小寺・西田の「金曜ランチビュッフェ」より

コンデンサーブームが来る? Shureの新イヤホン「KSE1500」

※メールマガジン「小寺・西田の金曜ランチビュッフェ」2015年10月23日 Vol.055 <変わるもの・変わらないもの号>より

10月22日、すなわち昨日なのだが、マイクロホンやイヤホン、ヘッドホンでおなじみ米国の音響機器メーカーShureが、渋谷で新製品発表会を行った。世界で最初に、まず日本で発表だそうである。

それだけ気合が入ったというか、これまでのラインナップにない製品だということなのだろう。Shureのアジア地区マネージング・ディレクター、ウイリアム・チャン氏の挨拶に続き、カテゴリーディレクターのマット・エングストローム氏が、割ともったいぶった調子で話し始めた。

「最初のプロトタイプは非常に壊れやすく、またちょっと危険でもあった…」という話が出た時にピンときた。これはコンデンサー型の何かだろうと。

コンデンサースピーカーというのをご存知の方は少ないだろう。現在ほとんどのスピーカーは、磁石とコイルを組み合わせたダイナミック型ともいうべき構造である。イヤホンでもドライバはほとんどがこれで、一部にバランスドアーマチュア型があるのはご存知かと思う。

コンデンサースピーカーとは、スピーカーの振動板に薄膜電極を使う。その両側(前後)からプラスマイナスの高電圧をかけて、中央に振動板を静止させる。そして音楽の波形に合わせて前後の電圧を変化させることによって、薄膜電極を振動させ、音を出す仕組みだ。要するに、全体がでっかくて平たいコンデンサーなのである。広い面積の振動板が平行に動くので、音抜けが良く、シャープな音像定位が楽しめるのが特徴である。

方式としてはずいぶん昔から存在するのだが、実在の製品としてはそれほど多くない。なぜならば、振動板部分に数百ボルトの電圧がかかるので、危ないんである。電流はそれほど大きくはないので、いわゆる静電気みたいなものだが、安全対策をきちんと講じなければ、感電のリスクがある。僕が専門学校を卒業するときに、隣の電気設計科がコンデンサースピーカーを卒業制作作品として共同開発していたが、作成時に誰かが感電して危うく死人が出るところだったと後で聞いた。

まあそんなわけで、安全に作れるメーカーが少ない方式だ。日本の有名なメーカーに、STAXがある。大型スピーカーではなく、小型のユニットにして、ヘッドホン型の製品を作っている。これは海外でも評価が高く、CESのピュアオーディオのリスニングルームでも時折見かけるほどだ。

・STAX
http://www.stax.co.jp/produ.html

コンデンサー型ヘッドホンは、高電圧を供給する必要があるので、専用アンプとセットでしか使えない。僕も10数年前に1セット購入したことがあるが、今でも故障することなく、涼やかな音色を響かせる。ただアンプにアナログ入力しかないので、今となってはちょっと使いづらくなっているのは事実だ。

話が脱線したが、今回のShure発表の目玉は、世界初コンデンサー型イヤホンシステム「KSE1500」の発表がメインであった。コンデンサー型のポータブル製品としては、STAXのSRS-002が存在するが、これはメーカー側が昔から「イヤースピーカー」と言っているので、イヤホンではないらしい。

・SRS-002
http://www.stax.co.jp/produ/SRS002.html

実際に現物を見ると、これまでの常識を覆す小ささだ。確かに普通のイヤホンと変わりないサイズのものは、世界初と言っていいだろう。

・コンデンサー型とはにわかに信じられない小ささ

開発に8年を要した技術

KSE1500の開発には、実に8年を費やしたという。その間、特許申請などの時間もかかっているものの、さすがに8年も経過すると技術トレンドも変わってくる。それを追いかけながら、途中仕様変更もあったという。

そもそものきっかけは、あるエンジニアが試作品を持ち込んできたことだ。Shureはもともとマイクロホンも作っており、コンデンサー型のマイクロホンも作っている。試作機は、コンデンサーマイクのダイヤフラムを改良して、音を拾うのではなく、逆に音を出すようにしたものだったという。確かにマイクとスピーカーは構造的には同じものだ。大雑把な言い方をすれば、ただ感度が違うだけである。

・コンデンサー型イヤホンの試作機。中央が一番最初の試作

配線もむき出しで、そこに数百ボルトの電圧をかけてあるので、めっちゃ危ない。それでもなんとか耳に入れて音を聞いてみると、これまで聞いたことがないような素晴らしい可能性を感じさせる音だったという。

コンデンサー型の小型ダイヤフラムを作るのは大変だ。サイズが小さくなれば、それだけ電極と電極の距離が近くなる。実際に開発したい製品では、0.002インチしか間がないと言うから、だいたい0.005mmと言うことになる。そう言われてもよくわからないと思うが、髪の毛の太さがだいたい0.08mmぐらいだと言われているので、それの1/10以下である。

・内部構造

この狭い隙間に、プラスマイナス200Vの電圧がかかるのだから、よほど高精度で製造できる技術を確立しないと、危ないわけである。ただもともとShureはコンデンサーマイクの製造で微細なダイヤフラムを作る技術があったので、他社よりはノウハウはあるはずだとして、開発がスタートした。

もちろん、イヤホンならばポータブルであるべきということから、アンプも可搬型ということで新規に開発が始まった。入力はアナログだけでなく、昨今の事情に合わせてスマートフォンに対応すべく、MicroUSBによるデジタル接続も可能にした。またアナログ入力では、デジタルプロセスをすべてバイパスできるようにも設計したという。

製品版では、電源としてはリチウムイオンバッテリーを内蔵し、アナログバイパスで10時間、デジタルプロセスで7時間駆動を実現した。外出時に聴くには十分だろう。

・製品化されたアンプ部

開発で意外に時間がかかったのが、ケーブルだという。通常コンデンサー型ヘッドホンで用いられるケーブルは、平型の幅広ケーブルが用いられる。内部の線がすべて横並びになっている理由は、ケーブル同士が干渉して静電容量が上がり、微細な電圧変化に支障をきたすからである。

だがポータブルのイヤホンを考えた場合、イヤホンから太いフラットケーブルが出ているのでは使いづらい。通常のイヤホンと同じような丸型スタイルのケーブルを開発するのに、3年かかったという。

・3年を費やしたケーブル開発

さて実際の音は…

発表会では試聴機が用意されていたので、7分ほどいろいろいじってみた。入力ソースとしては、iPhone用としてライトニングとMicro USB端子の変換ケーブル、Android用として双方Micro USBのケーブルが付属する。その他、PCなどとの接続用にUSB A端子とMicro USB端子、アナログ接続用に双方ステレオミニのケーブルも付属する。

・付属ケーブル一式

まずiPhoneで試してみたが、これはあっさり認識した。サウンドとしては、これまでSTAXをコンデンサーヘッドホンを標準として聞いてきた耳からすれば、特有の高域の抜けが良い、開放感のあるクリアサウンドという感じでもなかった。どちらかといえば、これまでのShure製品の特徴である、中音域がしっかりした音だ。おそらく、そこそこいいDACを使って、同社のハイエンド「SE846」を聞いたのとあまり変わらないのではないかと思われる。ただ今回はハイレゾソースを持って行ってなかったので、後日機会があればもう一度じっくり聞いてみたいところだ。

もう一つAndroidでも聞いてみようと、先日買ったばかりのHuawei P8 Maxを接続してみたが、音声出力がUSBに切り替わらない。理由を聞いてみると、アンプ側で認識できるスマートフォンはまだ限られており、接続認証されていないものもあるという。この辺りは、将来継続的なファームウェアのアップデートがありそうな気配である。

さて気になるお値段の方だが、オープン価格ながら、市場想定価格は税抜きで36万円。個人的には17万円ぐらいではないかと予想していたのだが、円安の影響もあるにしても、衝撃の価格である。じっくり耳型を取って音質もカスタム調整してくれる<JustEar>のハイエンドモデル「XJE-MH1」の30万円というのが、急にリーズナブルに思えてくる。

オーディオにいくらでもお金を惜しまないという人にとっては、世界初のユニークな存在ということで買う人は買い、買えない人は最初からスルーという、まるでライカのような存在になるだろう。特許も取得しているようだし、当分は同様の製品はShureからしか出てこないと思われる。

今のようにバランスドアーマチュアのブームを作ったのは、明らかにShureの功績だ。これは特に特許案件はなかったので、他社も程なく追従することができた。ブームを作るのであれば、複数のメーカーから色んな製品が出た方がいいに決まっている。一人旅では市場は作れないのだ。Shureが今後独占でいくのか、それともみんなで新しい市場開拓をしに行くのか、その辺りはまだわからない。

だが少なくとも、この製品の登場により、コンデンサー型というのが来年以降は脚光をあびることになりそうだ。24日から始まる「秋のヘッドホン祭り2015」でも試聴機を出すそうなので、足を運ばれてはいかがだろうか。

・秋のヘッドホン祭り2015
http://www.fujiya-avic.jp/user_data/headphone_fes_brand.php

一方で標準的なコンデンサー型として、STAXの音も是非聞いてみて欲しい。こちらもヘッドホン祭りに出展しているはずだ。個人的にはコンデンサー型の音というのはこれなので、KSE1500と聴き比べてみるのも面白いだろう。

 

小寺・西田の「金曜ランチビュッフェ

2015年10月23日 Vol.055 <変わるもの・変わらないもの号> 目次

01 論壇【西田】
 JINS MEMEから見る「クロスオーバー」の時代
02 余談【小寺】
 コンデンサーブームが来る? Shureの新イヤホン「KSE1500」
03 対談【小寺・西田】
 今週号はお休みです。11/6配信号より再開いたします。
04 過去記事【西田】
 インタビューから探る「Twitter」の秘密
05 ニュースクリップ
06 今週のおたより
07 今週のおしごと

 
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