やまもといちろうメルマガ「人間迷路」より

「実は言われているほど新事実はなく、変わっているのは評価だけだ」問題



 先日、医療情報関連で幾つか話題になっていたネタを裏付け取って記事にしたのですが、いわゆるネットで流れる医療情報のデマ問題については、送り手側の医療知識不足とその間違った情報を流すことで何が起きるのかという想像力不足が合わさったところなのかなと思っていました。

 ところが、先日の堀江貴文さんらが呼びかけ人になって、実質的に彼自身が広告塔になっている予防医療普及協会について言うならば、それ相応の医師が実名顔出しで「胃がんの原因の99%はピロリ菌」という途方もないネタを出してしまって収拾がつかなくなる、というジレンマを呼んだりもしております。

 もちろん、胃がんの原因の81%ほどはピロリ菌が問題だというのはWHOが認めているところではあり、胃がん患者数を減らすためにもピロリ菌除菌が予防に効果的だというのは事実であります。しかしながら、その事実を淡々と述べるだけでも充分ピロリ菌除菌の必要性は啓蒙できるはずなのに、どういうことか「99%」にこだわり、結果としてガセネタではないけど大げさな煽りだと指摘されることになってしまうわけです。

 医師の監修があるにもかかわらず、また疫学統計や公衆衛生に知見のある人たちがいたのになぜこのような「盛りすぎ」のネタになってしまうのかというのは興味深いところなのですが、関係した内部の人たちに話を聞いてみると、やはりきちんと議論はしていて問題提起もされていたことが分かります。その書き方はおかしい、だけれども、問題を切実に思ってもらうには一番強いインパクトを与えられるメッセージを打ち立てるべき、みたいな流れになっておったようなのです。

 それって、例えば研究論文である治験のステージIIIのがん5年生存率が19%とみられるところを1%以下だと見積もることが、その研究にどれだけのダメージを与えるかってことですよね、と反応すると先方も反論しなくなります。ただ、正しいことを伝えるにあたって、それが正しい啓蒙の内容であるならば数字が違っていても良いのか、という哲学的な話に立ち入ることになるため、なかなか判断がむつかしいのでしょう。

 そのうえで、やはり特定の学会が行っている認定医のところに集客がされる仕組みであるとか、堀江貴文さんの関連本が売れるアプローチとか、それって単なる医療情報を過剰に煽って営業をしているだけなんじゃないか、それに監修したり発起人に名前を連ねている人はダシにされているのではないかという問いは、やはりあるわけですよ。

 そうなると、一般的には正しいとされる「胃がんの原因のかなりの割合がピロリ菌だから、予防のために検査をし、陽性なら除菌をしましょう」という啓蒙の内容を、どう正しく評価するべきなのか、というところに立ち至ります。単純な話、いまのピロリ菌キャリアの人たちは圧倒的に50代以上の人たちであり、実際に胃がんの発生率も50代から跳ね上がります。つまりは、5年ないし10年のピロリ菌キャリア歴から特定のたんぱく質が生成されていく中で、胃の表面が委縮するなどしてがん化していくよ、という話ならば、概ね40代になるまでに少なくとも陽性かそうでないかをチェックすることはとても大事なことですよね、という評価が妥当ではないかと思います。

 ピロリ菌キャリアが若い人たちほど少ないということは、陽性検査のために4,000円を払うことがどれだけ本人にとってQOLを上げられるのかという効用を公衆衛生の観点からきちんと指摘していかなければならないのが、監修者たる医師の立場だろうと考えます。

 しかしながら、実際には過剰な数字を煽り立て、検査や除菌の自費治療を薦めるように見えてしまいます。程度の差こそあれ、WELQ問題で「インチキ医療情報を流すな」とか、近藤誠医師の言説を見て「がんもどきなどと適当なことを言うな」などという話とほぼほぼ同じ立て付けになってしまうわけです。啓蒙のため、であれば、基本的な情報を曲げていいのかという哲学的な問題なんですよね。

 そりゃあ、医療情報を読みに行く人は、自分の健康に不安があるから読む場合がほとんどで、だからこそNHK「ためしてガッテン」は過去にも6人ぐらいの実演による小サンプルの臨床結果で番組作りしてきても事実と評価のベクトルがおおむね許容範囲だったので許されてきたものが、最近になって「高尿酸血症には低脂肪乳が効く」とか「コラーゲンを食べて美容」とか「糖尿病の治療にはこの睡眠薬」などというやらかしが出るとあっという間に炎上してしまうわけです。

 そして、医療情報に関する問題を丁寧にみていくと、実のところ私たちが興味を持ったり目を惹くような医療情報というのは、実は過去から定説として医師が良く知っているものであったり、学説として定着しているものばかりで、新しい知見や新事実的なものはそれほどないのだ、ということが分かります。血管の問題で起こる疾患には納豆やゴマが良い、なぜならその機序はこれこれ、という話は大切だけれどもありふれているのです。

 それでも、健康情報が繰り返し乱舞する理由は、そういう問題に対する評価は常に変遷していて、もちろん納豆が身体に良いことは分かっているんだけど、受け手の側が手軽に健康になれる情報を漁っているという市場においてはリクルートスーツの営業よろしく毎年巡回してネタが上がってくることになるわけです。

 お手軽に健康になれるなどという食材もサプリも薬剤も存在しません。もしも健康を維持したいと考えるならば、日々の暮らしの中で節度を守りながら健康に留意していくしかリスクを減らす確実な方法は無いとも言えます。むしろ、健康な生活をしているはずなのにリスクはリスクですし、生まれ持った体質もあるので、ある日突然アレルギーになったり、健康診断では何もなかったはずの問題を起こしていきなり倒れたりというのもまた人生ということになります。

 だからこそ、医療情報は必要なときに正しい内容を選べるようにしなければ本当の意味で死に至ったり健康を大きく損ねたりするし、それは社会全体で見れば取り組むべき大きな課題だと言っても過言じゃないのです。予防医療や栄養など、いくらでも繰り返し情報を受け手に伝え続けることが大事なのであって、カジュアルにピロリ菌検査しましょうよ、陽性なら自費だけどうちの認定医にどうぞ、と言いたいのであれば、クラウドファンディングで一発ネタで終わらせることなく、啓蒙し続けることが求められているはずなんですよね。

 なのに、ピロリ菌で味を占めたのかは分かりませんが、今度は「毎年うんちで9割予防」ですよ。これ、本当に医師が監修しているんでしょうか。公衆衛生をある程度理解している人からすれば「ギリギリ嘘とは言えなくもない」というレベルの話なのであって、そういう際どい所を攻めるのが啓蒙のあるべき方法なのかと言われると気になるところではあります。堀江さんが編集者とつるんで医療本を売りたいだけなんじゃないかと邪推されてしまうような方法は少なくともお薦めしないのですが、まあ推移を見守りたいと思っております、はい。

 

やまもといちろうメールマガジン「人間迷路」

Vol.183 誤った医療情報が流布されがちな背景を考えつつ、東芝の先行きやCIA暴露事件にも触れてみる回
2017年3月10日発行発行号 目次
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【0. 序文】「実は言われているほど新事実はなく、変わっているのは評価だけだ」問題
【1. インシデント1】東芝の危機とサムスン(韓国)の激震、混乱に陥るブルーチップ系ファンド界隈
【2. インシデント2】ITセキュリティと安全保障の折り合いがつかなくなる時代へ
【3. 迷子問答】迷路で迷っている者同士のQ&A

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やまもといちろう
1973年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒。IT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作に携わる。統計処理を用いた投資システム構築や社会調査を専門とし、Aetas株式会社エグゼクティブ・プロデューサー、東京大学政策ビジョン研究センター客員研究員、東北楽天ゴールデンイーグルス育成・故障データアドバイザー、株式会社データビークルプロデューサーなど現任。東京大学と慶應義塾大学とで組成される「政策シンクネット」の高齢社会研究プロジェクト「首都圏2030」の研究マネージメントを行うなど、社会保障問題や投票行動分析に取り組む。「ネットビジネスの終わり(Voice select)」、「情報革命バブルの崩壊 (文春新書)」など著書多数。

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