ジャズピアニスト・福島剛による馬鹿ジャズ名盤講座④

中島みゆきしか聴きたくないときに聴きたいジャズアルバム

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古今東西のジャズの名盤の中から、筆者が独断と偏見で選んでご紹介する「馬鹿ジャズ名盤講座」、第4回目である。

これまでの記事はこちら。

第1回「彼女を部屋に連れ込んでどうにかしたい時に聴きたいジャズアルバム」
第2回「パチンコで5万円負けてしまった後に聴きたいジャズアルバム」
第3回「殺人事件の容疑者になってしまった時に聴きたいジャズアルバム」

 

中島みゆきしか聴きたくない時に
聴きたいジャズアルバム

 
私が講師として勤めている音楽教室が池袋にある。池袋駅から徒歩5分ほどの場所だ。

池袋という街は、いわゆる繁華街である。仕事帰りに呼び込みの男から「お兄さん! どうっすか!このあと、ヌキは!」などというストレート過ぎる熱いリリックを投げ掛けられる事も少なくない。私はいつも「いや、若い女には興味ないんで」と受け流す事にしているのだが、先日などはそのように答えた所、返す刀で「ウチは良いババアがいます!」と食い下がられた時には一瞬だけ心が動きかけた。行かないけれど。

池袋駅から教室までの道のりは二つのパターンがあって、ピンク映画館の前を通っていくルートと、風俗の無料案内所の前を通っていくルートだ。どちらもろくでもないルートであることは間違いないのだが、私は後者のルート、風俗の無料案内所の前を通るルートを選択する事が圧倒的に多い。

理由は、その無料案内所がなかなかに大きな音量で流している音楽が極めてトンチンカンな事が多く、その間抜けっぷりを横目に見ながら「さー今日も頑張って働くかなー」という気持ちになるのが愉快であるからだ。

最初に「何じゃこりゃ?」と耳を疑ったのは、風俗の無料案内所から中島みゆきの「アザミ嬢のララバイ」が聴こえてきた時である。
 
 
ララバイ、一人で泣いてちゃみじめよ
ララバイ、今夜はどこからかけてるの

 
 
若い頃の中島みゆきが乾いた声でハードボイルドに歌う。数多ある中島みゆきの名曲の一つだ。ため息と舌打ちとを全て包み込むようなその深い情感は、中島みゆきという稀代の芸術家の一つの特長である。

しかし、それが風俗の無料案内所から聴こえてくるのである。

その光景に遭遇した時に、これからチャンネーとウハウハするぞ(←死語に死語を重ねる高等テクニック)と勢いづいている男の耳に「春は菜の花、秋には桔梗、そうしてあたしはいつも夜咲くアザミ」というあまりに詩的な言葉が響くのはいかがなものか、と私には思われた。

気勢を削ぐ。

そんな言葉が脳裏に浮かんだ。

中島みゆきを聴きながらこれから向かう性風俗店をチョイスするような鋼の精神を私は持ち合わせてはいない。銀の龍の背には乗れても、裸の女の上には乗れない。もう、中島みゆきを聴く時には丸々頭が中島みゆきにならざるをえない。

中島みゆきを聴くという行為には、単純に「音楽を聴く」という事だけにとどまらない、何か別の意味が付与される事が多い。形而上学的なその「何か別の意味」は、往々にして極めて切実である。

中島みゆきを聴きたい時というのは、ぼんやりと「うーん、何となく中島みゆきでも聴きたいなあ」という感覚とは遠く離れ、「今、一刻も早く中島みゆきを聴かなくてはならない、身体と精神が中島みゆきを切実に欲している、それによってしか私の心は赦され、癒される事はないっ!」となっている。心身が中島みゆきを希求しているのだ。

「ジャズアルバムを紹介する連載じゃなかったのかよ! 何で中島みゆきについて熱く語ってるんだよ!」などと言わないように。私は退かぬ、媚びぬ、省みぬ。

私が個人的に最も推薦したいのは、1978年に発表された作品、『愛していると云ってくれ』である。

 

『愛していると云ってくれ』/中島みゆき

 


 

冒頭の「元気ですか」というしょっぱい詩の朗読からして素晴らしい。中島みゆきを聴いている時には度々「ああ、しょっぺえなあ…」という独り言を呟く瞬間があるが、その言葉には様々な主語を加える事が可能だ。
 
 
「(オレって)しょっぺえなあ…」
「(人生って)しょっぺえなあ…」

 
 
そんな「しょっぺえなあ…」の感覚に満ち溢れた一曲目「元気ですか」から、二曲目の「怜子」に向かう流れは圧巻だ。泣き叫ぶような「れええええいいいこおおお、良い女になあーったねー」という歌い出しを聴くにつけ、「うむ! カタルシスカタルシス!」と全てが腑に落ちる。感情の出血大放出。人は愚かであるゆえに愛おしい。そんな事を思うのである。

こういったカタルシス的な浄化をもたらしてくれるジャズの名盤には、どんなものがあるだろうと考えてみる。

オーネット・コールマンの一連のフリージャズ作品には確かにカタルシスを感じる部分もある。代表作と言えばやはり『The Shape of Jazz to Come』である。この作品の中で思うがままにサックスを吹き散らかすオーネットは確かに爽快で、そこには破壊と創造の輪廻すら感じる。共演のドン・チェリーも素晴らしい。

 
 

『The Shape of Jazz to Come』/Ornette Coleman

 

 
 
フリージャズと言えば非常に観念的な解説が付随する事も少なくないが、オーネットのフリージャズにはもっとプリミティブな、音楽というものの持つ本来的な力強さが溢れている。

とすれば、中島みゆきしか聴きたくない時にはオーネットのアルバムはあまり相応しくない。そこに満ち溢れているエネルギーがいささかポジティブ過ぎるのだ。

正直に言うと、今回のオチとしては「中島みゆきしか聴きたくないときに聴くべきジャズアルバムなどない! 中島みゆきしか聴きたくないときにには中島みゆきを聴くべきである!オススメは『愛していると云ってくれ』(1978年)と『親愛なる者へ』(1979年)の二枚!」という結論をぶちまけて、この連載のレーゾンデートルを根本から危うくしてしまおうなどと考えていたのであるが、色々と私のアホな脳味噌を回転させて記憶を辿ってみた所、「しょっぺえなあ」という気持ちになると同時に色々なものを赦してしまうジャズアルバムというものが、一つあった。

天才ピアニスト、バド・パウエルの最晩年の作品、『At the Golden Circle』である。
 
 

『At the Golden Circle vol.5』/Bud Powell

 

このアルバムは全部で5枚からなる。vol.1からvol.5まであり、そのどれもが素晴らしすぎるしょっぱさに満ち溢れていて私の愛聴盤であるのだが、ここではvol.5をオススメしておきたい。これはスゴい。

バド・パウエルというピアニストをご存知ない方の為に簡単に説明してしまうと、一言で言って大天才である。革新的な音楽性と、信じられないほどに高い演奏テクニックを併せ持った完璧超人のような男である。

同時代に活躍したアルトサックスのチャーリー・パーカーやトランペットのディジー・ガレスピーなどと共にジャズを大きく発展させたジャズ界の偉人である。

この時期のジャズ界の偉人たちには、全員ではないが、多くの方々に共通する特徴というか傾向があって、「ちょっとアレな感じのあまりよろしくないオクスリ」が好きな方々が多い。前述のパウエルやパーカーなどは「オクスリ大好き友の会」の会長と副会長クラスの大好きっぷりなので、それはそれはスゴい。度々おロープも頂戴している。

そういったオクスリの弊害として彼らはヘロヘロな演奏を披露する事も稀にあるのだが、このパウエルの最晩年の演奏、『At the Golden Circle』も、全盛期の演奏に比べればヘロヘロであると言えなくもない。

私が5枚ある内のvol.5を薦めたいのは、2曲目に収録された「This is no laughing matter」の何とも言えない「しょっぱさ」によって強く心を打たれるからである。

もう、いつ止まってもおかしくないぐらいのスローテンポで奏でられるこのバラード演奏の合間に、決して上手いとは言いがたい弾き語りの歌をパウエルが披露している。これが実にしょっぱくて切なくて、美しい。

音楽に、そしてピアノという楽器にとことんまで愛された不世出の大天才の、絞り出すように切ないその訥々とした調べは、まるで人間の瑕疵をまるごと暖かく包み込むかのようですらある。

中島みゆきしか聴きたくないときに聴くべきジャズアルバムというのは、畢竟「ああ、しょっぺえなあ、切ねえなあ」という気分にしっかりと浸りたい時に聴くべきジャズアルバムという事であり、そういう意味ではこのバド・パウエルの『At the Golden Circle』はうってつけなのだ。

ジャズという音楽は、時にオシャレでも何でもなく、とてもしょっぱくてみっともない音楽になる事がある。

だから良い。

人生は常にスタイリッシュでオシャレな訳がない。

その大半の時間は格好悪く滑稽だ。

まさにジャズであり中島みゆきである、という訳だ。

 
 
 
『At The Golden Circle vol.5』/Bud Powell

リリース:1965年
録音:1965年12月(ストックホルム)
レーベル:Steeple Chase

1.Hot house
2.This is no laughing matter
3.52nd Street theme
4.Straight, no chaser
5.Thanks by Bud Powell
 
 
 
(執筆者プロフィール)

福島剛/ジャズピアニスト

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1979年東京都出身。青春時代のすべてを柔道に捧げた後、京都府立大学在学中の20歳の頃よりピアノを始める。故・市川修氏に師事。2006年より「ボク、ピアノ弾けます」という嘘とハッタリによりプロの音楽家となる。プロとしての初めての仕事は故・ジョニー大倉氏のバンド。07年、活動の拠点を地元、東京江戸川区に移す。各地でのライブ、レコーディング、レッスン、プロ野球(広島カープ)観戦、魚釣り、飲酒などで多忙な日々を送る。

主なアルバム作品に映画作品のサウンドトラック『まだあくるよに』(2012年 ※iTunesの配信のみ)、お笑いジャズピアノトリオ「タケシーズ」による『みんなのジャズ』(2013)、初のソロピアノアルバム『Self Expression』(2015)がある。座右の銘は「ダイジョーブ」。

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