やまもといちろうメルマガ「人間迷路」より

「外からの働きかけで国政が歪められる」ということ


 文春砲で東北新社が槍玉に挙げられ、総理である菅義偉さんのご長男・正剛さんのステキな風貌と共に我が国の総務省(と放送村・通信村全体)を揺るがす騒ぎへと発展しました。

 私もメディアの文脈で申すならば、このような脇の甘いことで国政がゆるがせられたり、特定の政策が情実も含めて左右されることはあってはならないという気持ちで一連のニュースに接するべきだとも思います。

 一方で、曲がりなりにも通信政策をメインとするシンクタンクに籍を置く身として考えるのは、今回の事件は「菅義偉さんの長男であったこと」と「業者から陳情まがいの饗応を受けたこと」とは切り離して考えるべきだろうと思うわけです。

 もちろん、一食7万円のタダ飯を喰らって庶民感情としては高級官僚ふざけるなというのはあるかもしれませんし、厳密に言うならば、受益が合った以上は襟を正すべきという議論もまた成立します。そりゃそうよね、と。

 また、ただでさえ官邸が霞ヶ関の人事権を掌握し、逆らったら左遷、下手をすると霞ヶ関から放逐という、吏道からすれば非常に過酷な状況であるのもまた事実です。すまじきものは宮仕え、と一口にいうけれど、外野が無責任に騒ぐほど、役人の世界で生きてきた人たちがひとたび上役や政治家から露骨に嫌われ、席を追われることで、本当の意味で大卒から役人として歩んできた30年が吹っ飛ぶわけですよ。人生そのものが、台無しになるのです。

 それならば、民間の人たちからの饗応は受けないでおこうとなり、仕方のない場合でも当然のようにいかなる宴席においても割り勘で、という身の守り方をするしかなくなります。しかしながら、それが「あの菅義偉さんの長男」だったらどうであるか。驕ると言われて、いえ、結構です、と言えるのかどうか。

 不幸なことに一連の問題においては、長男・正剛さんは必ずしも、個別の官僚の人たちの所業は逐一、父・義偉さんに報告することもなかったようです。要は、斟酌も配慮も杞憂であって、気の回し過ぎ、考えすぎであった、と。菅義偉さんの答弁の通り、本当に別人格であって、父子の会話の中に総務官僚一人ひとりの何たるかは無かったという話になると、人事権の強さとそれを巡る幻想の怖ろしさすらも感じるのです。

 さらには、舞台は移って今度は政府広報官となった山田真貴子さんの進退問題となり、一度は退職したはずの山田さんは自主的な減俸に持ち込まれ、国会招致までされて、あのしどろもどろの発言をすることとなって、恥を晒すことになりました。それだけのことをしたのだから当然だ、と液晶テレビの前で留飲を下げる国民は少なくなかったかもしれません。

 贈収賄の件にしても、正直なところ接待の時期と回数だけで東北新社が各官僚に請託を行ってそれに応えたと証明するのは難しく、東北新社系の将棋・囲碁チャンネルが衛星放送でハイビジョン抜きでも認定が取れたこととは整合性は恐らく取れず、起訴することはできないでしょう。

 そうなると、菅義偉父子の問題から必然的に霞ヶ関と民間の在り方、関係の持ち方の問題となって、これが請託になりうるのだ、そのような嫌疑もかかるのだとなれば、総理補佐官である和泉洋人さんの出身である国土交通省や金融庁などもまた、疑わしい饗応をすべて洗い出されて請託があったのかどうかを調べ直さなければならなくなります。同時に、首元が涼しい霞ヶ関担当も多数出てくるのではないかと思います。

 思い返せば、まだ昭和の時代で大蔵省だったころ、いわゆるMOF担と呼ばれたバンカーや金融マン、さらには羽振りの良いノンバンク経営者があの手この手で高級官僚に取り入ろうとした件なども、いま冷静に事実関係を出してみると必ずしも民間の側に明確な受益や許認可での手心があったわけではないことに思い至ります。

 某伝説のバンカーのような昭和の高度成長を生き抜いた人たちの証言で出てくるのはもっぱら有力政治家とその秘書を通じた政策圧力のことばかりであって、最近のいわゆる政策ロビーの人たちも具体的な饗応よりもむしろ具体的な政策論争を通じてあるべき制度論を検証したり、政府委員になるための猟官活動ライクな話ばかりです。

 そして、いまや自由に産業界に天下ることもできなくなり、そろそろ「あがり」が見えてきた高級官僚の皆さんが、むしろ積極的に業界周りをして、しかるべき待遇で採用してくれる民間企業に再就職しようと躍起になっておられる姿のほうが物悲しく映ります。いや、そんな卑屈になるほどの人物じゃないでしょというような人が、秘書も使えない状況で経営者に面談のアポ取ったりしてるんですよ。

 そんなこんなもあり、国会での山田真貴子さんの吊るし上げショーを見てこれってそこまでの問題だったっけか、という風に思う一方で、公務員と民間との間での交流について、きちんとした線引きを引けるようなリボルビングドア(回転ドア)的な人事交流の在り方を明記したり、また、今回傷ついてしまって後退してしまうかもしれない我が国の放送・通信政策の今後についてそろそろきちんと表に全部出して話すべきなんじゃないかと思います。

 シンガポールやアメリカのやり方がいいかどうかは議論の余地がありますが、参考として、彼らの行政においては日本のようなプロパー・生え抜きよりも、民間と官僚を行き来するような形で、しかし職業倫理上の受益や情報管理をしっかり行ったうえで産業と官僚が一体となって国益を追求するような座組みが作られています。アメリカでは特に、ポリティカル・アポインティーとして実力のある人が在野できちんとシンクタンクなどに囲われ、政権交代と共に行政官が政治に指名されて高級官僚になる、という「政策コミュニティ」の仕組みが完成しています。

 我が国の場合、シンクタンクも大学教員も議員直轄の政策秘書もあまり充実していないこともあって、このあたりの政策に通じた人材のプールと流動化の議論は国家公務員の激務問題と並んでなかなか大変なところなのかもしれません。

 それが、日本の統治スタイルなのだ、と開き直ることなく、それでいて、今回無駄に政策の中枢にいる高級官僚のクビを取ったりせず、良い形で着地して欲しいなあと思わずにはいられないんですけどね。
 

やまもといちろうメールマガジン「人間迷路」

Vol.Vol.324 菅首相長男事件に翻弄される我が国の官僚政治の在り方を憂えつつ、しょうもないWEIN社トラブルや豪州メディア騒動のあれこれを考える回
2021年2月27日発行号 目次
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【0. 序文】「外からの働きかけで国政が歪められる」ということ
【1. インシデント1】WEiN社で本田圭佑さんや溝口勇児さん周辺に起きていたことの雑感
【2. インシデント2】プラットフォーマー対メディアの軋轢と国際政治の行方
【3. 迷子問答】迷路で迷っている者同士のQ&A

 
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やまもといちろう
個人投資家、作家。1973年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒。東京大学政策ビジョン研究センター客員研究員を経て、情報法制研究所・事務局次長、上席研究員として、社会調査や統計分析にも従事。IT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作に携わる一方、高齢社会研究や時事問題の状況調査も。日経ビジネス、文春オンライン、みんなの介護、こどものミライなど多くの媒体に執筆し「ネットビジネスの終わり(Voice select)」、「情報革命バブルの崩壊 (文春新書)」など著書多数。

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