、百、千、萬と続く。そんな途方もなく長い時間、僕らは苦しみから逃れることを願いながらも、その方法に気づくことができなかった。
では仏教はこの問題について、どんな答えを出したのか。これは、言葉にすれば簡単なことで、「人は、他人に頼らず、自分で成長し、生きてゆける」ということを言ったんです。
今日、皆さんにお伝えした話も、突き詰めればそういうことですよね。他人に頼るのではなく、自分の力で変わる。過去のことなど忘れてしまっていい。いま、これから変わろうとすること。それが大切だということです。
人は「身体を動かす」ことによってしか変われない
じゃあどこから変わるのか? というと、これはやはり、「身体」からです。あるいは「行動」から。間違っても「心の中」を変えよう、なんて思わないでくださいね。それは決してうまくいかないから。
身体が疲労し、痛みを抱えているときは、心も暗くなってしまう。そのままでは、心がけを変えようとしても、絶対に変われません。まずは身体を良くしないといけない。
身体からアプローチするといわれてもピンとこない人は、とにかく呼吸してみてください。始めのうちは1週間、2週間、あるいはひと月に一度でもよい。朝、どんよりしている時に10回でも必死に呼吸してみてください。
フッ、フッ、フーッ! と。体に酸素を大量に与える。そして、一度スキっと身体をリフレッシュさせる。呼吸するだけでも、生まれ変わったぐらいに体を活性化させることは可能なんです。
どんなに身体が重くても、月に一度は思いきり身体を動かしてみてください。「そんなの大変です!」と思うかもしれないけれど、身体中の細胞を使い切るのって、本当に必死にやれば30秒もあれば十分なんですよ。例えば、目の前に屈強な男がいて、自分を攻撃してきたとする。そうしたら、誰だって必死になるよね。
それくらいの切迫感の中で身体を動かせば、30秒でも十分。
ただ、そこまでの切迫感は、自分だけでは作り出せないでしょう? だから、1人でやるなら、少なくとも2、3分は必要ですね。頭の先から、指の先まで「カーッ」と気合を入れて、全力で力をこめてみてください。それだけでもいいんですよ。
もちろん、ヨガや太極拳をちゃんと習ってもいいですよ。でも、原則は同じです。大事なことは、3分でもいいから全力を出すということ。そうやって全身を活性化させる。そのときのスッキリした感覚こそが、たとえて言えばみなさんが持つ何十兆という細胞がすべて活性化した瞬間の感覚なんです。ただし、それはまだまだ一瞬しか持続しません。そういった経験を繰り返してゆくといいんですね。
あるいは「場の力」を借りるのもいいですね。修験で守られて、結界も張ってある那智の滝のような所に行ってみる。そこで、滝の水をちょっと浴びてみてください。これも「全力を出す」ということにつながっています。
こういう形であれば「他力」を頼むのは良いことなんですよ。大自然とか、神様などの超越的な力を頼みにして、自分の心身を活性化させる。心の痛みや自己を観察する、というのは「それから」なんです。それくらい、身体と心を活性化させてからじゃないと、人間は「痛み」に向き合うことなんてできません。過剰に自分を責めたり、さらに怒りが生まれたりしますからね。
全身を活性化させるということは、自分の本来の心はどんな状態かを、自分の身体に教えてあげる、ということです。そうすれば、今の自分が、本来的な状態なのか、そうじゃないのかの区別がつくようになる。そうじゃないと、妄想を払った後の、純粋な「痛み」そのものを見る、ということができない。
最初に申し上げた通り、心と身体は絡み合って存在しています。身体を心が支えている。心も身体に維持されている。身体が活性化したら、心がスーッと持ち上がってくる。身体がどよんとだるさにつつまれていたい、猫背になっていながら「私の心は晴れやかです」なんてことはありえない。
本当は、身体と心を活性化させたかったら、密教の教えにしたがって、金剛合掌と腹式呼吸で真言を唱えるとか、般若心経を3度真剣に唱える、といったことが早道だと僕は考えています。なんといっても、天才中の天才である弘法大師が整理した方法ですからね。すさまじく合理的で、最短距離のボディワークが、密教にはある。
でも、趣味が合わない、という人がいるのは当然ですよね。だからヨガでもいいし、方法はなんでもいいですよ、と申し上げています。大事なことは、何かしらの方法で体を動かし、呼吸をすることだということ。そして、細胞ひとつひとつを活性化させること。どうか単純にお考えになって、まずは100日、やってみてください。
そうやって身体が活性化することによってはじめて、晴れやかで、落ち着いた心が手に入るのです。
※この記事は、名越康文の心理学講座「こころカフェ」をベースとしています。「こころカフェ」は月1回、都内で開催している心理学トークライブ。詳しくはこちらをご覧ください。
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