やまもといちろうメルマガ「人間迷路」より

ロシアによるウクライナ侵略が与えるもうひとつの台湾有事への影響


 ホンジュラスが台湾との外交面での断交を宣言しました。

台湾と外交関係維持は13カ国に ホンジュラスは断交宣言

 もちろん裏側には中国の台湾孤立策のための経済援助にホンジュラスが「転んだ」からであって、それはホンジュラスが悪いという話でもなくいつもの札束攻勢で国際社会から台湾を外すために意図的に取り組んできたことの一つであって、あまり驚きはありません。

 他方で、中欧チェコが訪問団を組んで台湾訪問をするというムーブがありましたが、これは必勝しゃもじ同様に中国による潜在的なロシア支援は欧州の平和安定に良くない影響があることを中国に伝えるメッセージであるのが第一義です。

台湾総統、チェコ訪問団を歓迎 「民主主義のパートナー」

 加えて、ロシアによるウクライナ侵略は武力による現状変更という意味で安全保障においてもっとも最悪な手段のひとつでもありますから、同じ手段で台湾併合を行いひとつの中国政策を推進しようとする中国はロシアの戦争の帰趨がその後の作戦や、外交的な大義名分そのものへのプレッシャーとなるのは当然です。

 また、チェコ訪問団による訪台が抜き差しならない可能性があるのは、単に台湾をChinese TaipeiではなくTaiwanと明記したうえで民主主義国家としてのパートナーシップにまで明言する可能性を示唆している点で、アメリカ以上に欧州が先に「台湾は国家です」と認めてしまうと中国が進めている「ひとつの中国『原則』」からは大きく後退することを余儀なくされます。ホンジュラスに多額の開発支援を保障して台湾との断交を迫る理由は、ひとえに台湾を国として認めさせられない中国側の事情によるものです。

 国際的孤立を進めることで中国に直接の利益はなく、単純に中国の政治的事情であることに加えて、これらの中国の戦略に関する考え方が非常に独特過ぎて何故中国は具体的な軍事活動を対外的に行ったわけではないのに考え方の違いが大きすぎてどうにもならんというのが正直なところです。

 つまり、日本も諸外国も基本的に国家主権の下で専制主義だろうが民主主義だろうが基本的には国民から選ばれた政府という建前でその地域のや国の代表者が国民全員を管理しますよということで国家元首になるのが国民国家の概念となります。ところが、中国の場合は明確にそれとは異なるとは言わないものの、統治の立て付け的に中国国民の代表者としてまず中国共産党があるはずが、ここが割と曖昧であって、しかし国家主権の領土を統治しているのは中国共産党であるという地位となります。

 全人代も含めた中国統治機構の仕組みは、実質的に、この共産党という党組織のトップを決めたうえで、それがいわゆる国家の要職である元首以下各役割を当てはめられていくというスタイルになっています。中国という国に政府があってそれを支えるのが共産党組織なのではなく、中国政府の上に共産党が乗っている、という話になるわけです。

 したがって、乱暴な例で言えば北朝鮮や韓国、日本が中国との何らかの戦争に負けるなどして隷属する場合、中国シンパの政権ができるのではなく中国共産党が指名する統治者人事を北朝鮮や韓国、日本が受け入れるという話になります。同じことは、ロシアの衰弱に中国が加担していく場合、例えばシベリア共和国のようなものが分離独立して、そこが中国共産党の人事使命を元に地域政府を樹立するという方向で「合法的に」ロシアの一部を中国が併合することを企図することが考えられます。

 香港やマカオの例を見るまでもなく、党組織の決定に現地自治組織が従うという構造は中国特有の統治組織であって、西側が考える独裁的な専制主義政治とは構造がまったく異なります。そして、米欧の中国専門家も、個人個人の中国人や権力のメカニズムは理解しておきながら、ときとして中国は専制主義国家だからと考えて中国政府の力を過信する傾向にあるように思います。基本的にはソヴィエトという会議体があって、そこに参加している国家がいなくなったからソヴィエト連邦は崩壊したのと同じく、中国共産党というものがまずあり、そこに隷属している地域や州が人事使命を受け入れて一体となり、中国政府というガワを被っていると認識しないと結構間違うと思うのです。

 彼らが「ひとつの中国『原則』」という言葉で台湾を包み込もうとするのも、中国政府と一体となれというよりは、実質的な意味合いとして中国共産党の人事を受け入れろというニュアンスになるものである以上、根源として民主主義とは深刻に相容れないことになります。そもそも、地域の人たちが自分の地域のことを決めることよりも、党組織が指名した統治者を受け入れたうえでそれに従う前提で構築されていますので、立て付けが根本的に異なるのです。

 中国のビジネスマンらとそういう話をしていると、日本でも総務官僚が地方政治に降りて行って知事をやったり、人事交流で副知事や総務課長などを派遣しているのは中国のやり方と同じではないのかと指摘されることがあります。彼らの認識ではそれが統治なのだという話になるのは何となく分かるんですが、それでも一応はちゃんと知事選を含めて地方選挙というものをやり、地域住民が選んだ知事職や首長が決まり、あるいは体制側がどんなに自信を持って送り込もうとする人物であろうともそうではない人に選挙に負けてしまえば本当に、文字通りただの人になります。中国人は概念的に、中央が送り込んだ候補者でも選挙に負ければ路頭に迷うのだという原理原則そのものが理解できないのかもしれません。

 もちろん、私も中国の有識者に「米中対立で日本が参戦する意味がないのではないか。台湾同様に、中国共産党と一体となる日本人組織ができて人事使命を受け入れれば、それは立派な中国になるのだから」と冗談ぽく言われますが、まあまったく理解できんなあと思うわけですな。山本一郎は筋金入りの民主主義者だと言われるのも分からんではないのですが、私はただ単純に日本に生まれ育って政治システムとしての民主主義はムカつくことはあってもそんなに大きな間違いを犯す政体ではないことを知っているから信じられるというだけのことです。

 米中対立における台湾問題が、ロシアによるウクライナ侵攻と問題としては地続きであり、ロシアとも中国とも隣国である日本が台湾有事のために為すべき役割を考える上では非常に重要な事柄はここなんじゃないのかと思わずにはいられません。
 

やまもといちろうメールマガジン「人間迷路」

Vol.400 ウクライナ侵略と台湾有事の関係などを論じながら、オリジネータープロファイルって美味しいのという話やTikTok騒動などを論じる回
2023年3月28日発行号 目次
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【0. 序文】ロシアによるウクライナ侵略が与えるもうひとつの台湾有事への影響
【1. インシデント1】オリジネータープロファイル(OP)離陸と「広告は勧誘か」問題
【2. インシデント2】TikTokを巡る諍いは米中の面子をかけた戦争の一つとなるか
【3. 迷子問答】迷路で迷っている者同士のQ&A

 
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やまもといちろう
個人投資家、作家。1973年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒。東京大学政策ビジョン研究センター客員研究員を経て、情報法制研究所・事務局次長、上席研究員として、社会調査や統計分析にも従事。IT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作に携わる一方、高齢社会研究や時事問題の状況調査も。日経ビジネス、文春オンライン、みんなの介護、こどものミライなど多くの媒体に執筆し「ネットビジネスの終わり(Voice select)」、「情報革命バブルの崩壊 (文春新書)」など著書多数。

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