名越康文
@nakoshiyasufumi

名越康文メールマガジン 生きるための対話(dialogue)より

「スルーする」ことなど誰にもできない――過剰適応なあなたが覚えておくべきこと

※名越康文メールマガジン 生きるための対話(dialogue)2016年4月18日 Vol.122より



(編集室から)
よくも悪くも常にSNSで第3者ともつながっていられる現代。何気ないtwitterでのひと言を批判されたり、見たくないとわかっていてもついつい人のタイムラインを覗き見して、自分と比べて落ち込んでしまったり。これらを気にしないでうまく「スルー」して、毎日を気楽に生きるための「スルー力(りょく)」を高める方法を教えて下さい。

 

「スルーできない」のは過剰適応?

他人の言動を見聞きしたときに、私たちが取りうるリアクションは大きく3つに分けることができます。それは、受け止める、他の誰かに伝える、見送る、です。もう少しイメージしやすい言葉に置き換えれば「キャッチ」「パス」「スルー」ということになりますね。

こうして分けてみると、この問題は野球文化とサッカー文化の対立として分析することもできそうですが、これは長くなるので今回は深入りしません(笑)。ひとまず確認しておきたいことは、この3つのリアクションの中で、私たち日本人は一般的に「キャッチ」「パス」をすることはあっても、あまり「スルー」することを潔しとしない傾向があるということです。

一般的に、日本人のアイデンティティは「他人の期待に答えている自分」が基軸となります。欧米人のように「◯◯する自分」という自立的な「私」ではなく、「◯◯(ここには人や組織、あるいは社会や国が入ります)の期待に応えている自分」をアイデンティティの下支えにする。キャッチとパスによって自己確認をするのが日本人のメンタリティの基本にある以上、スルーというのはちょっとハードルが高いわけです。

こうしたメンタリティのあり方そのものに批判的な人もおられるかもしれませんが、僕は、これ自体はいい悪いではなく、ひとつの傾向として捉えていればいいことだと思っています。日本人的メンタリティにも良い面、悪い面があるのと同様に、欧米的なメンタリティにも良い面、悪い面がありますから。

ただ、「スルーする力」ということを考える上では、こうした国民性のようなものを踏まえておくのは重要です。というのも、「他人の期待に応えよう」というメンタリティがベースにある日本人は、スルーすること自体に不安を覚えやすいからです。目の前に来たボールを見逃すためには、他人の言動とは関係なく自立した自己像というのが前提となるわけです。

SNSの書き込みを見ると、私たちはついついそれを「受け止めよう」とします。例えば「世の中にはこんなひどい現実がある。君はどう思うんだ!?」と問いかけられると、何か答えなければいけないんじゃないか、と思う。あるいは自分と同じような考えの人が非難されているのを見ると、なんだか自分自身が責められているように感じてしまう。

どうでもいい書き込みを無視できず、結果として苦しんでいるとすれば、まずはそこに「あらゆる期待に応えようとする自分」がいないかどうか、チェックしておく必要があると僕は思います。たとえ自分とは無関係の書き込みであっても、それを「他者からの自分宛てのメッセージ」として受け止め、そのメッセージに応えようとしてしまう傾向が自分にないか。そういう過剰適応の傾向が自分にあると気づくと、それだけでも、少し楽になれるという人もおられると思います。

人生には「やってはいけないこと」などありません。まずは「スルーしてもしなくても、自分の自由なんだ」ということを、しっかりと自分自身に言い聞かせておくこと。これが、スルー力ということを考える第一歩だろうと思います。

 

「スルーせずに受け止める」ことは生物の本能

さて、「他人の期待に応えよう」というのは日本人的なメンタリティだと申し上げましたが、これはそもそも、人間という生物の心の、非常に奥深いところにセットされた本能でもあります。

私たちは単細胞生物から進化を重ね、いまでは実に約37兆個の細胞が集合した、非常に複雑な生命体と進化しました。それらの細胞は、互いにネットワークを作ることによって生命活動を営んでいます。人間の身体というのは、いわば全体がある種の「寄り合い所帯」としての社会を構築している、と見立てることもできるでしょう。

そう考えれば、他者からのメッセージをスルーせずに受け止めること自体は、人間の本能といってもよいぐらい、当たり前のことだということもできるでしょう。細胞の一つ一つが、さまざまなタンパク質を媒介にしながら、互いに助けあって「私」という生命を生きているのと同じように、ネットの書き込みによって勇気付けられたり、傷ついたりしている。

最近、『嫌われる勇気』という本がきっかけで、アドラー心理学がブームとなっていますが、アドラー心理学の主要な理論に「共同体感覚」というものがあります。アドラーは、他者の感情に惑わされず、主体的に生きるべきだと説く一方で、人と人とが手を取り合い、社会や共同体を作って生きているという現実を、心理学的に非常に重要な要素として位置付けていました。

すべてを受け止めようとして、過剰適応に陥って苦しむ人がいる一方で、あまりにも自分本位に「スルーする」ということが行き過ぎてしまうと、今度は社会という共同体の中で生きてゆく意欲が失われてしまい、虚無感に苛まれてしまう人も出てきます。「自立して、主体的に生きる」ということと、「共同体に支えられている」ということは「車の両輪」のようなものであり、どちらか一方だけで成り立つものではないのです。

そういう人間という生き物のありようからすれば、僕らはそもそも、すべてを「スルーする」ことなどできないのだ、ということがわかります。それがどれほど心をざわつかせるメッセージであったとしても、目にした以上「完全にスルーする」ということはなかなか難しいのです。

 

「パターンを崩す」ということ

目にするだけで心がざわついたり、嫉妬したり、腹が立ってしまうような書き込みであっても、僕らは実は、そのすべてをスルーすることができない生き物である。だとすれば、どうしたらいいのでしょうか。ここでひとつ、僕自身がやってきた方法をご紹介しましょう。

それは「これもまた繰り返されてきたこと」と唱える、という方法です。

僕らの言動や、それを受けたときの感情の動きというのは、かなりの部分、パターン化されたものです。SNSだけに限ったとしても、この10年ほどの間に、僕らは同じような書き込みで、同じようなリアクションを繰り返しています。特に、「相手の期待に応えること」をアイデンティティの中核に据えた、やや過剰適応気味の私たち日本人は、この「暗い予定調和」のループにずぶずぶとはまってしまいやすい。

この悪循環から抜け出すためには、自分の感情が「繰り返されている」ということをしっかりと自分に認めさせる必要があります。「これもまた繰り返されてきたことなのだ」と唱えることで、フッと自分の感情がある種のパターンにはまっていたことを、自分自身に気づかせる。気づきさえすれば、僕らは自然と、その書き込みを見たときに生じたざわついた感情から、手を離すことができます。

これは「スルーする」ための方法であると同時に、自分の思考や、感情の枠組みを打ち破っていくトレーニングだということもできるでしょう。「炎上」や「論争」自体も、何度となく繰り返されているものですが、何よりも反復しているのは、自分自身の感情であることに気づき、それを乗り越えていく。そうすることができれば、僕らはSNSを眺めているときでさえ、成長することができるのです。

 

名越康文メールマガジン 生きるための対話(dialogue)

2016年04月18日 Vol.122 <体調不良の原因に精神的なことが絡んでいたら/生きるのが楽になる「本当のスルー力」の秘密/「そしてまた別れる」を知る/欠落こそが人間の可能性(5)二元論から一元論へ>

目次

01カウンセリングルーム Pick Up!
[Q]体調不良の原因に精神的なことが絡んでいそうなときの対処について
02【コラム】生きるのが楽になる「本当のスルー力」の秘密
03精神科医の備忘録 Key of Life
・「そしてまた別れる」を知る
04塾通信(特別編)欠落こそが人間の可能性
(5)二元論から一元論へ
05講座情報・メディア出演予定
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名越康文
1960年、奈良県生まれ。精神科医。相愛大学、京都精華大学客員教授。 専門は思春期精神医学、精神療法。近畿大学医学部卒業後、大阪府立中宮病院(現:大阪府立精神医療センター)にて、精神科救急病棟の設立、責任者を経て、1999年に同病院を退職。引き続き臨床に携わる一方で、テレビ・ラジオでコメンテーター、映画評論、漫画分析など様々な分野で活躍中。 著書に『心がフッと軽くなる「瞬間の心理学」』(角川SSC新書、2010)、『毎日トクしている人の秘密』(PHP、2012)、『自分を支える心の技法 対人関係を変える9つのレッスン』(医学書院、2012)、『質問です。』(飛鳥新社、2013)、『驚く力 さえない毎日から抜け出す64のヒント』(夜間飛行、2013)などがある。 名越康文公式サイト「精神科医・名越康文の研究室」 http://nakoshiyasufumi.net/

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