やまもといちろうメルマガ「人間迷路」より

仮想通貨はトーチライトか?



 先日、NHKにも呼ばれて仮想通貨について解説してきたのですが、ようやく実利について具体的な内容が報道できるようになってきた、というのはとても大きいと思っています。

 もちろん、一時期は過剰に期待されていたからこそ「なんだかよく分からないもの」という憶測もあったわけなんですが、マウントゴックス事件のようなスキャンダルも経て、主に中華系利用者の急増、中央アジアやアフリカ地域、あるいはベラルーシやウクライナと言った政情不安国の通貨不信任から利用実態が増えていって、それなりに定着していったように思います。

 もっぱら、BTC(ビットコイン)は電子決済というところでだけ取り沙汰されることも多いのですが、もはやブロックチェーンの技術そのものに対する理解が必須の難解な状態よりも、カジュアルにビジネスに組み込めるかどうかという拡大期の序章に入ってきたぞというのが実感であります。私どもの協力先でも、楽天をはじめ決済系ベンチャーが次々とブロックチェーンを使った実証実験を始め、実際の決済でも充分に実用に耐える仕組みを構築しようと頑張っています。

 この手の界隈で言われる3要素、利便性、安全性、匿名性という観点でいうならば、本当に悪意ある第三者が物凄いリソースを使ってハッキングをかけてくる、偽装してくるという可能性はゼロではありません。多くの人が使えば使うほど、また取り扱う金額が増えるほどに、改竄のためのモチベーションは上がります。その分、プライベートなブロックチェーン技術応用が出てくると改竄など悪意の決済から自社の取引を守れるのではないかとか、相互に信用できる銀行同士が一部の情報を確保して取引の堅牢性、安全性を確保できるのではないかとか、様々な取り組みが行われているのが現状です。

 日本で普及しない理由は、日本の金融制度が安全であり、日本円を使うことにほとんど誰も脅威や不安を感じず生活できているからです。日本円が強い限り、ビットコインのような「良く分からないもの」をダイレクトに国民が触る必要はないのです。国が価値を保証する通貨よりも、インターネットや技術が価値を保証するビットコインなどのほうが信頼できるという社会環境を、日本人はあまり理解できません。

 ただ、中国のように猛烈な人民元安に見舞われ、国内で元を持っていたくない人たちがいても、制度的に簡単に外貨に換えられない人たちは、必然的にお金をもって海外に出て爆買いをします。それが規制されると、今度は元以外の通貨に換える手段としてビットコインなど「人民元より安全な」通貨に手を出したくなる、という理由も分かります。2015年だけで中国人が購入したとみられるビットコインは6兆円にも及び、元々はビットコイン1BTCあたり20円程度であった相場が、現在では7万円あたりをうろうろするという急騰をしたままです。こんなことならもっと早くからBTC買っておけばよかったと個人的には思うわけですが、そういう投機の側面を持つのはビットコインなどの仮想通貨が充分な流通量と、きちんとした相場管理を備えた利便性、安全性、匿名性を確保し始めたからに他ならないのです。

 日本では、それらの技術をそのままBTCとして受け入れるよりは、既存の銀行秩序や決済の中でちゃんとした財産として(商品ではなく)取り扱われることとなるでしょう。それは、過去の遺物と揶揄されて久しい銀行各行が高いコストで維持してきたATMからの全面脱却のきっかけになるかもしれないし、銀行利用者の頭痛の種であった非常に高額な決済手数料を大幅に安くできる福音になるかもしれません。こういう先進技術と既存の秩序が合体するようなシステムを構築することこそが日本の「お家芸」だとするならば、むしろそのようなバンキングシステム自体をパッケージ化して、海外の中央銀行や銀行業界に売り込む未来像だってできるようになるかもしれません。

 サイバーハッキングの脅威は、これらのブロックチェーン技術にも及ぶと思いますし、ブロックチェーンがそのままの生の技術で拡大していくことはむつかしいという予測もあるのは確かです。ただ、きっと何か方法はあるんでしょう。この手の世界こそ、先にどうにかした奴が勝つという点で、もう少し冷静に、しかし熱く、取り組むことができたらと願う次第であります。

 

やまもといちろうメールマガジン「人間迷路」

Vol.170 ようやく光明が見えてきた仮想通貨について、そして玉木雄一郎さんとの対談の続き、IoTが抱え込んだ最悪のシナリオなどについて語る回
2016年11月1日発行号 目次
187A8796sm

【0. 序文】仮想通貨はトーチライトか?
【1. インシデント1】玉木雄一郎×山本一郎 対談第3回
【2. インシデント2】IoTがらみのサイバー攻撃で最悪のシナリオが現実となりつつある件
【3. 迷子問答】迷路で迷っている者同士のQ&A

やまもといちろうメールマガジン「人間迷路」のご購読はこちらから

やまもといちろう
個人投資家、作家。1973年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒。東京大学政策ビジョン研究センター客員研究員を経て、情報法制研究所・事務局次長、上席研究員として、社会調査や統計分析にも従事。IT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作に携わる一方、高齢社会研究や時事問題の状況調査も。日経ビジネス、文春オンライン、みんなの介護、こどものミライなど多くの媒体に執筆し「ネットビジネスの終わり(Voice select)」、「情報革命バブルの崩壊 (文春新書)」など著書多数。

その他の記事

日本のエロAIが世界を動かす… ことにはならないかもしれない(やまもといちろう)
VRコンテンツをサポートするAdobeの戦略(小寺信良)
時の流れを泳ぐために、私たちは意識を手に入れた(名越康文)
初めての映画の予算は5億円だった(紀里谷和明)
安倍政権の終わりと「その次」(やまもといちろう)
ブロッキング議論の本戦が始まりそうなので、簡単に概略と推移を予想する(やまもといちろう)
ドラッカーはなぜ『イノベーションと企業家精神』を書いたか(岩崎夏海)
「不自由さ」があなたの未来を開く(鏡リュウジ)
ラスベガスは再び大きな方向転換を迫られるか(高城剛)
アップル固有端末IDの流出から見えてくるスマホのプライバシー問題(津田大介)
「外からの働きかけで国政が歪められる」ということ(やまもといちろう)
人も社会も「失敗」を活かしてこそサバイブできる(岩崎夏海)
効果がどこまであるのか疑問に感じるコロナ対策のその中身(高城剛)
孤立鮮明の北朝鮮、どうにもならず製薬会社にハッキングして見抜かれるの巻(やまもといちろう)
やっと出会えた理想のUSBケーブル(西田宗千佳)
やまもといちろうのメールマガジン
「人間迷路」

[料金(税込)] 770円(税込)/ 月
[発行周期] 月4回前後+号外

ページのトップへ